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英文学の醍醐味が分かるアメリカと英国の名著 (前編)
  – 30歳までに読んでおくべき世界の名著 (2)
  – スタインベック/ヘミングウェイ/フィッツジェラルド | BOOKS & MAGAZINES #014
2024/11/11 #014

英文学の醍醐味が分かるアメリカと英国の名著 (前編)
– 30歳までに読んでおくべき世界の名著 (2)
– スタインベック/ヘミングウェイ/フィッツジェラルド

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KAZOO
翻訳家 / 通訳 / TVコメンテイター

目次


1.プロローグ

『20歳まで読んでおくべき世界の名著』シリーズでは、これまで数回に渡って日本人・日本文化・日本思想の本質に迫る名著を取り上げてきました。

今回は、アメリカと英国の文学の名著を紹介します。このコラムで取り上げる12冊はどれも、アメリカと英国の“優等生"なら必ず一度は読む(ことになっている)作品です。それぞれの作品からは、その時代の風景だけでなく、それぞれの国の国民性や社会構造も見受けられます。アメリカの作家の永遠のテーマはやはり「アメリカン・ドリーム」ですし、英国の作家は「階級社会」の規則や息苦しさがとにかく細かく描写されています。

このコラムではこういったことを踏まえながら、英文学の醍醐味について考えたいと思います。また、そこから21世紀に生きる私たちが再発見すべき教訓について考えてみたいと思います。


2.『怒りの葡萄』ジョン・スタインベック(著)

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大恐慌時代のアメリカを舞台にした本作は、いわゆる “ゴー・ウェスト"の幻想を描いたアメリカ文学を代表する1冊です。「アメリカ文学の巨人」と呼ばれるジョン・スタインベックが1962年にノーベル賞を受賞する大きなきっかけにもなった作品です。

アメリカ南部のオクラホマ州に暮らすジョード一族は、砂嵐(いわゆる“ダスト・ボウル")によって所有地が耕作不可能となり、生活に窮します。仕事があると耳にしたカリフォルニア州に引っ越すことを決め、家財を全て売り払い、その金で買った中古車でルート66を辿る旅が描かれています。ところが、過酷な旅を経てようやくカリフォルニアにたどり着きますが、大恐慌に加え、同じくオクラホマなどからやってきた農民が多く流れ着いており、労働力過剰に陥っていることを知ります。

本書は、出稼ぎ労働者や貧困者に寄り添う内容であることから、スタインベックは当時、社会主義者ではないかと非難されました。確かに、ジョード一族は部外者には警戒心が強く、自分たちさえよければいいというような排他的な家族ですが、物語の最後には、出稼ぎ労働者たちの間に一種の連帯感が生まれつつあることも描かれています。

先日、バーニー・サンダーズ氏が2020年の大統領選から撤退しましたが、民主社会主義者と名乗る彼がなぜあれだけの指示を集められたのかが分かる1冊です。


3.『誰がために鐘は鳴る』アーネスト・ヘミングウェイ(著)

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戦争小説の代表作である本作は、スペイン内戦を舞台に、アメリカの大学の教授が反ファシスト軍に参加するという、ある種の男の“ロマン"を描いた作品です。主人公は戦略上、重要とされる橋梁を爆破する任務を背負います。ところが、敵の作戦が変更となり、その橋梁の爆破が無意味になることを知ります。しかし、主人公は命令が変更とならない限り作戦は中止できないという思いから、任務を遂行し、死に臨みます。

題名の「誰がために鐘は鳴る」は、英国の詩人でイングランド国教会の司祭でもあるジョン・ダンの説教の一節から取られたものです。「鐘」とは、死者の冥福を祈って鳴らす鐘のことで、人間はみんな繋がっていて、見ず知らずの誰かが死ぬことは、自分自身の一部を失くすのと同じことであるということを言っています。本作が扱っている中心的なテーマは「死」です。

スペイン内戦はスペインという国の内戦であり、その点ではアメリカ人は本来は関係ないはずなのに、「反ファシズム」「自由」「平等」「民主主義」と言う旗の下で2,800人ほどの 義勇兵が参加したとされています。読者も本書を読んでいて、主人公が橋梁を爆破するというミッションを遂行できれば、ファシズムの普及を食い止め、引いては第二次世界大戦の勃発を防ぐことができるかもしれない・・・という気持ちになるでしょう。皮肉なことに、「橋」というものはそもそも人と人をつなげるためのものであるはずなのですが。

ヘミングウエイの文体はハードボイルドと呼ばれる(日本では冒険小説を指しています)は余計なものを全て削ぎ落としていることで有名ですが、この作品では敢えて読み解きにくいスタイルで書かれています。会話は、スペイン語から英語に翻訳されているという“建前"で、古い英語表現やぎこちない言い回しが用いられています。ヘミングウエイは、「翻訳」という作業の難しさを示すと同時に、人は例え同じ信念を持っていたとしても、「言語の壁」「文化の壁」というものが双方を隔て、完全にわかり合うことは不可能であるということを言いたかったのではないでしょうか。


4.『ロリータ』ウラジーミル・ナボコフ(著)

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ウラジーミル・ナボコフは、帝政ロシアで貴族の家の長男として生まれました。ロシア革命後に家族は西欧に亡命し、ロンドン、ベルリン、パリでの生活を経て1940年に渡米し、45年にアメリカに帰化しました。ベルリンやパリに暮らしていた頃からロシア語での小説を発表し、高い評価を受けていましたが、その後英語でも書くようになり、国際的に著名な作家となりました。アメリカではコーネル大学でロシア文学・ヨーロッパ文学を講じていました。

本作の主人公は、ナボコフと同じく、ヨーロッパからアメリカに亡命した中年の大学教授の文学者です。少年時代の初恋の相手の面影を、あどけない少女ドロレスに見出して一目惚れしてしまい、彼女に近づくために未亡人の母親と結婚するという物語です。「ロリータ」とは、主人公が「ドロレス」に与えるニックネームで、「ロリータ・コンプレックス」「ロリータ・ファッション」などの表現もこの小説に由来します。「ドロレス」とはスペイン語で「悲しみ」を意味します。

日本には古来より幼稚なものを愛でる文化がありますが、欧米では邪悪なものとして見られています。本書が名著とされる1つの理由は、「少女性愛」という許されないタブーを描いているものの、読者に感情移入させ、共感までとは言わなくても、主人公の気持ちを理解させることに成功しているからです。

また、少女の“ロリータ"は「若いアメリカ」を象徴し、中年の主人公は「古いヨーロッパ」を象徴するとする見方もできます。“若いアメリカ"は、物質主義、消費者主義、ポピュラー・カルチャーに走っているため、“洗練されて保守的なヨーロッパ"は、それに対してうんざりしているということを暗喩しているのでしょう。2人を隔てているのは、年の差だけではなく、文化的な違いであることが表現されています。


5.『チャタレイ夫人の恋人』デーヴィッド・ハーバート・ローレンス(著)

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本作は、英国を舞台とした上流階級の女性と労働者階級の男性の恋愛物語です。主人公のコンスタンスは結婚によって貴族の妻となりますが、結婚後間もなく夫のクリフォードは第一次世界大戦に出征し、戦傷によって下半身不随となり、2人の間に性の関係が望めなくなります。夫はそれでも跡継ぎを作るために、妻に別の男性と関係を持つように勧めますが、貴族階級であるという条件を課します。ところがコンスタンスが恋に落ちたのは、チャタレイ家の領地で森番をしている労働者階級者でした。

本書は露骨な性的描写があることで知られ、一般的な出版が困難だと考えていた著者のロレンスは、1928年に私家版として作品を発表し、翌年に性描写部分を削除した修正版を出版社から発行しました。60年代には無修正版が発行されますが、英国でもアメリカでも、猥褻文書として告訴されました。

日本でも、伊藤整による訳の無修正版が1950年に発行されましたが、当時日本国政府と連合国軍最高司令官総司令部によって検閲が行われており、1951年に刑法第175条の猥褻物頒布罪が問われました。被告人側の弁護人には、特別弁護人として、前回BOOKS & MAGAZINE #011で取り上げた福田恆存も出廷しました。福田の最終弁論は「結婚の永遠性」というタイトルで『文学界』に掲載され、同年に本作を戯曲に脚色した『放送劇 チャタレイ夫人の恋人』がラジオ放送されました。

結局、1957年に被告側が最高裁判所で敗訴して伊藤整訳の無修正版は絶版となりました。1964年には性描写部分を削除した版が発行され、73年に講談社から羽矢謙一訳で無修正版が初めて発刊されました。


6.『グレート・ギャッツビー』F・スコット・フィッツジェラルド(著)

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1920年代の“黄金時代"のアメリカの世相を指す言葉に作家のF・スコット・フィッツジェラルドが作り出したとされる「ジャズ・エイジ」という表現があります。当時は、第一次世界大戦が終結し、ジャズという音楽が流行し、快楽主義的な都市文化が発達した時代でした。大量消費時代の幕開けともされています。

『華麗なるギャッツビー』は、そんな時代を背景に、成金の男性と上流階級の女性の恋愛物語です。軍人で貧乏青年であるギャッツビーと大富豪の娘であるデイジーは恋に落ちますが、デイジーは戦場から帰ってきたばかりの無一文のギャッツビーをあきらめ、大金持ちのトムと結婚します。ギャッツビーはあきらめることができず、どうにかして成功を収め、巨額の富を手に入れると、毎晩のようにニューヨークの豪邸で盛大なパーティーを開き、デイジーと再会しようとします。

本作のテーマは、「人は生い立ちにかかわらず自分の夢を追いかけ、自分の力で成功を手に入れられる」というアメリカン・ドリームの“空虚さ"です。ギャッツビーは巨額の富を手に入れてもデイジーに認めてもらえず、自分が追いかけてきものが幻に過ぎなかったことに気付きます。「アメリカ社会は階級社会ではない」という建前が崩壊していくのです。

確かにアメリカには英国社会のような「階級」はないですが、いわゆる“オールド・マネー"(何世代も続く富豪、及びその家庭に生まれた子)と“ニュー・マネー"(成金)の間には大きな溝があります。言ってみれば、デイジーの夫のトムはドナルド・トランプ大統領であり、アメリカン・ドリームを追いかけるギャッツビーは、オバマ前大統領だったのかもしれません。


7.『路上』ジャック・ケルアック(著)

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『路上』はビートニクの“聖典"とも言われる小説で、60年代のヒッピー・ムーヴメントの1つのルーツとも言われています。

本作は、アメリカ大陸を自由に放浪したケルアックが自らの体験を元に書き上げられた自伝的小説です。ケルアックは、自らの経験を基に思いつくままに書き連ね、推敲しないという、即興的なジャズの演奏スタイルに影響されたと言われる執筆スタイルで知られています。

『華麗なるギャッツビー』のテーマが第一次世界大戦後のアメリカにおけるアメリカン・ドリームの空虚さだとしたら、『路上』のテーマは第二次世界大戦後のアメリカ社会のあり方に対する疑問といえます。『路上』の主人公たちがアメリカを横断しながら探し求めるものは、消費主義や商業主義ではなく、自己欲求の達成以外のオルタナティヴな“アメリカン・ドリーム"なのです。

その探求は、60年代のヒッピー・ムーヴメントへと繋がります。本作は同世代の大勢のライター、詩人に影響を与えただけでなく、ボブ・ディラン、ジョン・レノン、ニール・ヤングなど60年代に頭角を現した大勢のミュージシャンにも大きな影響を与えました。


8.『ソフィーの選択』ウィリアム・スタイロン(著)

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ニューヨークにやってきた作家志望のスティンゴは、美しいソフィーと情緒不安定な彼女の恋人ネイサンと出会います。ソフィーはナチスの強制収容所から逃げ延びてアメリカにやってきたホロコーストの生存者です。3人は親しくなり始めますが、幸福な関係は長く続かず、やがてスティンゴはソフィーが抱えているある「悲しみの選択」を知ることとなります。本作は1982年には映画化され、主役を演じたメリル・ストリープはアカデミー賞最優秀女優賞に輝きました。

『ソフィーの選択』はホロコーストをテーマにした初のアメリカ小説とされています。当時「ホロコースト」という言葉は主に学者や専門家が使う言葉でありましたが、本作をきっかけに、アメリカ社会において改めてホロコーストが再認識されるようになりました。スティーヴン・スピルバーグ監督も『シンドラーのリスト』を1993年に発表しました。『ソフィーの選択』が話題を呼んだもう1つの理由は、ホロコーストの被害者は主にユダヤ人だったというそれまでの認識に対して、本作の主人公はカトリック系のポーランド人であったということです。

この作品から転じて、英語では「どちらの結果も望ましくない苦しい選択」のことを慣用的に“Sophie’s choice"と呼ぶようになりました。

現在、新型コロナウイルスの大流行で医療崩壊が懸念されています。入院される多くの患者数に対して限られた呼吸器の設備しかなく、一部の地域では誰にその呼吸器を使用させるかという苦しい選択を強いられている医師もいます。また、世界中の政府は、感染を止めることを優先して国民に外出自粛や経済的負担を我慢してもらうか、経済の停滞を防ぐことを優先して感染拡大のリスクを受け入れるかという選択に迫られています。正に “Sophie’s choice"と言えるのではないでしょうか。


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