1.プロローグ
これまでエレクトロニック・ダンス・ミュージックを取り上げてきたこのシリーズでは、様々なジャンルの成り立ちや代表的なアーティストたちを紹介してきました。その中で歴史的な役割を果たした多くの名曲にもスポットを当ててきました。
このコラムでは、これまで取り上げた主なジャンルを知るためのオススメのアルバムをリストアップします。クラブ系の“名作"と呼ばれるアルバムの多くは廃盤となり入手困難となっているということもあり、なるべく新品で入手できるものを中心に選びました。また、ありがたいことに近年の“EDM"ブームのおかげで、リイッシューされているものも増えてきてます。
今回紹介するアルバムの中には、オンラインの音楽配信サーヴィスを通してストリーミングできるもの、購入できるものもあります。そういったサーヴィスを利用する場合は、少なくともMP3ではなくCDクオリティー(16 bit/44.1 kHz)の音源を入手することをオススメします。また、CDでもデジタル・データの場合でも、それなりのサウンドシステムを通して聴くことはマストです。何しろ、エレクトロニック・ダンス・ミュージックの多くは“耳で聴くもの"ではなく、“体で感じるもの"だからです。サウンドシステムに関しては、BigBrotherがGEAR & BUSINESS #003と#004でオススメの音響機材を紹介していますので、そちらもご参照ください。
2.ハウス・ミュージック
●ミニストリー・オヴ・サウンド
「Ministry of Sound」は1991年にロンドンにオープンした、英国のハウス・ミュージック・シーンの聖地です。ニューヨークの「Paradise Garage」をモデルとしており、空間作りの中でも特に音響システムへのこだわりが強いことで知られています。レイベルからはハウス・ミュージック系のコンピレイション・アルバムを多数リリースしており、手頃な値段で入手できますので、「良質なハウス・ミュージックとは何か」が知りたい初心者にオススメです。
LIVE & REMASTERED - 20th ANNIVERSARY BOXSET
Deep House Anthems
Throwback House Party
Throwback Garage
Throwback Ibiza
Throwback 90s Dance
Throwback Chillout
Throwback Trance
●デフェクテッド・レコーズ
「Defected Records」は20年以上に渡って英国のハウス・ミュージック・シーンを牽引してきたレイベルです。英国を中心にヨーロッパ、アメリカ、イビザ島などで多くのクラブ・イヴェントを開催しており、メインストリームでもアンダーグラウンドでも高い人気を誇っています。立ち上げの頃は「Ministry of Sound」が資金提供をしていたそうです。多くのコンピレイション・アルバムを発表しており、特に『In the House』というミックスCDシリーズや、ハウス界の重鎮が手がけた『House Masters』シリーズが人気です。
Defected Clubland Adventures
Defected in the House - International Edition
Defected in the House - Tokyo ‘11
House Masters: Blaze
House Masters: Osunlade
●フレンチ・スタイルのハウスとエレクトロ
90年代にフレンチ・スタイルのハウスとエレクトロを世界的に広めた「ダフト・パンク」、2000年代によりロック色を強めたエレクトロ・サウンドでブレイクした「ジャスティス」、2002年にフランス人のジルダ・ロアエックと日本人の黒木理也が立ち上げたレイベル兼ファッション・ブランド「Kitsuné」のコンピレイションなどは、普段は主にロックやポップを聴いているファンにもアピールするダンス・ミュージックです。
Daft Punk - Musique Vol 1: 1993-2005
Daft Punk - Alive 2007
Justice - A Cross the Universe
Justice - Woman
Kitsune Maison Compilation 5
Kitsune Maison Compilation 7
3.テクノ
●デトロイト・テクノ
ハウスに比べてデトロイト・テクノ系のミックスCDは稀ですが、シーンのパイオニアであるデリック・メイや、第2世代を代表するDJのジェフ・ミルズがミックスされていないコンピレイション・アルバムをリリースしています。また、数年前に同じくデトロイト・シーンの第2世代を代表するDJ、カール・クレイグが「Detroit Love」というミックスCDシリーズをスタートさせ、これまで3作品発表されています。
We Love…Detroit Compiled by Derrick May & Jimmy Edgar
Jeff Mills - Sequence: A Retrospective of Axis Records
Detroit Love Vol.1: Stacey Pullen
Detroit Love Vol.2: Carl Craig
●スヴェン・ヴァス/コクーン
スヴェン・ヴァスが運営するジャーマン・テクノのレイベル「Cocoon」からは多くの優れたアーティストが輩出されています。レイベルの人気のトラックを収録したコンピレイションも販売されていますが、ヴァス本人が毎年のイビザ島のクラブ・シーズンを振り返ったミックスCDシリーズが特にオススメです。
Sven Väth in the Mix - The Sound of the 14th Season
Sven Väth in the Mix - The Sound of the 18th Season
Sven Väth in the Mix - The Sound of the 19th Season
Sven Väth in the Mix - The Sound of the 20th Season
●コンパクト
ジャーマン・テクノの中心地はベルリンですが、ケルンを拠点とするプロデューサーのマイケル・マイヤーが立ち上げた「Kompakt」も優れたテクノ・レイベルです。工業的な冷たさが特徴だったベルリンのテクノに対して、コンパクトはトランスやアンビエントの要素を取り入れたより暖かいサウンドを目指し、ザ・フィールドやギイ・ボラットとったテクノ・アーティストを輩出しました。
Kompakt Total 19
Pop Ambient 2019
The Field - Looping State of Mind
Gui Boratto - Take My Breath Away
●その他のテクノ
デトロイト・テクノの第2世代のDJの1人でもあり、ミニマル・テクノの重鎮なのが、カナダ出身のリッチー・ホーティンです。「Plastikman」とは、リッチー・ホーティンがレコーディングで使う名義です。また、英国の名物ナイトクラブ/レイベルの「Fabric」も、人気テクノ・アーティストのミックスを数多くリリースしています。
Plastikman - Musik
Plastikman - Ex
Fabric 36 - Ricardo Villalobos
Fabric 66 - Ben Klock
Fabric 91 - Nina Kraviz
KI15 - The Best of Ken Ishii
4.ビッグビート
●ファットボーイ ・スリム
ファットボーイ・スリム曰く、ビッグ・ビートとは「ヒップホップのブレイクビーツ、アシッド・ハウスのエネルギー、ビートルズのポップっぽさ、そしてパンク・ロックのアティテュードを少し、融合させたもの」だそうです。ファットボーイは、1995年に英国・ブライトンでオープンしたナイトクラブ「ビッグ・ビート・ブティック」のレジデントDJになり、実験的なプレイを追求した末にビッグ・ビートというジャンルが生まれました。
Why Try Harder: The Greatest Hits
On the Floor at the Boutique
The Greatest Hits Remixed
Big Beach Boutique 5
●アンダーワールド
ロックとテクノを融合させたスタイルで90年代後半に世界的にブレイクしたアンダーワールドは、30年間のキャリアを誇るヴェテランです。中でも90年代にDJのダレン・エマーソンと共に制作したアルバムがオススメです。『Live From the Roundhouse』はエマーソンが抜けた後の作品ですが、新品が手に入る数少ないアンダーワールドのライヴ・アルバムの1つで、日本限定のリリースです。
Second Toughest in the Infants
Beaucoup Fish
Live From the Roundhouse
Drift Series 1 - Sampler Edition
●ケミカル・ブラザーズ
ケミカル・ブラザーズはこれまで多くのアルバムを発表していますが、初心者にはベスト盤『Brotherhood』がオススメです。『Don’t Think』は、2人が2011年にフジロック・フェスのヘッドライナーとして行ったライヴの音源と映像を収録したものです。YouTubeにはスパイク・ジョーンズやミシェル・ゴンドリーが監督したミュージック・ヴィデオも公開されていますので、是非チェックして下さい。
Brotherhood - The Best of the Chemical Brothers
Surrender
Born in the Echoes
Don’t Think - Live at Fuji Rock Festival
●ザ・プロディジー
ザ・プロディジーはパンク・ロックの精神をレイヴ・ミュージックに持ち込んだ、90年代を代表するビッグ・ビートのバンドです。バンドのフロントマン的存在であったキース・フリントが2019年3月に亡くなったというニューズはダンス・ミュージック界に衝撃を与えました。
Their Law: The Singles 1990-2005
Music for the Jilted Generation
The Fat of the Land
Worlds on Fire
5.プログレッシヴ・ハウス
●サシャ
サシャは伝説のミックスCDシリーズ『Involver』で、既存のトラックを繋げるだけでなく、その要素を全て分解して組み立て直した上で重ね合わせたことが高く評価されました。また、『Fundacion NYC』は、ニューヨークの伝説のナイトクラブ「トワイロ」でのDJプレイを元に制作されたミックスCDで、ターンテーブルやCDJの代わりに「Ableton」というソフトウェアを使って完全にデジタルでミックスしたことが話題となりました。
Involver
Fundacion NYC
Invol2ver
Scene Delete
●ジョン・ディグウィード
ジョン・ディグウィードはここ10年間、世界各地で行ったパーティーから選りすぐりのDJセットを収録したミックスCDをリリースしており、高い評価を受けています。2018年にリリースされた『Live in Tokyo』は、2018年4月に東京・渋谷のナイトクラブ「Contact」のセットを収録したものです。
Fabric 20
Live in Brooklyn Output
Live in Miami
●グローバル・アンダーグラウンド
1996年に立ち上げられたトランスとプログレッシヴ・ハウスのレイベル「グローバル・アンダーグラウンド」は、世界各国のエキゾチックな場所を訪れるDJという職業に着想を得て、世界中の都市をテーマにしたミックス・コンピレイション・シリーズをスタートさせます。デヴィッド・シーマン、サシャ、ジョン・ディグウィード、ポール・オーケンフォールド、ダレン・エマーソンなど名だたるDJたちがこのシリーズで作品を発表しています。カール・コックスが手がけた『GU38: Black Rock Desert』は、コックスがバーニング・マン2009年でプレイしたDJセットを元にした歴史的名盤です。
GU45: Danny Tenaglia - Brooklyn
GU42: Patrice Baumel - Berlin
Select 9
Adapt: Volume 2
●バランス
「Global Underground」や「Renaissance」などの伝説的なレイベルからのリリースがまばらになった今、プログレッシヴ・ハウスの優れたミックスCDを定期的に発表しているのが、オーストラリアのレイベル「Balance」です。クラブ・ミュージックを通して“旅"をした気分を味わいたい方にオススメです。
Balance Presents Guy J
Balance 029: James Zabiela
Balance 032: Henry Saiz
Hernan Cattaneo: Sunsetstrip
6.トリップ・ホップ/ドラムンベイス/ダブステップ
●トリップ・ホップ
英国発のビッグ・ビートは、ヒップホップに由来するブレイクビーツの上にロックやファンク、アシッド・ジャズの要素を重ねたクラブ・ミュージックのジャンルです。そのブレイクビーツの速度を落とすことでサイケデリックな雰囲気を醸し出したのが“トリップ・ホップ"という音楽ジャンルです。英国西部のブリストルでは70年代ごろから多くのジャマイカ人が移住し、80年代ごろには若者たちの間でレゲエやダブなどのジャンマイカの音楽が慣れ親しまれていました。そこに米国のヒップホップの影響が加わり、ファンク、ソウル、ジャズ、サイケデリック、R&Bやハウスなどのブラック・ミュージックなどの要素を多く取り入れたのがトリップ・ホップです。ゆったりとしたテンポが特徴であることから“ダウンテンポ"や “チルアウト"とも呼ばれます。
Massive Attack - Mezzanine
Portishead - Dummy
Tricky - Maxinquaye
Royksopp - The Understanding
●ドラムンベイス
トリップ・ホップがブレイクビーツの速度を落としたサウンドであったのに対して、ブレイクビーツの速度を早めたのが「ドラムンベイス」と呼ばれる音楽です。そもそも90年代初頭ごろの英国社会においては、様々な人種問題や社会問題が突出していました。ロンドンで生まれたこのジャンルは、下層階級の黒人コミュニティー(ジャマイカ系英国人など)の若者が息苦しい生活の中で編み出しました。彼らはアメリカのヒップホップに倣ってそういった弊害をぶち壊そうとしていました。彼らはハッピーでエクスタシー状態になることを目的としたレイヴ・ミュージックとは違って、基本的に暗くてムーディーなサウンドを好みました。
Goldie - Timeless
Andy C - Nightlife 5
FabricLive.35 - Marcus Intalex
FabricLive.50 - D-Bridge & Instra:Mental Present Autonomic
●ダブステップ
UKガラージ、2ステップ、ドラムンベイスなどのジャンルをブレンドして生まれたのが“ダブステップ"というスタイルです。激しいリズムとベイスで聴き手を圧倒するドラムンベイスに対して、耳で聞くのではなく体で感じる超低音を大袈裟に揺らしたサウンドで聴き手を圧倒するのがダブステップです。英国のアンダーグラウンド・サウンドに特化したナイトクラブとレイベルの「Fabric」は、多くのドラムンベイスやダブステップのミックスCDを発表しています。
FabricLive.37 - Caspa & Rusko
Skream - Outside the Box
Burial - Untrue
Sub:Stance - Mixed by Scuba
7.トランス・ミュージック
●アルマーダ
「Armada」はオランダの人気トランスDJのアーミン・ヴァン・ビューレンらが2003年に立ち上げたレイベルで、多くのエピック・トランス系のDJを輩出しています。プログレッシヴ・トランスを代表するDJのマルクス・シュルツもかつてはArmadaに所属していました。(現在はTiestoの「Black Hole Recordings」に所属しています。)
A State of Trance 2009 Mixed by Armin Van Buuren
A State of Trance 2013 Mixed by Armin Van Buuren
Markus Schulz - Toronto ’09
Markus Schulz - Las Vegas ‘10
●イン・サーチ・オヴ・サンライズ
オランダのDJ Tiestoが1999年に第1作を発表した『In Search of Sunrise』は、エピック・トランスを代表するミックスCDシリーズです。2010年以降はTiestoに変わって同じくオランダのDJであるリチャード・デュランドが手がけるようになり、ここ数年はマルクス・シュルツが手がけています。
DJ Tiesto - In Search of Sunrise
DJ Tiesto - In Search of Sunrise 4: Latin America
Richard Durand and Lange - In Search of Sunrise 12
Markus Schulz, Jerome Isma-Ae, and Orkidea - In Search of Sunrise 15
●アンジュナビーツ
英国発のトランスのトリオである「アバヴ&ビヨンド」は、インドのゴアの有名な「アンジュナ・ビーチ」から名前を借りた「アンジュナビーツ」というレイベルから多くのエピック・トランスのアーティストを輩出しています。「アンジュナディープ」は、ディープ・ハウスやプログレッシヴ・ハウスに特化したサブレイベルです。
Anjunabeats Volume 12
Anjunabeats Volume 14
Anjunadeep 11
Anjunadeep 15
●パーフェクト
「Perfecto」は英国のトランスDJのポール・オーケンフォールドが立ち上げたレイベルです。現在はTiestoの「Black Hole Recordings」のサブレイベルとなっています。『Four Seasons』(四季)、『Mount Everest: The Base Camp Mix』『Sunset at Stonehenge』など、オーケンフォールドは大自然をコンセプトとした野外ライヴが有名です。
25 Years of Perfecto Records
Mount Everest: The Base Camp Mix
Sunset at Stonehenge
●サイケデリック・トランス
“サイケ"には数多くのサブジャンルが存在し、多くのレイベルが存在しますが、ここでは“ゴア・トランス"や“サイケデリック・トランス"という広いくくりのスタイルを代表する4組のアーティストの作品を取り上げます。
Hallucinogen - The Lone Deranged
Shpongle - Tales of the Inexpressible
Infected Mushroom - Army of Mushrooms
Juno Reactor - The Golden Sun of the Great East
8.EDM
●ヨーロッパ
2000年代後半にはスウェーデンのスウィディッシュ・ハウス・マフィアやエリック・プリッヅ、フランスのデヴィッド・ゲッタがヨーロッパのハウス・ミュージック/エレクトロ・ハウスのブームを牽引しました。2010年代に頭角を現したアヴィーチーはEDMにカントリー/フォーク・ミュージックの要素を取り入れ、ポップ・スター並みの人気を博しましたが、2018年に28歳の若さで亡くなったことは、EDMバブルの終焉を予見する事件だったいえるでしょう。
Swedish House Mafia - Until One
Swedish House Mafia - Until Now
Eric Prydz - Opus
David Quetta - Nothing But the Beat
Calvin Harris - 18 Months
Avicii - True
●アメリカ
カナダ出身のプロデューサーである「デッドマウス」とアメリカのDJ「カスケイド」は、2000年代後半にレイディオ放送にも適したキャッチーなハウス・ミュージックを作り、アンダーグラウンドから飛び出て世界的にブレイクしました。一方、ディプロとスティーヴ・アオキは、エレクトロ・ハウスにヒップホップの要素を持ち込むことでEDMがブレイクする土台を作り、2010年代にはアメリカを代表する“パーティーDJ"となりました。
Deadmau5 - 4x4=12
Deadmau5 - For Lack of a Better Name
Kaskade - I Remember
FabricLive.24 - Diplo
Steve Aoki - Wonderland
Steve Aoki - Neon Future 1
9.アンビエント/ニュー・エイジ/IDM/ラウンジ・ミュージック
●アンビエント・ミュージック
英国のミュージシャンであるブライアン・イーノは1978年に『アンビエント1/ミュージック・フォー・エアポーツ』というアルバムで初めて「アンビエント・ミュージック」という表現を使いました。アルバムのライナー・ノーツでは “アンビエント・ミュージック"とは“as ignorable as it is interesting"(いかにも聞き流せると同時に、いかにも興味を引くような音楽)であり、“designed to induce calm and space to think"(聴き手を落ち着かせ、考える余裕を与えることを目的としている)と定義しました。90年代に入ると、「The Orb」などのアーティストが、ハウス・ミュージックやテクノとアンビエント・ミュージックを融合するようになり、“アンビエント・ハウス"や“アンビエント・テクノ"というジャンルを作り出しました。
Brian Eno - Ambient 1: Music for Airports
Fripp & Eno - The Equatorial Stars
Metallic Spheres - The Orb & David Gilmour
Manual - Lost Days, Open Skies and Streaming Tides
●ニュー・エイジ・ミュージック
ニュー・エイジ・ミュージックは瞑想やヨガ、マッサージを受ける時などにBGMとして使用されるような音楽で、日本では“癒し系音楽"や“ヒーリング・ミュージック"という名称でも知られています。1970年代後半から80年代にかけて、アコースティック・インストゥルメンタルを専門とした「ウィンダム・ヒル・レコード」が多くのニュー・エイジ系のアーティストを輩出し、そのジャンルを世界的に普及させました。90年代には、「エニグマ」や「ディープ・フォレスト」などのアーティストが、ワールド・ミュージックとダンス・ビートをブレンドし、新しいタイプのヒーリング・ミュージックの誕生を感じさせました。
Windham Hill Classics - Harvest
Michael Hedges - Aerial Boundaries
Enigma - Love Sensuality Devotion: Greatest Hits & Remixes
Deep Forest - Compares
●ウォープ
アンビエント・ハウスやアンビエント・テクノにロック、ジャズ、ファンク、ドラムンベイスなどの要素を取り入れ、より前衛的な方向に進化させる形で生まれたのが“Intelligent Dance Music"、略して“IDM"です。1992年に英国を拠点としたレイベル「Warp」がこういった実験的なトラックを集めたコンピレイション『Artificial Intelligence』をリリースし、「踊るためのダンス・ミュージック」とは一線を画した「自宅で座って聴くためのエレクトロニック・ミュージック」のスタイルを確立させました。
Aphex Twin - Selected Ambient Works 85-92
Aphex Twin - Syro
Flying Lotus - Cosmogramma
Boards of Canada - Music Has the Right to Children
●ラウンジ・ミュージック
ラウンジ・ミュージックは、ホテルのラウンジ・スペースやバーなどでかかるような、オシャレなダウンテンポの音楽スタイルです。フランス人のDJであるステファン・ポンポニャックは、パリに実在する高級ホテル「Hôtel Costes 」のレジデントDJとなったことをきっかけに、同名のラウンジ・ミュージックのミックスCDシリーズをスタートさせ、人気を集めました。イビザ島の名物バー「Cafe Del Mar」がリリースするコンピレイション・シリーズもオススメです。また、大沢伸一が率いた「MONDO GROSSO」もラウンジ系のオシャレな音楽を語る上で忘れてはならない存在です。
Hôtel Costes Vol. 12
Cafe Del Mar Volume Six
Cafe Del Mar Volume Seven
Mondo Grosso Best
10.エピローグ
ある特定の音楽ジャンルについてより詳しく知りたい人のために、歴史的な名盤や代表的なアーティストの作品をリストアップした“ディスク・ガイド"というものが多く出版されています。有名なものにはアメリカの「ローリング・ストーン誌」が発表した『ローリング・ストーン誌が選ぶ歴代アルバム500』のランキングや、英国の出版社「Cassell」が出している『1001 Albums You Must Hear Before You Die』(死ぬまでに聴きたいアルバム1001枚)などが権威とされます。最近では世界的な“シティ・ポップ"のちょっとしたブームを受けて、日本の「シンコー・ミュージック」が2002年にリリースしたガイド・ブック『ディスク・コレクション ジャパニーズ・シティ・ポップ』を増補/改訂して再出版しました。こういったガイドはコレクターにとってはもちろんのこと、「どこから聴いていいかわからない」という方にとってもとても有益な情報をまとめてくれています。
一方、エレクトロニック・ダンス・ミュージックの場合は、ジャンルを総合的に見たディスク・ガイドはほとんどありません。その最大の理由は、クラブ・カルチャーを盛り上げてきたのはアルバムではなくパーティーやレイヴであったことです。そもそもここ10年ほどのEDMブームまではDJ/プロデューサーがオリジナルのトラックを発表することはあってもオリジナル・アルバムを出すことは珍しいことでした。90年代には、サシャやジョン・ディグウィード、ポール・オーケンフォールドなどのDJによって、むしろ他のアーティストの曲をDJプレイで繋げたミックスCDをリリースすることが主流となりました。ミックスCDは様々なレイベルの様々なアーティストの曲を寄せ集めているものであるため、ライセンシングの問題を乗り越えるために手間と費用がかかり、多くの作品は1回プレスしてすぐに廃盤になることが多かったのです。こういった理由から、ダンス・ミュージックの歴史的なアルバムをリストアップしたガイドを作った場合、その半分の作品は中古でしか手に入れられないという問題があります。
近年はネットの様々な音楽配信サーヴィスが普及したことを受けて、DJやレコード・レイベルは最新のミックスをCDという形式に囚われず、「YouTube」「Soundcloud」「Mixcloud」などに直接アップロードするようになりました。EDM系のアーティストたちは、一応形式上ではオリジナル・アルバムをリリースしていますが、それ以上にシングル曲のネット上の再生回数やチャートインが重要になってきています。
それでも優れた“アルバム"というものは、その時代におけるジャンルのサウンドや、その段階におけるそのアーティストの作風を捉えた貴重な“芸術作品"であります。それはエレクトロニック・ダンス・ミュージックの場合でも言えることではないでしょうか。アルバムにはある単体の曲では伝えきれない“メッセージ"が込められていて、ミックスCDの場合、それは“非日常や異国への招待"なのです。正に、暗い空気が漂う今の世の中が求めているものなのではないでしょうか。