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日本の大御所と呼ばれる監督たち
  - 海外で評価されている日本人の映画監督 (1)
  - 小津安二郎/黒澤明/市川崑/今村昌平/北野武 | CINEMA & THEATRE #033
2022/10/31 #033

日本の大御所と呼ばれる監督たち
- 海外で評価されている日本人の映画監督 (1)
- 小津安二郎/黒澤明/市川崑/今村昌平/北野武

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KAZOO
翻訳家 / 通訳 / TVコメンテイター

目次


1.プロローグ

僕が日本映画を観るようになったのは、小学生の頃、週末に通っていた日本人学校での友人の母親が、日本の映画のDVDを沢山持っていたことがきっかけです。

日本人学校の授業が終わってから、友人の家に行き、日本の映画を観るという行為は、とてもどこか遠くに旅をするような錯覚を与えてくれたことを覚えています。

ある意味、ディズニーランドへ行く以上の非日常性が感じられたのです。

映画を通して観る日本の社会や日本人は、小学生当時の自分には、ある時にはとても奇妙に映り、またある時には、懐かしさを感じさせてくれました。

友人の母親は、日本から『キネマ旬報』を取り寄せており、毎月それを読ませてもらうことも楽しみでした。

中学時代には、毎年2月号に発表される“キネマ旬報べストテン"の作品は、すべて観るようになっていました。

高校生になると、小説を原作とする日本映画を多く観るようになり、それがきっかけで大学では、専攻の“アジア人文科学"の中でも日本の文学を中心に勉強しました。

今回は、海外で特に評価の高い日本の映画監督と作品を紹介します。

2018年5月に是枝裕和監督が『万引き家族』で、日本人として21年ぶりに(1999年に今村昌平監督作『うなぎ』以来)カンヌ国際映画祭で最優秀パルムドールを受賞したことは、とても喜ばしいことです。


2.小津安二郎監督(1903-1963)

東京出身で三重県松阪市で育った小津安二郎監督は、「小津調」と呼ばれる独特な映像スタイルで世界的に高い評価を得ています。ヴィジュアル的には、カメラがほとんど動かないことがその特徴であり、映画というより絵画のような構図の美しさがあります。“人間の目に近い"と言われる50ミリの標準レンズで、カメラを低い位置におく“ロー・ポジション"から撮ることが多く(ちなみに英語ではこれを「タタミ・ショット」と名付けられています)、“現代の日本の家族のあり方"を主題とした作品を多く発表しました。

『東京物語』(1953)
小津監督は、同じテーマや同じ映像スタイルだけでなく、同じ俳優たちを起用することでも知られています。特に原節子が「紀子」という役柄で登場する“紀子三部作"は高く評価され、その中でも三作目に当たる『東京物語』は最高傑作とされています。広島の田舎に暮らす老夫婦が、子供たちに会いに東京へ行くのですが、仕事などで忙しい生活を送る子供との隔たりに直面します。いわば、現代の日本の“家族の崩壊"を描いた作品です。

『麦秋』(1951)
いわゆる“紀子三部作"の二作目に当たる『麦秋』は、麦の収穫期に当たる初夏の頃に繰り広げられる人間ドラマです。年頃の娘を結婚させたい親と、親思いでありながらも独立した精神を持った娘の葛藤を描いたこの作品は、戦後の日本における価値観と女性像の変化を描いています。因みに、この作品で助監督として小津に付いていたのが、今村昌平だったそうです。


3.黒澤明監督(1910-1998)

日本のみならず、世界の映画の歴史を代表するとも言える黒澤明監督の作品の持つ、その大胆でダイナミックな映像表現は、海外映画の影響が大きく見受けることができます。しかし、取り上げているテーマは、日本人特有のヒューマニズムに溢れています。1948年に当時無名だった俳優三船敏郎を主演に起用し、その後も三船は黒澤映画の常連俳優となり、「黒澤・三船コンビ」は世界中の映画ファンに注目されるようになりました。

『羅生門』(1950)
主観性と客観性の対立と融合、人間の当てにならない記憶力や愚かさを描いた黒澤明の最高傑作です。公開当時は、内容の暗さから国内での評価はあまり高くなかったものの、日本映画としては初めてヴェネツィア国際映画祭金獅子賞(1951年)とアカデミー賞名誉賞(1952年)を受賞しました。世界の映画ランキングでも必ず上位にランクインする黒澤映画を代表する作品です。因みに、原作は『羅生門』ではなく、芥川龍之介の短編小説の『藪の中』を映画化したものです。

『生きる』(1952)
市役所で書類の山に埋もれながら、かわり映えのない毎日を送る役人を主人公とした作品です。いわゆる“お役所仕事"を批判した名作。主人公は、役所を辞めて転職しようとしている部下と付き合ううちに、自分の仕事に再び熱心に取り組む事を決意します。海外でも“生き甲斐"という日本独自の概念に共感する人が増えています。官僚主義を取り上げた作品ですが、黒澤監督は、人は「なぜ生きるか」という問題を問うているのではないでしょうか。第4回ベルリン国際映画祭において、ドイツ上院議員賞を受賞しました。

『七人の侍』(1954)
『羅生門』と並んで世界からの評価が高い黒澤明の最高傑作の1つです。戦国時代を舞台に、村を野武士から守るために侍を雇った農民を描いた物語で、見所の1つは侍と農民との間の軋轢です。また、今作で初めて1つのシーンを複数のカメラで撮影する“マルチカム方式"を採用したそうです。このシステムによって撮影され、ダイナミックに編集されたクライマックスの決戦は、映画史に残るアクション・シーンとなっています。

『隠し砦の三悪人』(1958)
戦国時代を舞台にしたアドヴェンチャー映画です。百姓の2人の視点から描かれており、姫を救い出そうとする侍大将の物語です。その姫の男勝りな性格が印象的なのですが・・・ハリウッド映画に関心がある読者はどこか聞き覚えのあるストーリーではないでしょうか。実はジョージ・ルーカス監督は本作からアイディアを得て『スター・ウォーズ』のストーリーを考えたとされています。第9回ベルリン国際映画祭において、監督賞(銀熊賞)と国際批評家連盟賞を受賞しました。


4.市川崑監督(1915−2008)

三重県出身の市川崑は、少年時代にウォルト・ディズニー・カンパニーの『シリー・シンフォニー』に魅了されて当初はアニメイターを目指し、専門学校を卒業した後、地元京都の映画会社にてアニメイターを務めていました。その後、実写映画やテレビ・ドラマに転じ、多くのドキュメンタリー、ミステリー、時代劇を製作しました。文芸大作を映画化するなど、幅広いジャンルの作品を作り上げました。

『ビルマの竪琴』(1956)
日本の評論家竹山道雄が書いた児童向けの作品を映画化した『ビルマの竪琴』は、第二次世界大戦終盤のビルマ戦線における日本軍を描いた物語です。主人公は終戦後もビルマに残って僧侶になり、日本兵の遺体を弔うことに残りの人生を捧げることにする元日本兵です。この人物の生き様を通して、反戦平和を謳った作品です。1957年にはアカデミー外国語映画賞にもノミネートされました。また、市川監督は1985年にカラー映画としてリメイクし、そちらも大ヒットを記録しました。

『細雪』(1983年)
原作となった谷崎潤一郎の長編小説『細雪』というは、題名からも連想できる日本的な風景、船場言葉、第二次世界大戦前の昭和時代、東京と阪神間の対比など、日本独特のニュアンスが満載であるため、英語に翻訳することは至難の技だったと思われる作品です。市川監督によるこの映画版は、日本の四季折々の風景の美を見事に表現しているので、小説の英訳を読むだけでは伝わらない日本的な「何か」を感じ取れるのではないでしょうか。


5.今村昌平監督(1926-2006)

今村昌平は、それまでの日本映画の作風に背を向け、人種差別や性的暴行といったそれまでタブーとされていた社会派的なテーマに焦点を当てた“日本のヌーヴェルヴァーグ"を代表する監督の一人です。若い頃には一時期、小津安二郎の助監督を務めているものの、優雅な作風が特徴であった小津監督に対して、今村はよりエッジの効いた作風を好みました。日本の監督としては、カンヌ国際映画祭で2度のパルム・ドールを受賞した唯一の監督です。

『復讐するは我にあり』(1979年)
1960年代前半に、5人が連続的に殺害された西口彰事件を題材にした、佐木隆三の小説を映画化した作品です。残忍な殺害シーンと日常のシーンの対比は、ショッキングでありながら、どこかダークなユーモアが効いています。このジャンルの映画はよく「なぜ」(why)という動機が焦点となることが多いですが、今村監督が注目したのは「いつ」「どこで」「何が」という事であり、最後までその動機については曖昧なままです。ハリウッドの「復讐モノ」であれば善悪がはっきりした上で、道徳的なメッセージが提示されるのがお決まりなのですが、そういう意味では本作を見終えてもスッキリすることはないです。しかし、それこそが世の常なのではないでしょうか。最近流行っている“イヤミス"の原点のような作品です。

『楢山節考』(1983年)
山中の貧しい村人の生活を描いた、いわゆる“姥捨山"をテーマとした深沢七郎の小説の2度目の映画化作品です。村人が暮らすその土地は気候が厳しく、食糧にも乏しいため、“口減らし"のために70歳を迎えた老人は“楢山参り"をするという村の掟があるのです。1983年のカンヌ国際映画祭にてグランプリであるパルム・ドールを受賞しました。今でもこうした意識の影響が日本に根強く残る“村社会"を理解するためにも最適な作品と言っていいでしょう。

『うなぎ』(1997年)
1989年の『黒い雨』の後、8年ぶりの映画作品として発表した、今村昌平の晩年の名作です。不倫をしていた妻を痴情のもつれで殺してしまい、服役後にペットのうなぎと共に、ひっそりと生活を送ろうとする主人公を描いています。出所した主人公自身の唯一の話し相手であるうなぎも、水槽に“監禁"されているという事実には考えさせられるところがあります。1997年のカンヌ国際映画祭にてアッバス・キアロスタミ監督の『桜桃の味』と共にパルム・ドールを受賞しました。


6.北野武監督(1947-)

日本を代表するお笑いタレント“ビートたけし"は、映画監督をする時は本名である“北野武"を使用しています。警察もの、ヤクザものを中心に今まで18本の映画作品を発表しています。“キタノ・ブルー"として知られている映画監督としての評価は、日本国内でよりも海外での方が高いと言っていいのではないでしょうか。

『その男、凶暴につき』(1989年)
北野武の初監督作品は、主人公が刑事であることやその無表情な素振りから“和製ダーティ・ハリー"とも評されるハードボイルド映画です。「台詞の少なさ」や「突発的な暴力の描写」など、後に北野のトレードマークとなった作風の片鱗はこの時点で既に見受けられます。

『HANA-BI』(1998年)
死を決意した孤独な刑事とその妻の関係を描いた名作。会話を超えた夫婦の絆と、芸術的にさえ見える暴力の描写が見どころです。日本国内では興行収入は伸びなかったものの、第54回ヴェネツィア国際映画祭にてグランプリである金獅子賞を受賞したことによって、日本国内でもお笑いタレントとしてだけでなく、れっきとした映画監督として認められるようになった作品です。この作品の海外での評価は非常に高く、1993年の『ソナチネ』と共に世界へ北野武の名を広げました。

『座頭市』(2003年)
悪人と対峙する盲目の侠客「市」(勝新太郎で有名な役柄)を北野流にリミックスした作品。2003年のヴェネツィア国際映画祭では監督賞を受賞し、その他にも数多くの国際映画祭で賞を受賞しています。長年、北野作品の音楽を手がけた久石譲に変わって、音楽を担当した鈴木慶一によるパーカッションが効いたサントラは新鮮で、そのリズムに乗ったラストのタップ・ダンス・ナンバーは圧巻です。


7.エピローグ

今回は、日本映画を代表する巨匠たちとその作品を紹介しました。

次回は、第71回カンヌ国際映画祭においてパルム・ドールを受賞した是枝裕和監督を特集します。


CINEMA & THEATRE #033

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