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KAZOOの『SNS英語術』映画コーナー (12) 
 映画『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』とニューヨーク公共図書館の渉外担当役員のキャリー・ウェルチのインタヴューを振り返って
  - Eテレ『世界へ発信!SNS英語術』(2019/05/31放送) | CINEMA & THEATRE #016
Photo: ©RendezVous
2022/02/28 #016

KAZOOの『SNS英語術』映画コーナー (12)
映画『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』とニューヨーク公共図書館の渉外担当役員のキャリー・ウェルチのインタヴューを振り返って
- Eテレ『世界へ発信!SNS英語術』(2019/05/31放送)

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KAZOO
翻訳家 / 通訳 / TVコメンテイター

目次


1.プロローグ

先日『世界へ発信!SNS英語術』では、アメリカのドキュメンタリーの巨匠、フレデリック・ワイズマンの最新作、『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』を紹介しました。上映時間3時間25分という長編ドキュメンタリーである本作は、ニューヨーク公共図書館を実際に訪れ、多様なニューヨーク市民の日常を人間観察しているような気分にしてくれます。ワイズマンの作品はナレーションやインタヴューもなく、プロットというプロットもないことで有名です。ひたすら自分を磨き、知恵を求め、地域をより良い場所にしようと試みるニューヨーカーの姿に、ワイズマンは希望を見出します。


2.『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』について

今回のインタヴューの相手は、ニューヨーク公共図書館の渉外担当役員のキャリー・ウェルチさんでした。本作では、主に図書館の幹部が予算や今後の戦略について議論する役員会議に登場し、民間からの寄付の重要性を主張しています。(ニューヨーク公共図書館は、ニューヨーク市の出資と民間の寄付で運営されています。)

インタヴューでは、GoogleやWikipediaの存在感あるこの時代に置いて、図書館の存在意義について丁寧な口調で語ってくれました。ウェルチさんは、ニューヨーク公共図書館のミッションは、「情報、知恵、機会への自由なアクセスを提供すること」と「コミュニティを支えること」であると語ってくれました。インターネットは点としての情報は豊富かもしれないが、図書館はその点と点を線で結び、知恵へと膨らましてくれる手伝いをする人間やリソースがあります。また、ニューヨーク市は地域によっては、治安の悪さやホームレスの問題で世界的に知られていますが、ニューヨーク公共図書館の本館とその92の分館は、そうした地域で暮らす人と人が繋がれる安全な場所であり、同時にホームレスの人にとっても大事なセーフティネットなのです。

ウェルチさんは、特にニューヨーク公共図書館の膨大な画像コレクションについて熱く語ってくれました。膨大な資料から集められた画像がキュレイションされており、細かいカテゴリーに分類されています。映画の中では、ポップ・アートの巨匠、アンディー・ウォーホールが様々な画像を借りて、それをもとに作品を作っていたエピソードも紹介されています。検索エンジンを使って調べものをする場合、キーワードのセンスがないと求めているものがなかなか見つからず、僕はよくイライラします。一方でニューヨーク公共図書館では、様々な分野に詳しい専門スタッフが滞在しており、必要としているものに効率よく導いてくれます。仮にすぐには見つからなかったとしても、そのプロセスの中で必ず新しい何かの発見があります。

ウェルチさん本人も、息抜きのために画像コレクションが保管されている部屋をよく訪れ、我を忘れて画像を見入ると話していました。図書館という場所は「知の殿堂」であるのみならず、様々な意味で市民にとって憩いの場所でもあるのです。その使命を果たしている限り、アメリカの図書館はなくなることはないことを、本作を通して確信しました。


3.プロフィールと代表的作品の紹介

フレデリック・ワイズマン(1930年~)は、アメリカのドキュメンタリー映画監督です。イェール大学ロー・スクール卒業後、弁護士として働き、ハーバード大学などで教鞭をとりました。1967年に初監督作品『チチカット・フォーリーズ』を公開し、以後50年以上に渡って、病院、高校、警察署など、主にアメリカ合州国の社会的機関をテーマにしたドキュメンタリー映画を作り続けてきました。ワイズマンは、こっそりと他人を観察している“fly-on-the-wall"の視点から4~6週間撮影を行い、100時間以上の大量の映像を編集しながら“構成"や“リズム"を模索するというプロセスを用います。ナレーションなし、インタヴューなしという独特のスタイルが特徴で、作品にはプロットもないものの、どの映像を使うかのセレクションを通して伝えたいこと、言いたいことを緩やかに作品に折り込みます。

『チチカット・フォーリーズ』(1967年)
ワイズマン監督のデビュー作は、マサチューセッツ州ブリッジウォーターにある精神異常犯罪者のための州立刑務所、マサチューセッツ矯正院の収容者の日常を捉えたドキュメンタリーです。合衆国裁判所の判断で一般上映が禁止され、91年にようやく上映が許可されました。

『セントラル・パーク』(1989年)
1986年にニューヨークのセントラル・パークで18歳の女性の首を絞めて殺害し、15年の刑を受けた「プレッピー・キラーの事件」と、1989年にセントラル・パークをジョギング中であった銀行勤務の白人女性がレイプされ、重傷を負わされた「セントラル・パーク・ジョガー事件」という2つの事件は全米に強い衝撃を与えました。こうした時代背景の中、ワイズマンはセントラル・パークのなんでもない日常を描くことを通して、この公園がいかにニューヨーカーにとって憩いの場所であり、文化の中心地であるかを描いているのが本作です。

『BALLET アメリカン・バレエ・シアターの世界』(1995年)
ニューヨークに拠点に置くアメリカン・バレエ・シアターのダンサーたちの日常を追ったドキュメンタリー映画です。ヨーロッパ・ツアーに向けて繰り返されるレッスンやリハーサル、舞台裏の苦悩に迫っています。


4.この日の衣裳について

「グローバルスタイル」のネイヴィーのスーツ

「グローバルスタイル」のネイヴィーのスーツ
この商品は、以前紹介したのでCINEMA & THEATRE #005を参照してください。

「伊勢丹」のパープルのシャツ

「伊勢丹」のパープルのシャツ
この商品は、以前紹介したのでCINEMA & THEATRE #008 を参照してください。

「ユナイテッド・アローズ」のネクタイ

「ユナイテッド・アローズ」のネクタイ
こちらはBigBrotherから借りた「ユナイテッド・アローズ」のヴィンテージのネクタイです。ネイヴィーの生地にミニマルなペイズリーの柄が施されています。

「パラブーツ」の『アヴィニョン』

「パラブーツ」の『アヴィニョン』
この商品は、以前紹介したのでFASHION & SHOPPING #006を参照してください。

「タビオ」のグレイのソックス

「タビオ」のグレイのソックス
こちらは靴下専門店「タビオ」の表参道ヒルズ店で購入したグレイの『綿ピンドット柄ビジネスソックス』です。

「999.9」の『M-27』

「999.9」の『M-27』
この商品は、以前紹介したのでCINEMA & THEATRE #005を参照してください。

5.エピローグ:アメリカ人にとっての図書館とは

僕は図書館が大好きな少年でした。毎週のように母親にダーク・グリーンの日産の4ドア・セダンの『マキシマ』に乗って地元のサンタ・クララ市立図書館まで送ってもらい、ヤング・アダルト本(10代向けの小説)、一般の小説、科学書や歴史書、新聞漫画の本など、10冊前後の本を借りて読み漁っていました。図書館は静かな空間ではあったものの、人の教育熱心さやエネルギーでみなぎっている開放的なスペースのような感じがして、当時から不思議なパワーを感じていました。中学生になっても僕は放課後によく図書館を訪れ、宿題をするかたわら、人間観察(people watching)をするのが大好きでした。

インタヴューの中でウェルチさんが語っていたように、アメリカの図書館はその地域のコミュニティーが形成されている場所です。サンタ・クララ市立図書館もまさにそうでした。読書愛好家が月に何回か集まってディスカッションを行ったり、子供向けの“お話"の時間はもちろんのこと、稽古事や美術工芸のワークショップ、ジョブ・フェア、サステナビリティを促す会、トークショーなど、毎日のように必ず何かしらのイヴェントが開催されていました。一昨年、久しぶりに訪れた際には、コミックやアニメなどのポップ・カルチャーを扱う“コミコン"(comic book conventionの略語)まで開催されていてびっくりしました。

また、生涯教育というテーマも先進国の国々にとって、重要な問題です。アメリカは非識字率が高いことで有名ですが、アメリカ合州国教育省によると、アメリカには子供の絵本程度の読み書きの能力しかない成人が約3,200万人、つまり7人に1人の確率でいると発表されています。読み書きができないと、街の中の警告標識や薬の説明書など、日常生活における多大な影響があり、選挙においても十分な理解に基づいた投票が不可能です。もっというと投票用紙さえ解読できません。つまり、アメリカ市民としての義務(civic duty)を果たせないこととなります。そのため、アメリカの図書館では成人向けの読み書きを教えるプログラムが頻繁に行われます。

日本の識字率について。日本は世界的にも識字率が高いというイメージがあり、様々な調査で非常に高い識字率を意味する「99%」という結果が発表されています。しかし、それは果たして本当にそうなのでしょうか。実際には、1960年代以降、識字率に対する公的な調査が行われていないようです。近年は、週刊誌『AERA』のこちらの記事や、『YAHOO!ニュース』のこちらの記事など、「日本の識字率はほぼ100%」という思い込みに疑問を投げかける声が増えています。また、最近よく耳にするのは、「今の若者は文章が書けない」と嘆く上司の声や、教科書に対する子供の読解力の低下を指摘するデータです。日本の識字率の実態は本当はよくわからないのが実情なのです。アメリカでは読み書きができない人がいる前提で社会が回っているため、そういった人々をサポートする社会的なセーフティ・ネットが存在します。しかし、日本では「全員が読み書きできている」という前提で社会が回っているがゆえに、実際に読み書きのできない人々が増えていることに対する国民の理解や、彼らをサポートする社会の仕組みもないのが現実です。彼らはそういった状況の中で、本当は不便な生活をしているにもかかわらず、虚栄心から周りの人には言い出せず、仕事についても長く続けられなかったりするため、非行や犯罪に走るなど、負のスパイラルが生まれている可能性があるのではないでしょうか。

また、移民が多いカリフォルニア州では、移民のための“ESL" (English as a second language、つまり、第二言語としての英語)の教室もあります。こういったプログラムでは、地域の中学生や高校生などがヴォランティアとして参加し、読み書きのできない移民だけでなく、アメリカ人の成人に対してもサポートを行います。学校や市としてこういったヴォランティア精神を子供に植え付けることで、地域への愛着を促し、地域の絆を深める役割も果たしているのです。こうした活動も図書館がその中心地となります。

また、映画好きな僕にとって、近所の図書館は映画の宝庫でもありました。中学生の頃から、本に加えて毎週のように映画もレンタルしていました。話題の超大作やエンタメ映画を中心に扱う一般的なレンタル屋さんとは違って、図書館のセレクションは古典映画や、少なくとも10年以上前の人間ドラマやドキュメンタリーが多いことも気に入っている点でした。

その中でも僕に強い印象を残した作品は、アメリカの青春映画の巨匠、ジョン・ヒューズの『ブレックファスト・クラブ』でした。<アマゾン>普段は接点のない、全然違うタイプの高校生5人が懲罰補習のため、いやいや土曜日を学校の図書室で過ごすコメディ・ドラマです。そこで過ごす1日の中で、5人は自分の葛藤を打ち明け、少しずつお互いに対する理解を深めます。“優等生"の僕からすると、たとえ懲罰補習だとしても誰もいない週末に図書館を“貸切"できるなんて夢のような話に思えました。しかし、それ以上に、この映画を通して、それまでは“イケイケ"の生徒に対して批判的な態度で接していた僕は、より思いやりを持って接するようになりました。その後、図書館で借りることのできたジョン・ヒューズの映画は全て観尽くしました。

映画を毎週借りているうちに、僕はいつしかその部署で働いていたラテン系の男性スタッフと顔馴染みとなり、ヒューズの映画で描かれるアメリカのティーネイジャー像について話し合うようになりました。ヒューズの映画は素晴らしいが、1つ文句をつけるとしたら、カリフォルニアにあるような人種の多様性が描かれていないことだという結論に至りました。

それからしばらくたったある日、そのスタッフは、映画コーナーの近くのテーブルに座り、人間観察していた僕に突然声をかけてきました。「ちょっと君にオススメしたい映画があって。」その映画は、フレデリック・ワイズマン監督の『高校2』という作品でした。


CINEMA & THEATRE #016

映画『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』とニューヨーク公共図書館の渉外担当役員のキャリー・ウェルチのインタヴューを振り返って - 『SNS英語術』(2019/05/31放送)


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