1.『ダンボ』は今のアメリカを反映した作品
NHK Eテレ『世界へ発信!SNS英語術』の2019年4月5日の放送で、俳優コリン・ファレルへのインタヴューが流れました。ファレルさんは映画『ダンボ』のプロモーションで来日していました。
『ダンボ』は、奇想天外なホラーやファンタジー映画を数々監督してきたティム・バートンの最新作です。20世紀前半のアメリカを舞台に、あるサーカス(見世物小屋)のもとに生まれた、異常なほど大きい耳を持った子象を巡る物語です。本作はディズニーが1941年に発表した、アニメイション長編映画の実写版リメイク版として製作され、2019年3月29日より日本でも上映中となっています。
本作は、一見すると、ディズニー映画のお決まりのストーリー展開や要素が盛り沢山な作品といえます。例えば、映画に登場する主人公の兄弟は、ダンボの耳を奇形としてではなく、個性として称えます。子供に向けては、自分と違うものを排除するのではなく、受け入れることの大切さを謳っています。一方でファレルが演じるダンボの世話役のホルトや、ダニー・デヴィートが演じる団長のなどの大人は、やはり“人生の楽しみ方を忘れてしまった人"として描かれています。子供達は子象のダンボと触れ合う中で個性が磨かれ、大人は徐々に“子供の心"を思い出す展開となっています。
しかし、もう少し深く観てみると、『ダンボ』は、今のアメリカを実によく反映した映画ともいえます。例えば、第一次世界大戦から帰還したホルトがサーカスに戻ってくるところから物語は始まり、彼が自分の居場所を再発見しようとする姿は、今のアメリカの退役軍人の葛藤を連想させます。また、物語の中心となるメディチ・ブラザーズ・サーカスの団員は、世界各国から集まった移民からなり、切磋琢磨しながら芸に努める姿は、やはり現在のアメリカ社会そのものでもあります。
そして、バートン監督の映画の常連であるマイケル・キートンが演じる大興行師ヴァンデヴァーは、トランプ大統領と重ね合わせざるを得ないでしょう。独特な髪型もさることながら、ヴァンデヴァーは、興行の名の下に、移民が集まったサーカスという1つの“家族"を解体させようとします。彼はとてつもない、最高のショーを作り上げる才能には、ずば抜けて長けているものの、破壊の跡を残して次へ次へと進むような人物なのです。トランプ大統領という人物も、そのエゴも、ゾウ並みに偉大(巨大?)でありますが、彼の器もそれに伴うサイズに成長することができれば、アメリカにもきっと明るい未来があるのでしょう。
2.ティム・バートンのプロフィール
ティム・バートン(1958~)とは、アメリカの映画監督、プロデューサー、脚本家です。大学ではアニメイションを勉強し、卒業後はディズニーのアニメイターとして働くものの、一年も経たないうちに独立しました。その後は、長編映画監督としてのデビュー作『ピーウィーの大冒険』とホラー・コメディの『ビートルジュース』で大ブレイクします。ダークなゴシック調のヴィジュアルが特徴的なホラーやファンタジー映画で知られ、特に『シザーハンズ』を始め、俳優ジョニー・デップとコラボレイションした映画が特に有名です。
3.ティム・バートンの代表的な作品
『ビートルジュース』(1989年)
自動車事故で亡くなって幽霊となったカップルが、生前暮らしていた自宅に新しく越してきた人を追い出すために、下品でスケベな“バイオ・エクソシスト"(人間を追い出す専門家)を雇うという、ありえない設定なのですが、バートン監督の魅力が詰まった佳作です。
『バットマン』(1989年)
『ビートルジュース』の成功によって製作にゴーサインが出た『バットマン』は、現代のスーパーヒーロー映画の土台を作った作品の1つです。当時コメディ俳優としての印象が強かったマイケル・キートンは“バットマン"役に、天敵の“ジョーカー"役には名優ジャック・ニコルソンが抜擢され、2人の演技と絡み合いは高い評価を得ました。本作は興行的にも大成功し、アカデミー美術賞を受賞しました。
『シザーハンズ』(1990年)
両手がハサミの人造人間が人間社会で生きようと悪戦苦闘するうちに、そんな彼を受け入れてくれた家族の若い娘と恋に落ちる物語です。バートン監督は当時ティーン・アイドル的な存在だったジョニー・デップを抜擢し、この作品の成功から2人はその後数々のコラボレイションを実現させました。
『ビッグ・フィッシュ』 (2003年)
若き頃のことをまるでおとぎ話かのように息子と周囲の人に回想するホラ話好きな父・エドワードに息子は呆れてしまい、親子は疎遠になってしまいます。しかし父が病気で倒れると、息子は今こそ本当の父を知りたいと思うようになり、父とのこれまでのことと葛藤します。バートン監督が自身の父親を亡くしたばかりの時期に制作された本作は、「父と子の和解」をテーマとしたファンタジー映画でもあります。
『アリス・イン・ワンダーランド』(2010年)
英国の作家、ルイス・キャロルの児童文学小説『不思議の国のアリス』(1865年)とその続編『鏡の国のアリス』(1871年)にインスパイアされた後日談的なストーリーを映画化した作品です。ジョニー・デップがアリスを手助けする“マッドハッター"(帽子屋)役を演じています。本作はアカデミー美術賞、アカデミー衣裳デザイン賞を受賞しました。また、バートンの製作総指揮の下、続編として『アリス・イン・ワンダーランド/時間の旅』も制作されました。
『チャーリーとチョコレート工場』(2015年)
英国の作家、ロアルド・ダールの児童小説の2度目の映画化となったミュージカル・ファンタジー映画です。引きこもりの「天才ショコラティエ」 “ウィリー・ウォンカ"が、生産するチョコレイトの中に金色のチケットを同封し、それを引き当てた子供に工場の見学を案内する物語です。ジョニー・デップは、ウォンカを子供じみた性格の変人として演じ、高い評価を得ました。(髪型やサングラスは『ヴォーグ』誌のアナ・ウィンターをイメージしたそうです。)
『ダンボ』(2019年)
第一次世界大戦後のアメリカを舞台に、かつて一流として知られていた『メディチ・ブラザーズ・サーカス』の団長が、自身のサーカスの未来を、新たに生まれてくる予定の子象にかけます。しかしその象は異常に大きな耳を持って生まれ、観客に“ダンボ"と名付けられてしまいます。
4.プロテスタンティズムが強欲資本主義を生み出した
マックス・ヴェーバーの『プロ倫』でも提示されているように、アメリカという国には「金持ち=正義」という考え方が根深く存在しています。ドナルド・トランプが大統領に選出された背景には、この考え方が大きく関わっているのです。プロテスタンティズムは、資本主義を生み、育て、ついには、強欲資本主義というバケモノにまで成長させてしまいました。
5.プラグマティズムがグローバルなICT企業を生んだ
現代アメリカの哲学のもう1つの柱は“プラグマティズム"という考え方です。ものすごく単純化すると「役に立つもの=正義」という考え方です。道徳的に正しいかどうかより、効率的かつ便利であれば、それこそが正義という考え方です。この考え方は、ICTの発展を促し、グローバル・カンパニーを生み、世界の格差を拡げています。この問題について、最近日本でも新書が発売になりましたので、是非読んでみて下さい。
『アメリカ』(河出新書)
社会学者の橋爪大三郎と大澤真幸が、対談形式で、アメリカとはそもそもどういう国なのか、アメリカ的とはどういうことか、そして日本にとってアメリカとは何か、という三部構成で「アメリカは何たるか」を解説した新書です。
6.寓話に込められた寓意
マネー・ゲイムとスマフォ依存症が蔓延する現代社会に置いて、ディズニーは寓話に基づく映画を次々と公開し、世界的にもヒットさせています。宗教や神が否定的に捉えられている現在において、寓話に込められた寓意こそが、唯一の倫理的規範になってしまったのではないでしょうか。日本のディズニーランド35周年のCMは、そんなことを感じさせてくれるものでした。日本以外の方にも、観てもらいたいCMです。
「ディズニーランドは永遠に完成しない。世界に想像力がある限り、成長し続けるだろう」
-ウォルト・ディズニー