1.プロローグ
前回は江戸時代の国学者・本居宣長と日本の近代文芸評論を確立した小林秀雄を紹介しました。
今回は日本人が英語で書いた日本論・日本人論を紹介します。
明治維新後の日本は、欧米列強に追いつくことを目標として、官民は力を合わせて、“近代化"を目指していきます。
その際に、欧米の国々のエリート/インテリ層に日本と日本人、日本文化、日本の思想を理解してもらうために、英語を用いて、日本の独特な文化や思想について多くの作品を執筆しました。
21世紀に入り、自信を失っている現在の日本人にもこうした作品を是非読んでもらいたいと思います。
2.『代表的日本人』内村鑑三(著)
内村鑑三による英語の著書です。薩摩藩(現在の鹿児島県)の英雄である武士の西郷隆盛、江戸時代屈指の大名・上杉鷹山、江戸時代末期の農民思想家・二宮尊徳、江戸時代初期の陽明学者・中江藤樹、鎌倉仏教のひとつとして知られる日蓮宗の宗祖であった日蓮の生涯を紹介しています。彼らの生涯に見られる日本固有の道徳観や倫理観に着目しています。
内村鑑三(1861-1930)とは、日本のキリスト教思想家でした。下級武士の子として江戸で生まれ、札幌農学校でキリスト教に出会い、洗礼を受けます。内村は“無教会主義"という信仰のあり方を提唱しました。それは教会の存在を否定するものではなく、教会という形式よりも聖書一本を重んじ、例え教会がなくても信じる者が自然にひとつの場所に集まればそこが教会になる、という考え方でした。因みに札幌農学校の同級生には新渡戸稲造がおり、生涯の親友でもありました。
3.『武士道』新渡戸稲造(著)
1900年に発行された、新渡戸稲造による英語の著書です。西欧化が進み伝統的生活様式が変わる中で、日本人の本質の考察を試みた新渡戸は、中世以降における日本の武士階級の倫理感・道徳感・価値感を体系化した思想 “武士道"を欧米に紹介するために本書を書きました。流暢な英語で武士道の核心を紐解き、特に中世のヨーロッパなどに見られた騎士道との比較したことはとても興味深い点です。本書は発行当時から英語圏を中心にベストセラーとなり、多くの著名な外国人にも読まれてきました。
新渡戸稲造(1862-1833)とは、日本の教育者・思想家でした。札幌農学校に入学する前から、キリスト教に興味を持っていた新渡戸は洗礼を受けます。卒業後は「太平洋の架け橋になりたい」という思いで渡米し、ジョンズ・ホプキンス大学で経済学を学ぶとともに、プロテスタントの一派である“クエーカー派"の正式な会員になります。その後ドイツ留学を経て札幌農学校をはじめいくつかの大学の教授を歴任しました。キリスト教徒として国際平和を主張し、国際連盟(事務次長などとしての活躍を通して日米親善に努めました。
4.『茶の本』岡倉天心(著)
岡倉天心による英語の著書です。日本の茶道を欧米に紹介することを目的とした本書は、禅、道教、花道との関係性を取り上げながら、茶道の精神や美意識が、いかに日本人の日常の生活様式に影響を与えてきたかを解説しています。新渡戸稲造の『武士道』と並んで、多くの外国人に愛読されてきた日本論の名作です。
岡倉天心(1863-1913)とは、日本の思想家です。現在の東京芸術大学の全身のひとつである東京美術学校の設立に大きく貢献し、日本美術史学の研究の開拓者として知られています。西欧化が進み、日本画をはじめ日本の伝統美術の存続が危ぶまれていた中、美術史家・美術評論家として国内における日本美術の発展を推進すると同時に、その文化を海外に紹介するべく、英文で多数の著作を残しました。
5.『禅』鈴木大拙(著)
本書は、宗教家・鈴木大拙が西欧に向けて書いた英文論稿7編を和訳して新編集した1987年発行の禅の入門書です。仏教の他の宗派とどのように違い、キリスト教ともどう違うのかが綴られており、禅の本質が解説されています。日本人を想定して執筆されていないからこそ、悩みが多いと感じている現代日本人に読んでもらいたい一冊です。きっと何か新しい発見があるでしょう。
鈴木大拙(1870-1966)とは、仏教思想と日本の禅文化(ぜんぶんか)を海外に広くしらしめた日本の仏教学者です。鈴木は、西洋文学や西洋哲学に精通(せいつう)していたことにより、禅(ぜん)の精神性(せいしんせい)を、西洋人に伝わる言葉で解説することに優れており、多くの英文著書を残しました。西洋における東洋思想への理解を深める上で最も重要な役割を果たした一人と言って良いでしょう。
6.エピローグ
今後の予定として、「外国人による日本論・日本人論」や、「戦前と戦後の日本人の知識人による日本論・日本人論」を紹介します。