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アカデミー賞映画賞受賞作『パラサイト 半地下の家族』のポン・ジュノ監督がぶち壊した“字幕の壁"
  - Eテレ『世界へ発信!SNS英語術』 #Oscars (2020/03/13放送) | LANGUAGE & EDUCATION #048
Photo: ©RendezVous
2024/08/19 #048

アカデミー賞映画賞受賞作『パラサイト 半地下の家族』のポン・ジュノ監督がぶち壊した“字幕の壁"
- Eテレ『世界へ発信!SNS英語術』 #Oscars (2020/03/13放送)

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KAZOO
翻訳家 / 通訳 / TVコメンテイター

目次


1.『世界へ発信!SNS英語術』の最終回

3月20日の放送は『世界へ発信!SNS英語術』の総集編でした。この1年間の放送を振り返り、出演者がそれぞれ印象に残ったハッシュタグのテーマを紹介しました。

番組のMCのはるひさんは環境活動家のグレタ・トゥーンベリが始めた運動#FridaysForFuture(未来のための金曜日)、パートナー役のヒデさんは#Overtourism(観光公害)、講師の鳥飼先生は#NobelPrizeの化学賞に選ばれた吉野彰さん、解説者の古田大輔さんはアフガニスタンで長年支援活動を行ってきた医師の中村哲を追悼した#Nakamuraのツイートを取り上げました。

また、番組の冒頭と最後では、SNSがこの2年間でどのように変わったかについて出演者がコメントしました。古田さんは新聞記者をしていた時に比べて情報の集め方が大きく変わったこと、鳥飼先生はこの番組をきっかけにSNSを始め、その影響力について関心していることについて話されました。

今回の新型コロナウイルスを見ても、世界各国の医者はSNSを活用して最新情報を共有していますし、外出を自粛して自宅に待機している人々もオススメの映画や小説を紹介したり、お気に入りのレシピを共有したりしています。暇な人は、暇つぶしに、おもしろ動画を次々と投稿しています。

僕は、敢えて、時間が経つとともにより浮き彫りになるSNSの問題について言及しました。確かにSNSの力で私たちはいつでもどこでも発信したり他人と繋がることができるようになり、かつてないほどの情報量を瞬時にして手に入れられるようになりました。しかし、それによって人々は“他者"や“異文化"に対して寛容になったかと言いますと、むしろ隔たりは深まったのではないかと感じています。そしてSNSでトレンディングしている事件や問題が重大であればあるほど、SNSから生まれる流れは変化の波ではなく、むしろ幻滅や解消できない対立に対する無力感です。このことは新型コロナウイルスにまつわる様々な投稿を見ていても顕著に感じます。

それでも私たちは“SNSの力"によって世の中の問題が、いとも簡単に解決できるようになるという幻想に振り回されています。このコラムでは新型コロナウイルスの感染が拡大する中で、SNSはどのように利用されているかを見ながら、いくつかの英語のキイワードに着目したいと思います。


2.新型コロナウイルスが浮き彫りにするSNSの本質

現在、新型コロナウイルスに関連する、科学的根拠のない感染の予防法や様々な品薄デマが拡散されています。例えばアメリカでは、感染を自己診断できるというある“テスト"がSNS上で拡散されました。深呼吸をして息を止め、10秒以上咳き込まずに止めることができればそれは肺が修復不可能な「線維化」を起こしていないというものです。一方で日本では「新型コロナウイルスは熱に弱く、27度のお湯を飲むと殺菌効果がある」というものや「納豆菌がコロナウイルスをやっつけるんだって!」といった嘘の情報がウイルス自体の感染よりはるかに早く拡散されています。更には、「予防法に関する情報」と称して、クレジット・カード番号などの個人情報を盗むことを目的とした偽サイトへと人々を誘導する悪質なものまであります。

“pandemic" (パンデミック)に因んで、WHOはデマが拡散するこうした現象のことを“infodemic" (インフォデミック)と呼んでいます。新型コロナウイルスの実態が未だ解明されていないため、デマが次々と拡散される中で、専門家や自治体は後手術の対応しかできていません。ジャーナリストをはじめとするメディアはそこから更に遅れをとった情報しか提供していません。英語ではこういった状態を “playing catch-up" (遅れをとり、常に追いつこうと対応に追われている状態)と表現します。

こうしたデマの拡散を防ぐために、フェイスブック、グーグル、ユーチューブ、ツイッター、レディット、リンクトインなど各SNSが共同声明をし、積極的に誤情報やデマを削除して取り締まっていくことを宣言しました。信頼性の高い情報を優先的に表示し、世界中の政府医療機関とも連携して重要な情報を提供していくこととしており、他の企業にも参加を呼び掛けました。(政治的な話題だと、誤情報やデマの取り締まりについてはどこか消極的なSNS各社ですが、今回の感染症の抑制に対しては積極的のようです。)

命に関わる誤情報やデマは抑えられたとしても、不安や恐怖(またはその一方で反抗心や無関心)の拡散を抑えることはできないようです。「トイレット・ペイパーの品薄デマ」が拡散されるのも、誰かがスーパーの棚が空っぽになっている写真をアップすると、人はそれを見て、「やばい、今のうちにトイレット・ペイパーや消毒液を買わなきゃ」とついつい釣られてしまうからでしょう。しかもその発信源が有名人や知人だと、その情報には信憑性があるものだと思いがちです。SNSはこういった“panic buying"(パニックによる買漁り)が引き起こされる一因となっています。

一方で、アメリカの一部の若者は、外出自粛勧告に反して、“spring break"を思う存分に楽しもうと、フロリダに押し寄せてビーチに繰り出している写真や映像が次々とSNSに投稿しています。それを見て、「なんだ、自分だけ引きこもっているのもバカバカしい」と釣られて外出してしまう若者もいることでしょう。

SNSの特性上、ある投稿が見られれば見られるほど、人の反応を呼べば呼ぶほど、その内容が「見るに値するもの」として利用者のフィードに積極的に表示されるようになります。それに寄せられるコメントが「いいぞ!ビクビクして生きていてたまるもんか」という賛成の声であろうが、「ことの深刻さを理解していないか。あなたは周りの人を全員危険に晒している」という戒めの声であろうが、アルゴリズムからすると善悪の判断なく、無差別に人気のコメントを上位に表示します。

“ヴァイラル化"とは「面白いネタがネット上で拡散される」という良い現象として私たちに印象付けられてきましたが、そもそもの意味は「ウイルスのように共有され、拡散する」だということを忘れてはなりません。私たちは「人々を繋ぐ」というソーシャル・メディアの利点にとらわれるあまり、SNSの危険性を見失ってしまっています。自宅からSNSにアクセスすることでも、様々な“ウイルス"に晒されてしまうこととなるのです。


3.本質を浮き彫りにする「撞着語法」とあやふやにする「撞着語法」

そんな中で英語圏で今話題となっているキイワードは “social distancing"です。インフルエンザやパンデミック対策としての「社会距離戦略」や「社会的距離の確保」、つまり、感染症の爆発的な流行を防ぐために、可能な限り人と人との接触を減らすことです。スポーツ試合やコンサートなどのイヴェントがキャンセルされていることも、テレワークやテレコンファレンスも、学校の臨時休業もこの戦略の一環として捉えることができます。

そもそも“social"は「社会」を意味する“society"から派生した形容詞で、「社会の」という意味ですが、他にも「付き合いの良い」「社交的」という意味も持ちます。“a social person"とは「社交的な人」であり、“social media"も本来は「社会的相互性に基づいた情報発信技術」という意味です。英語ではよく “humans are social creatures" (人間は社交的な生き物)と言います。こういったことから、英語圏、とりわけアメリカ人にとって“social distancing"という表現にはどこか違和感を覚えるところがあります。

日本社会においては自分と他人の間で「ある程度の距離を保つ」ことはそもそも善いこととされているため、「社会的距離の確保」は当たり前のことに聞こえるかもしれません。しかしアメリカなど、社交の場を基本的に「距離を縮めるためのもの」として捉え、握手、ハイタッチやハグが日常的に行われる社会からすると、“social distancing"は矛盾した2つの言葉が並べられた、とても気持ち悪い表現に聞こえるのです。(ヨーロッパの中では挨拶としてキスを交わすイタリアやフランスの人には尚更そうでしょう。)

矛盾した意味を持つ2つの言葉を並べたこういった表現を英語では“oxymoron"と言います。(日本語では「撞着語法」あるいは「矛盾語法」と言います。)語源はギリシャ語で、“oxy"は「鋭い」、“moron"は「愚鈍な」のことです。日本語では 「公然の秘密」や「有難迷惑」などがこれに当てはまります。“social media"もその1つと言っていいのかもしれない。

英語ではもともと、文学や詩などで用いられる高度な表現方法です。例えば“deafening silence"(耳をつんざくほどの静けさ)は、物理的にはうるさくないが精神的に“うるさい"状態や、今にも何かが起きそうなこと示唆させる表現ですし、“bittersweet"(甘くて切ない)は人生においてはどんな“良いこと"や“幸せ"にもどこか苦味がある世の常を表した言葉です。優れた“oxymoron"は、直接的に伝えようとしたら陳腐に聞こえてしまうような現象の本質を伝えるために、敢えて用いる表現です。

一方で、私たちが日常的に用いながらも、よく考えるとちんぷんかんぷんな表現も多く存在します。例えば “jumbo shrimp" (ジャンボサイズノの小エビ)、“minor crisis" (ちょっとした危機)、“only choice" (唯一の選択肢)、“working holiday"(働きながら過ごす休暇)、“zero tolerance"(例外を認めないこと、一切容赦しないこと)などがこの部類の表現です。こういった表現は、物事の実態や本質をむしろあやふやにするという働きをします。悪いニューズや望ましくない事柄の正体を隠すことができるため、政治家は“oxymoron"をこよなく愛します。

特にトランプ政権は、こういったどこか違和感のある表現を用いて、嫌なことを“リブランディング"することが得意です。その代表例が、“alternative fact"(代替的な事実)という表現です。科学的なデイタに基づかない主観的な意見を、自分に都合の良いという理由であたかも事実のように提示することです。リベラル派のメディアからすると、“fake news"も矛盾している表現なのでしょう。そもそもジャーナリストの仕事は事実をできる限り正確に伝えることであるはずなので、“ニューズ"として報道する価値のある情報は何かの根拠に基づいていることになります。トランプ大統領は自分の気に入らない報道をストレートに“嘘"やデマ"と表現するのではなく、婉曲に“fake news"と表現することで、聞き手はそのニューズ自体を疑うだけでなく、ジャーナリズムのミッションそのものに疑問を投げかけているのです。そしてSNSはジャーナリズムにとって大きな役割を果たすと言われる一方で、言葉を通して世論や現実そのものを制御しようとするトランプ大統領にとって、強力な武器となるのです。

さて、“alternative facts"や“fake news"が何かを“定義"したり“数量化"して“科学的に解析"しようとする西洋的な世界観の衰退と、それに代わるポスト・トゥルースの時代の到来を示唆する高度な表現なのか、単純に政治家が自分の都合の良いようにニューズを“スピン"(大衆操作、特定の人に有利になるような、非常に偏った事件や事態の描写や解釈)しようとしている表現なのか。そこは見極める必要があるでしょう。


4.私たちに今何が問われているか

これまでトランプ大統領はSNSを利用して、不倫スキャンダルから弾劾訴追まで、自身の政権を揺るがす様々な問題を次々と乗り越えてきました。同時に、自分の実績をアピールし、前任者たちの悪口を述べてきました。ところが“個人のイメージ"が焦点であったそれらの問題と違って、新型コロナウイルスはこれまでのレヴェルとは異なる問題です。いくらツイートしても解決するはずもなければ、支持者や党員の集会を開いて“Keep America Great"と唱えて乗り越えられるような問題でもありません。

人間の顔をした“敵"がいて、初めてトランプ流の“イメージ戦略"は効くのです。そこにトランプ大統領が新型コロナウイルスのことを“Chinese virus"(中国ウイルス)と呼ぶようになった魂胆が伺えます。しかし、新コロナウイルスの発症の地の問題や陰謀説はさておき、その正体は“人間"や“人種"ではなく、“自然界"だとすると、トランプ大統領が好むいつもの武器は、効き目を持たないのでしょう。トランプ大統領が生き残るためには、その戦術を変える必要があるのではないでしょうか。

こうした傾向は、アメリカ国民一般にも、世界中の私たちにも言えることかもしれません。これまでの大感染や大災害が起きた後には必ず、「いつになったら元の生活を取り戻せるのか」という声が上がります。豚インフルやSARSの時もそうでしたし、9・11の後のアメリカや3・11の後の日本でもそうでした。アメリカ人は特に「日常を取り戻す」という願望が特に強いようです。9・11後には、ある種の憂鬱やアラブ人に対するパラノイアが社会に漂っていたのは確かです。アメリカ人は「引きこもっていたらテロに負けたこととなる」ということで、むしろ頑固として、怯えずに外に出かけて人と集まることでその意地を見せようとしました。

ところが今回ばかりは、そうした動きは大きな失敗になるかもしれません。「平和」や「娯楽」の象徴として人々に楽しまれてきたスポーツも、日本だけでなくアメリカや欧州でも次々と中止・延期が相次いでいます。日本でも、オリンピックを延期せざるを得ない事態へと進んでいる印象を受けます。『世界へ発信!SNS英語術』でも度々取材してきた映画業界においても、今年の目玉となるはずだった作品の公開延期が相次ぎ、先日カンヌ国際映画祭の中止も発表されました。ただでさえ映画館離れが悩みとなっていた映画業界ですが、人々が自宅に引きこもり、Netflixなどの動画配信サーヴィスをこれまで以上に積極的に活用され、新型コロナウイルスが収束したとしても人々は果たして再び映画館に足を運ぶのかという疑問が浮かび上がっています。

これを機に、各国の政権の経済や、世界中の企業やコンテンツ業界、そして社会や私たち自身が変われるかどうか問われているように思えます。

英語ではこうした状況を“new normal"(新しい常態)と呼んでいますが、よく考えると、この表現も「撞着語法」の1つなのではないでしょうか。人々は結局、こういう言葉を利用して、“現実"を直視せず、やり過ごそうとしているのかもしれません。

NHK Eテレの『世界へ発信!SNS英語術』は、3月20日の放送をもって終了いたしました。2年間、時事ネタから大喜利まで、SNSで話題のテーマを多く取り上げる中で、面白い英語表現をピックアップし、そこから見えてくる“アメリカ"について紹介してきました。そしてこのコラムでは、番組では紹介しきれなかった英語表現やアメリカの事情について解説してきました。番組を観てくださった皆さま、このコラムを読んでくださった皆さま、これまでの応援ありがとうございました。


5.今回の衣裳について

「グローバルスタイル」の茶色のスーツ

「グローバルスタイル」の茶色のスーツ
この商品は、以前紹介したのでFASHION & SHOPPING #023を参照してください。

「ル・カノン」の茶色いボタンダウン・シャツ

「ル・カノン」の茶色いボタンダウン・シャツ
この商品は、以前紹介したのでLANGUAGE & EDUCATION #028 を参照してください。

「タビオ」のマホガニーの靴下

「タビオ」のマホガニーの靴下
この商品は、以前紹介したのでFASHION & SHOPPING #026を参照してください。

「パラブーツ」のダブル・モンク・シューズ『ポー』

「パラブーツ」のダブル・モンク・シューズ『ポー』
こちらの商品は、以前紹介したのでFASHION & SHOPPING #008 を参照してください。

「ゾフ」の黒いメガネ

「ゾフ」の黒いメガネ
この商品は、以前紹介したのでFASHION & SHOPPING #006を参照してください。

LANGUAGE & EDUCATION #048

言語を利用して新型コロナウイルスを制御しようとするアメリカ– SNSと“新しい常態”の本質について考える


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