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日本論・日本人論のルーツとなった国学者の本居宣長と文芸評論家の小林秀雄
  - 30歳までに読んでおくべき日本に関する名著 (1)
  - 『古事記伝』『源氏物語玉の小櫛』『考えるヒント』『近代の超克』 | BOOKS & MAGAZINES #007
2021/08/23 #007

日本論・日本人論のルーツとなった国学者の本居宣長と文芸評論家の小林秀雄
- 30歳までに読んでおくべき日本に関する名著 (1)
- 『古事記伝』『源氏物語玉の小櫛』『考えるヒント』『近代の超克』

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Callicarpa
日本の古典文学の研究者

目次


1.プロローグ

外国人による日本論・日本人論のルーツは、おそらく、織田信長・豊臣秀吉が活躍した安土桃山時代の日本の状況を、欧州からやって来たキリスト教の宣教師が、母国へ報告したものと言えるでしょう。


2.国学と本居宣長

一方、日本人による日本論・日本人論としては、江戸時代(18世紀後半)の国学者によるものが注目されます。中でも“もののあはれ"の概念を提唱した本居宣長による『古事記』を研究した『古事記伝』と、『源氏物語』を研究した『源氏物語玉の小櫛』は、21世紀の現在の視点から観ても、国学者達による“日本論・日本人論"は、大いに参考となるものです。

国学の考え方は、幕末の尊王攘夷思想や明治維新後の国粋主義、皇国史観にも強い影響を与えており、明治以降の日本のあり方を決めた思想であることは特筆すべきことです。

『古事記』

『古事記』とは、日本の最も古い歴史書です。712年に大和朝廷の文官であった太安万侶が編纂し、第43代天皇とされる元明天皇に献上しました。神や島が存在しなかった大昔から、神々が出現し、日本のはじまりにまつわる神話がまとめられ、天皇家の由来が述べられています。

『古事記伝』

『古事記伝』とは、本居宣長による『古事記』全44巻の注釈書です。本居は『古事記』を通して見られる神話的世界や古代人の生き方の中に、一貫した日本人固有の精神性があることを指摘し、その思想、すなわち“神道"が日本のオリジナルの思想であると考えています。

『源氏物語』

『源氏物語』とは、11世紀初期に書かれ、世界最古の小説とされる、宮廷の女官であった紫式部による長編小説です。好色な主人公「光源氏」の栄光と没落を通して、平安時代の貴族社会の生活や価値観が描かれています。

『源氏物語玉の小櫛』

本居宣長による『源氏物語』の注釈書です。本居は、儒教や仏教の教戒の観点から『源氏物語』のテーマが「善を勧め、悪を懲らしめる」ことであるとする当時主流であった解釈を否定します。その代わりに物語を通して一貫して見られる“もののあはれ"の概念を提唱しました。


3.小林秀雄と近代の超克

また、本居宣長や、後に軍国主義や第二次世界大戦へと繋がるこれらの思想を考える上で、忘れてはならない存在は日本の文芸評論家・小林秀雄でしょう。

戦後、日本の多くの左翼思想家や知識人は、戦争が間違いだったとし、その責任は全て日本側にあったと反省します。しかし、小林はその姿勢は“反省"という名の下に過去を否定しているに過ぎず、欺瞞に満ちていると指摘します。今の日本人へと結びつく歴史や文化を理解し、受け入れることこそが、本当の“反省"だと示唆します。そういう意味では、小林の晩年の集大成と言える『本居宣長』は、小林自身の誠心誠意の書だったのではないでしょうか。

『考えるヒント』

小林が“良心"や“批評"、人物論など、幅広いテーマについて切り込んでいるエッセイ集です。特に注目するべきなのは、“批評"に関する小林の言葉ではないでしょうか。「批評とは人を褒める特殊の技術だ、といえそうだ。人をけなすのは批評家の持つ一技術ですらなく、批評精神に全く反する精神的態度である、と言えそうだ。」(p.170)と述べています。人は文芸作品をはじめ、物事に対して「好きか嫌いか」に囚われている限り、それは「考える」とは違うということです。人間が“考える"より“ググる"ようになったり、SNSなどの普及によって人の作品の“粗探し"に明け暮れる人々が多い現在、『考えるヒント』は必読の書なのではないでしょうか。

『本居宣長』

小林晩年の代表作であるとともに、集大成とも言える作品です。本居宣長の考え方を浮き彫りにし、日本の古典を分析した彼の思想がいかに明治維新やその後の日本に影響しているかを解説しています。本作は、本居宣長を理解する上で重要な1冊であるだけでなく、日本人のアイデンティティを再発見する上で重要な1冊です。

『近代の超克』

「近代の超克」とは、1941年12月の真珠湾攻撃の勝報に沸いていた中、1942年に文芸誌「文学界」が企画したシンポジウムです。小林秀雄を含める13名のインテリが、明治時代以降の日本の近代化に伴う思想的問題をテーマに、2日間に渡って座談会が行われました。その後、「文学界」には特集記事と論文が掲載され、それをまとめたのが本書です。

“近代"とはすなはち“西洋文化"または“西洋的思想"のことです。戦後の自虐史観の視点から見れば、この座談会で繰り広げられた論議は、太平洋戦争の合理化を目的としていたという捉え方になるでしょう。しかし、小林をはじめこの13人は、個人主義や利己主義を肯定する西洋的な“近代"に疑問を投げかけ、より日本らしい、ひいては、アジアらしい“近代"のあり方を模索しようとします。

『近代の超克』には、戦後、この座談会を再検討した中国文学者・竹内好の論文も収録されていますが、彼は、思想形成を試みようとする姿勢を認めるものの、結局は失敗で終わっている、という評価をしています。一方、西洋的な近代化は“成功"したのか。むしろここ20-30年、日本においては家庭や社会の崩壊、世界においては民主主義の限界が明らかになってきています。近代をいかに超克出来るのか、改めて検討する時期になっているのではないでしょうか。本居宣長、小林秀雄の姿勢は、今後の日本のあり方について考える上で、大事な姿勢なのではないでしょうか。


4.エピローグ:追悼

2019年2月24日、日本文学者のドナルド・キーン氏が他界いたしました。

キーン氏は、日本文学だけでなく、日本文化や日本人についても、幅広く世界へ情報を発信してくださりました。

2011年3月11日の東日本大震災の後に、日本国籍を取得し、日本に永住するという意思を表明した時には、感動いたしました。

96歳という長寿をまっとうされたことを、心より祝福したいと思います。

※文化勲章を受章するほどの偉業を残し、先生がとても長生きされたことは、ある意味喜ばしいことだと思うので、あえて“ご冥福"という言葉は用いませんでした。


BOOKS & MAGAZINES #007

日本論・日本人論のルーツとなった国学者の本居宣長と文芸評論家の小林秀雄 - 30歳までに読んでおくべき日本に関する名著 (1) - 『古事記伝』『源氏物語玉の小櫛』『考えるヒント』『近代の超克』


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