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“フェチ"を探求してアニメを再び“アニメ・ファン"のものにした押井守と『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』
  – 世界的に評価されている日本人のアニメイション制作者 (6) | CINEMA & THEATRE #044
Photo: ©RendezVous
2023/06/12 #044

“フェチ"を探求してアニメを再び“アニメ・ファン"のものにした押井守と『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』
– 世界的に評価されている日本人のアニメイション制作者 (6)

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SUNDAY
英語教師 / 写真家 / DJ

目次


1.プロローグ

前回は、日本のアニメが欧米において一般的に知られるきっかけとなった大友克洋の記念碑的名作『AKIRA』を取り上げました。当初、『AKIRA』の欧米公開に向けて配給してくれる会社を探していた際、スティーヴン・スピルバーグとジョージ・ルーカスがアメリカ市場向けでないという理由から断ったという噂もあります。

当時のアメリカのSF映画といえばリドリー・スコットの『ブレード・ランナー』、ジョン・カーペンターの『ニューヨーク1997』、ジョージ・ミラーの『マッド・マックス2』、テリー・ギリアムの『ブラジル』など、近未来を舞台にしたディストピア系のSFがいくつも製作され、一定の興行成績をあげていました。それにも関わらず、2人が乗り気ではなかったのは、『AKIRA』が“アニメ"だったからだと私は推測しています。

『AKIRA』は結局、欧米でも話題を呼び、アニメというものを子供のための“エンタメ"から大人が楽しむ“芸術"という領域に高めた作品となりました。その時の教訓を得たのか、2008年にスピールバーグ氏とドリームワークスは士郎正宗の漫画『攻殻機動隊』を実写映画化する権利を獲得し、2017年に待望の実写版が公開されました。その頃には、スピールバーグは“アニメの信者"となっていたようで、ヴァーチュアル・リアリティを舞台とした2018年の『レディ・プレイヤー1』に、名だたるアニメやヴィデオ・ゲイムのキャラクターが顔を出させ、『AKIRA』のオートバイも登場させています。

今回は、アニメ版『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』で国際的にブレイクした押井守監督を取り上げます。


2.アニメ制作スタジオを転々としながら作家性を目指した押井守

1951年に東京都大田区で生まれた押井守は、小学生の頃は体育以外の学科での成績は全て「5」でありましたが、その後中学受験には失敗し、高校では不登校になったり学生運動に熱中する“問題児"となっていきました。高校最後の夏には、父親に山小屋に軟禁されるほどだったそうです。

その後、東京学芸大学に入学すると映画鑑賞に熱中し、自らの実写映画も撮り始めました。特にヨーロッパ映画に感銘を受け、お気に入りの監督としてはジャン=リュック・ゴダール、フェデリコ・フェリーニ、イングマール・ベルイマン、クリス・マルケル、アンドレイ・タルコフスキーなどの名前をあげています。こういった監督の作品に影響を受けた押井氏は、その後、ハリウッド的なエンタメではなくヨーロッパ的な作家性を追求していくこととなります。

就職活動では映像関係の仕事を志望し、テレビマンユニオンやぴあなどを受けるものの不採用となり、結局レイディオ制作会社やCMモニター会社などの仕事を経て、1977年にタツノコプロに入社し、絵コンテの作成からスタートすることとなりました。タツノコプロの代表作の1つであるSFギャグ・アニメの『タイム・ボカン』シリーズの絵コンテを多く手がけ、『ヤッターマン』で演出家としてデビューをしました。

押井氏は79年には、元タツノコプロと虫プロの制作者たちが立ち上げていた制作会社「ぴえろ」に移籍しました。ぴえろは海外のアニメファンの間でも人気の作品を数々発表している制作会社です。ぴえろ在籍時に『うる星やつら』のテレヴィ・シリーズのチーフ・ディレクターを担当し、“視聴率男"というニックネイムが着きました。83年と84年に『うる星やつら』の劇場版を2本監督し、2作目ではタイム・ループ(登場人物が同じ日あるいは同じ期間を何度も繰り返すような設定のこと)や「夢と現実」をテーマに扱うなど、徐々に押井氏の作家性が頭角を表し始めました。

80年代前半にはスタジオ・ディーンに移籍し、聖書を題材にしたシュルレアリスム的なアート作品『天使のたまご』をリリースしました。本作は徳間書店から販売されており、鈴木敏夫がプロデューサーとして参加しています。本作の公開後、押井氏は宮﨑駿と高畑勲と共に次回作の制作に取り掛かりましたが、3人はすぐさまヴィジョンや意見が噛み合わず、プロジェクトは企画の段階で中止になりました。

80年代後半に押井氏は制作チーム「ヘッドギア」に加わり、ロボット/メカ系の『機動警察パトレイバー』シリーズに監督として携わりました。近未来の東京を舞台とした本作に登場するロボットは、戦闘機だけでなく、建設現場などでの作業機械として使用されているものなども登場していることが特徴です。技術革新によって社会の課題や環境問題が解決できるというバブル期に日本人が抱いていた“夢"が描かれているともいえるでしょう。また、本作はアニメと漫画だけでなく、小説、ゲイム、実写版などが制作され、今では当たり前となっている“メディア・ミックス"を展開した先駆的な作品として今でも人気を誇っています。

押井氏が国際的にブレイクするきっかけとなったのが、95年にリリースされたサイバーパンクの代表作『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』です。士郎正宗の漫画を原作とした本作の主人公は、脳と脊髄の一部のみが生身で、それ以外の全身が義体化されたサイボーグ「草薙素子」です。彼女の脳にはネットワーク端末が埋め込まれており、瞬時にして言語を覚えたり、シチュエーションに応じてトラブルの対処法を“検索"したり気の利いた言葉を過去の文学作品から“引用"することができます。

手描きであった『AKIRA』に対して、『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』は手描き技術と当時の最新のCG技術を融合させて制作されています。映像表現はクールでありながら、取り扱っているテーマは先進的であったり、哲学的であることが話題となりました。しかし、今となっては日常の中で当たり前となっている「ネットワーク」や「デジタル」というコンセプトは、当時は一般的にまだ馴染みが薄く、SFファンやパソコンに詳しい観客以外には難解な内容であるという批判がなされました。とはいえ、本作は日本のアニメとして初めてビルボード・ヴィデオ・チャートのトップを記録しました。1999年のハリウッドのSF映画の名作『マトリックス』(は言ってみれば本作のコンセプトを実写版化したものだとさえ言えます。

2004年には鈴木敏夫をプロデューサーとして迎え、より哲学性を深めた続編の『イノセンス』を発表し、日本のアニメイションとしては初めてカンヌのコンペティション部門で公式上映されました。2007年にはオムニバスの実写映画『真・女立喰師列伝』がベルリン国際映画祭に正式出品され、2008年の劇場版アニメ『スカイ・クロラ The Sky Crawlers』はベネチア国際映画祭のコンペティション部門に出品されました。押井氏は、日本のアニメイション監督の中で、世界三大映画祭全てに出品している唯一の監督です。

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3.海外で物議を醸したハリウッド版『GHOST IN THE SHELL』

スティーブン・スピールバーグの制作会社がプロデュースしたハリウッド版の『GHOST IN THE SHELL』は長年、製作が難航していましたが、2017年に公開されました。しかし欧米における評価はイマイチで、劇場版アニメには遠く及ばないという意見が大半を占めていました。

そもそも本作は海外(特にアメリカ)においてキャスティングの段階から大きな物議を醸していました。日本人であるように思われる主人公「草薙素子」を、白人であるスカーレット・ヨハンソンが演じることが発表されたからです。

近年ハリウッドでは“ダイヴァーシティ"が謳われるようになっており、「アジア人の登場人物にはアジア人の俳優を抜擢するべき」という考えが広まっています。これまでは、アジア人を題材にした物語でもハリウッド化する際には人物設定を白人に変えられたり、仮にアジア人のままにしたとしても白人がウケを狙って大げさに演じてきた過去があります。こうした現象を「白人がアジア人の存在を上塗りして消そうとしている」ということから“ホワイトワッシング"と呼ぶようになりました。

こうした経緯から、「草薙素子」はアジア人が演じるべきだ、という声があがりました。それも日本国内からの批判ではなく、主にアメリカで生まれ育ったアジア系アメリカ人や、ポリティカル・コレクトネスを盲信する白人リベラル派から湧き上がった批判でした。封切り後、わずか2か月足らずで公開が終了した原因は、監督が力不足であったことや、そもそもハリウッド向けのストーリーではなかったのではないかなど、様々な理由が考えられますが、アジア系アメリカ人たちがこぞって本作を拒否したことが大きかったのでしょう。

一方、日本では『GHOST IN THE SHELL』は公開直後の土日で動員17万1000人、興行収入を2億7300万円をあげ、初登場3位というスタートを切り、一定の評価を得ました。押井氏自身も、アニメでは風景で世界観を提示したり会話で説明することが多いのに対して、実写版では役者という生身の“人間の肉体"を通さないと表現できない何かがあることに気付かされたと、一定の評価をしています。押井氏は次のようにコメントしています。「スカーレットの“身体"が持つ存在感が素晴らしい。攻殻機動隊では“身体"が重要な意味を持ちます。彼女なしには、この作品は成立しえなかった。」

押井氏は近年、「作品」よりも「商品」を多く制作することが求められている現在のアニメ業界に危機感を覚えているというような発言をしています。一方で、実写映画のこういった利点に着目し、2010年ごろからはアニメによりも実写映画に力を入れてきているという印象を受けます。しかし、その評価はと言えば、その作家性はヨーロッパや一部の観客の間で認められているものの、コアなファン以外にはあまり受け入れられていないのが現状です。


4.エピローグ

押井氏は宮﨑駿と同世代のアニメ制作者であり、よく比較されることがあります。また、このコラムでも紹介したように、2人は共同で作品の制作を試みたものの意見が噛み合わず、断念した経験もあります。

この2人の最大の違いは、宮﨑氏は万人受けするようなアニメを制作するのに対して、押井氏は敢えて万人受けしない作品を制作することではないでしょうか。言い換えると、宮﨑氏の作品にはある種の“普遍的な何か"がありますが、押井氏の作品には“自分の興味のあるものだけ"を深掘りした傾向があるのです。2人の違いについてこんな言葉があるくらいです。「宮崎駿の映画は100人が1回は観る、押井守の映画は1人が100回観る。」

押井氏はどうして自身の作品は何度も見たいと思うようなファンを生み出しているかという疑問に対して、このように答えています。「映画の半分より1%多いくらいは、本質はフェチ。それがなかったら同じ映画を二回も三回も誰も見ない。」

また、このような発言もしています。「アニメーションは理想を形にしているので、好みになっちゃうんですよ。絵描きって基本自分の理想な女の人しか描けない。」『攻殻機動隊』の主人公「草薙素子」の肉体の描写にはアニメイターと相当もめ、こだわり抜いたと明かしています。(実写版に関しては、その“肉体"にはこだわる一方で、人種には特にこだわりはなかったようですが。)

押井氏はまた、スタジオ出身でありながら、1つのスタジオに長く所属せず、転々としきてた経歴があります。その背景には、チームプレイより自分のヴィジョンを貫き通してきた作家性が大きかったのでしょう。また、「自分が思い描く理想の追求」「フェチの探求」を目指してきたこともあるのでしょう。

『AKIRA』は欧米の一般人の間でもアニメを広める衝撃作でしたが、『攻殻機動隊』をはじめとする押井氏の作品は、アニメを再び“アニメ・ファン"のもの、“オタク"や“ギーク"のものにしたと言えるのではないでしょうか。


CINEMA & THEATRE #044

“フェチ”を探求してアニメを再び“アニメ・ファン”のものにした押井守と『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』 – 世界的に評価されている日本人のアニメイション制作者 (6)


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