1.プロローグ
これまで『海外で評価されている日本人のアニメイション映画監督』シリーズでは、手塚治虫とタツノコプロが制作した少年・少女向けのテレヴィ・アニメ(CINEMA & THEATRE #039)、高畑勲と宮﨑駿が制作したスタジオジブリ・アニメ(CINEMA & THEATRE #040)を紹介してきました。
世界中の子供の間で人気なアニメ作品や、アニメのファンでなくても知られているスタジオジブリの作品に対して、日本アニメのファンの間で根強い人気があるジャンルが、いわゆる“ロボット/メカ・アニメ"です。広い意味で言えば、第1回目で取り上げた手塚治虫の『鉄腕アトム』やタツノコプロの『タイム・ボカン』シリーズがこのジャンルの先駆者的存在の1つです。『鉄腕アトム』はアメリカでもテレヴィ・アニメが同年代に放送され、人気を集めました。
近年では『All You Need is Kill』(※1)『攻殻機動隊』(※2)『銃夢』(※3)など、ロボットやメカを題材にした日本の作品が次々とハリウッドで実写映画化され、一定の人気を集めるようになりました。また、このジャンルに対するラヴ・レターとして『パシフィック・リム』 (※4)などのオリジナル作品も発表されています。しかし、日本文化や日本アニメに興味のある外国人やSF/アクション映画好きという枠を超えて広く受け入られているものの、興行成績の面では、記録を残すような大ヒット作品が未だに生まれていないのも事実です。
今回はこのロボット/メカ・アニメというジャンルで大きな役目を果たした富野由悠季と庵野秀明を紹介します。
2.ライヴァルを“潰したい"という思いで成り上がった富野由悠季
『機動戦士ガンダム』の生みの親である富野由悠季は、宮﨑駿と同じ1941年に神奈川県小田原市で生まれました。(宮﨑氏が早生まれのため、学年的には1年上です。)小学生の頃に手塚治虫の『鉄腕アトム』の前身にあたる『アトム大使』にはまり、手塚氏に憧れるようになります。
元々富野氏は画家になりたかったものの、プロになる程には絵が上達せず、その夢に見切りをつけて映画業界の仕事に興味を持ち始めました。日本大学芸術学部映画科を卒業後、就職先は映画業界を志望しましたが、当時は映画不況のため、大手映画会社は大学新卒者の採用をやめており、悩んだ結果、手塚治虫のアニメ制作部の虫プロダクションに入社することとなりました。当時アニメは“子供のもの"という社会的な認識が強く、大人である自分がおもちゃ屋の宣伝番組であるアニメの仕事をやるのは非常に恥ずかしかったと述べています。
虫プロでは富野氏は『鉄腕アトム』の制作進行・演出助手からスタートし、やがて脚本・演出を担当するようになりました。その中で、富野氏は、周りには自分より絵が上手い人がいっぱいいることに気づき、自分にしかできないことを取得するべく、絵コンテをとにかく早く切るという訓練をしたそうです。同番組の放送が終わると退社し、それ以降フリーで手塚氏の『リボンの騎士』、タツノコプロの『昆虫物語 みなしごハッチ』、SFアニメの草分け的作品である『宇宙戦艦ヤマト』など幅広いジャンルの作品に参加しながら「さすらいのコンテマン」と呼ばれるようになりました。『宇宙戦艦ヤマト』の仕事を引き受けた際には、ストーリーが気に入らず、勝手に手を加えて絵コンテを提出し、プロデューサーに激怒されたそうです。後に『機動戦士ガンダム』を作ったきっかけを聞かれた富野氏は、「ヤマトを潰せ!」と答えています。
富野氏は1974年に放送されたTVアニメ『アルプスの少女ハイジ』で宮﨑駿と高畑勲と共に仕事をしています。2人の仕事ぶりに衝撃を受け、以後強いライヴァル心を持つようになりました。後に、高畑勲はそんな富野氏の絵コンテについて、「いわゆる職業化された、システム化されたコンテマンからは窺がえない意欲が感じられるコンテ」と評しました。一方で、『未来少年コナン』(1978年)というテレヴィ・アニメ作品では自ら描いたコンテを宮﨑氏に全て描き直されるという経験もし、「宮﨑駿を潰す!」という思いが強まったとされています。同時に富野氏は2人から強い影響も受けており、『アルプスの少女ハイジ』で徹底したリアリズムを追求する高畑氏の姿勢に感銘を受け、「ロボット・アニメにこのようなリアリズムを持ち込んだら、どんな作品になるだろう」と考えるようになったそうです。その結果として生まれたのが『機動戦士ガンダム』なのです。
『機動戦士ガンダム』の1つの魅力は、『宇宙戦艦ヤマト』のように、軍事的なリアリティやリアルなメカニック設定を用いていることでしょう。それまでは『鉄腕アトム』に代表されるように、ロボットそのものがスーパーヒーローであったり、不思議な力が与えられた超人的な存在として描かれていた“スーパー・ロボット"物に対して、『機動戦士ガンダム』では、ロボットはあくまで象徴的な道具で、人間が搭乗する“モビル・スーツ"として描かれています。本作によって“リアル・ロボット"というジャンルを確立しました。その中で欠かせなかったのが、タツノコプロを紹介したコラムの中でも取り上げたメカ・デザイナーの第一人者である大河原邦男の存在でした。このシリーズのモビル・スーツをもとにバンダイから発売されたガンダムのプラ・モデルが爆発的に売れ、本作は新たなアニメ・ブームを引き起こすだけでなく、更に大きい“ガンプラ・ブーム"を生み出しました。
『機動戦士ガンダム』には「コロニー落とし」と呼ばれる攻撃作戦が登場します。地球周回軌道にあるスペース・コロニーを質量兵器として、爆弾のように目的地点に落下させるというものです。ストーリーの中で描かれる、人類史上初の大規模宇宙戦争「ブリティッシュ作戦」において、あるコロニーが落下軌道に投入され、核ミサイル攻撃によって崩壊されるという場面があります。そのコロニーの前端部分がオーストラリアのシドニーを直撃し、ヒロシマ型原爆の約300万発分という破壊力でオーストラリア大陸の16%が消滅してしまいます。未来を舞台にしたSF作品においては、私の母国であるオーストラリアを荒れ地にされてしてしまうのはどうやらお決まりのようです。
●富野由悠季のオススメの作品
3.人間の精神世界をアニメと実写映画で描く庵野秀明
山口県で生まれた庵野秀明は、幼い頃から漫画、アニメや特撮の映像作品にはまり、絵を描くようになりました。中学生の頃には少女漫画を大量に読んでいたようです。高校を卒業して一浪を経て、大阪芸術大学映像計画学科に進学しました。この時の受験対策として宮﨑駿などの絵コンテを見て勉強していたそうです。
庵野氏は大学に通いながら自主制作アニメに熱中しますが、周りの学生のやる気のなさに失望し、大学に在籍し続けるよりも自分の作品を作った方が有意義であるという考えから大学には通学しなくなりました。そんな中、『アニメージュ』に掲載されていた劇場版『風の谷のナウシカ』の作画スタッフの募集告知を目にし、上京を決意しました。『風の谷のナウシカ』に採用された際に持参した原画が宮﨑氏に高く評価され、映画のクライマックスのシーン担当に抜擢されました。その後は宮﨑氏を師匠として、アニメイションの演出や監督としての仕事の進め方について多くを学びました。庵野氏は近年も「三鷹の森ジブリ美術館」で上映されている短編映画で宮﨑氏と共に仕事をしており、2013年の『風立ちぬ』では主人公・堀越二郎の声優を務めました。
その後、庵野氏は制作スタジオのガイナックスを設立し、戦闘、ロケット発射、爆発シーンのアニメイションを絵コンテから作画まで手がけるスキルを磨くかたわら、自ら監督を務めたテレヴィ・アニメを制作しました。1990年には、宮﨑氏が80年代初頭にNHKでテレヴィ・アニメとして準備していた企画を基にしたSF作品『ふしぎの海のナディア』を総監督として指揮しますが、思うように制作させてもらえなかったことに対して庵野氏は一度燃え尽きてしまいます。そんな庵野氏が4年後、次に取り掛かった作品が彼の最高傑作であり、アニメ史に残る名作とされる『新世紀エヴァンゲリオン』です。
『新世紀エヴァンゲリオン』は、2015年の地球を舞台にティーネイジャーが巨大な人型決戦兵器「エヴァンゲリオン」に乗り込み、宇宙からやってきた謎の敵“使徒"と戦うリアル・ロボット・アニメの作品です。しかし『機動戦士ガンダム』のようなアクションものとは一線を画し、ロボットそのものよりも人物や人間関係の描写、「戦争とは何か」「戦争がある世界における神様と存在とは何か」「戦争が終わると兵士はどのように生きていけばいいのか」など、心理学や宗教に関する重いテーマを取り扱っていることが90年代、2000年代の若者たちの共感を呼び、日本では社会現象化しました。その後、海外のアニメ・ファンの間でも宗教的な人気を博すようになりました。2018年の暮れに動画配信サーヴィスのネットフリックスが放送権を獲得したことで、更に海外でも日本アニメのファンの枠を越えて知られるようになりました。
その後、庵野氏はアニメの制作も続けながら、特に実写映画の製作に力を入れており、その初期の代表作が2000年の『式日』です。本作は少女の孤独で病的な精神世界を芸術的に表現していることから、庵野氏は当初赤字になると心配していましたが、徳間書店の徳間康快が制作をサポートしたことによって映画が完成しました。若手の映画監督である主人公は、岩井俊二が言ってみれば庵野氏を演じております。岩井氏と言えば、美少女キャラが登場する独特の映画作品で知られますが、庵野氏とは映像美という点だけでなく、美少女の描き方という点でも意気投合したのかもしれません。岩井氏が2020年1月に発表した長編映画『ラストレター』には、庵野氏が松たか子演じる主人公の夫の漫画家として出演しています。
庵野氏の実写映画の最高傑作が、2016年の『シン・ゴジラ』でしょう。2011年3月11日の福島原発事故が発想の原点だったと言われる本作は、同年の日本の実写映画の中での興行成績は第一位となり、日本が製作したゴジラの映画の中でも興行収入第一位を記録しました。アメリカではL.A.とニューヨークでプレミア上映が行われ、公開初日では全米興行収入ランキングで10位に躍り出る活躍を見せ、最終的には約150万ドルの興行収入となりました。
●庵野秀明のオススメの作品
4.その他のロボット系アニメ
他にも特筆すべきロボット系アニメをいくつか紹介します。
その代表例は横山光輝が生み出した『鉄人28号』でしょう。巨大ロボット系の先駆者的存在である本作は、50年代半ばから連載始まり、59年には特撮テレヴィ・ドラマ、60年からはテレヴィ・アニメ、それ以降も様々な展開されてきた大人気シリーズです。ストーリーは次の通りです。第二次世界大戦末期に大日本帝国陸軍が秘密兵器として巨大ロボット「鉄人28号」の開発を試みますが、完成する前に日本は敗北してしまい、終戦を迎えます。戦後、使われずに眠っていた「鉄人28号」はある事件をきっかけに姿を現すこととなります。その事件に巻き込まれた少年探偵・金田正太郎は、鉄人を自由に操るリモコンを手に入れ、悪のロボットと戦いながら日本の平和を守ろうとする物語です。『鉄腕アトム』と同時代に発表され、漫画/アニメの題材としてロボットが定着するきっかけとなりました。また、テレヴィ・アニメは60年代にアメリカのみならず、オーストラリアでも放送され、広く人気を集めました。(1956年にデビューした漫画『鉄人28号』は英訳すると“Iron Man No. 28"になりますが、本作のアニメがアメリカで放送されるころにはマーベル・コミックからすでに「アイアンマン」というキャラクターがデビューしており(1963年)、シリーズ名は“Gigantor"に変更されて放送されました。)
70年代には永井豪の漫画『マジンガーZ 』と、それを原作とした東映動画制作のテレヴィ・アニメが登場しました。本作には『鉄人28号』より更に巨大なロボットが登場し、主人公がそこに乗り込んで操縦するという、巨大ロボット・アニメの定番とも言える設定が初めて使われた作品だとされます。こういった乗り込むタイプのロボット・スーツは言ってみれば侍の甲冑の延長にあり、本作の主人公の名前が“兜甲児"(かぶと・こうじ)であることもそれを表しています。 (このことは『機動戦士ガンダム』のモビル・スーツのデザインにも思いっきり表れています。)
80年代にはアメリカで“Voltron"というアニメが放送されていました。この作品は日本のテレヴィ・アニメ『百獣王ゴライオン』を中心にの暴力的なシーンをカットし再編集されたもので、『百獣王ゴライオン』はあまり知られていない一方で、“Voltron"はアメリカで社会現象ともなりました。5人の少年が操縦する5体のライオン型のメカが合体し、伝説の守護神“ヴォルトロン"(日本版ではゴライオン)となって悪と戦うというストーリーです。5人体制のチーム、それぞれのロボットが合体して巨大ロボットとなる設定は、後に同じく東映が制作した特撮の『スーパー戦隊シリーズ』にも受け継がれて行きます。
特撮というと、もう1つ上げなければならないのが、仮面ライダー・シリーズです。仮面ライダーとは、特別な力を受け入れた主人公が仮面ライダーと呼ばれる戦士に変身し、“怪人"と呼ばれる敵と戦うというもので、第1作は1971年より放送され、以降主人公を変えながら様々な形で放送され続けてきました。昭和時代において仮面ライダーにおける主人公は、改造手術によって体の一部を機械や人工細胞に置き換えた「改造人間」であるという設定がされていました。一方で、平成以降の仮面ライダー・シリーズでは、主人公が体を改造するという取り返しにつかない手術をするという設定が手術を受けようとする人や受けた人を苦しめる恐れがあるということや、外科手術を担当する医師に対して職業差別になりかねないという理由から、「改造人間」という設定は使われなくなりました。
5.エピローグ
そもそもなぜ日本のアニメにはメカやロボット・アニメの作品が多いのでしょうか。
背景にあるのが、戦後の日本経済を支えてきた分野が科学技術だからなのでしょう。今回取り上げた作品は最新のテクノロジーによって人間が外敵をやっつけるという、科学技術大国の日本ならではのファンタシーが描かれています。
また、ロボット/メカ・アニメの作品で必ずといっていいほど描かれる大規模戦争、大災害や怪獣などの外敵は、どれもが第二次世界大戦や3.11といったトラウマを象徴しているという見方もできるでしょう。日本人はその物語を通して、忘れられつつある第二次世界大戦や自然災害の記憶を蘇らせる同時に、違う結末がありえたかどうかを模索しているのかもしれません。
一方で、海外に人気のあるロボット/メカ・アニメと言えば忘れてはいけないのが、『トランスフォーマー』シリーズでしょう。これは元々は日本国内で玩具メイカーのタカラが販売していた変形ロボット・シリーズをアメリカのハズブロ社が業務提携し、新たな設定を加えて販売された物です。北米を中心に大ヒットしたことを受けて、『トランスフォーマー』として日本に逆輸入されましたが、いずれにして日本よりアメリカで高い人気を誇っており、様々な関連テレヴィ・アニメが放送されてきました。2000年代にマイケル・ベイ監督によるハリウッドの実写版が何本か製作されましたが、そこには日本に対するオマージュのかけらもなく、むしろアメリカに対する愛国心の塊のような作品に仕上がっています。
このコラムの冒頭でも紹介したように、日本の漫画やアニメを原作としたハリウッド映画の評価はどれも賛否両論(あるいは興行的に失敗した)ものが多いのが実情です。新たな実写版化が発表される度に日本のアニメ・ファンの間では懸念の声が上がると共に、慎重に様子見しようじゃないか、という意見が湧き上がります。その点で気になるのが、何十年にもわたって難航してきた大友克洋(※34)の『AKIRA』(※35)の実写版でしょう。近年はニュージーランドの映画監督タイカ・ワイティティの下で本格的に製作が始まりそうな噂が流れていますが、現在新型コロナウイルスのパンデミックの影響でハリウッドは大打撃を受けており、果たしてこの名作の行方はどうなるのでしょう。
第4回では大友克洋の『AKIRA』を取り上げます。