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“ポスト・ジブリ"の行方は?/新海誠と2000年代以降のアニメの方向性
  – 世界的に評価されている日本人のアニメイション制作者 (9) | CINEMA & THEATRE #047
Photo: ©RendezVous
2023/08/21 #047

“ポスト・ジブリ"の行方は?/新海誠と2000年代以降のアニメの方向性
– 世界的に評価されている日本人のアニメイション制作者 (9)

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SUNDAY
英語教師 / 写真家 / DJ

目次


1.プロローグ

CINEMA & THEATRE #045では『時をかける少女』『サマーウォーズ』などの長編アニメで知られる細田守を取り上げました。細田氏はタイムスリップや高度なネットワーク技術、仮想空間など、近未来的な要素を作品に取り入れています。それらを描くこと自体は、“目的”ではなく、あくまで登場人物の人間性や成長を浮き彫りにするための“手段”として登場します。こういった表現が登場するのはあくまで「現代の日本社会」や「日本の原風景」の中です。日本人のオーディエンスにはどこか“懐かしさ”を感じさせたり、今では失われつつある家族の絆などを思い起こさせます。

一方で、アニメ好きな外国人にとっては、“日本のステレオタイプ”を拡散させる空想的なアニメと違って、“日本の日常”を覗き込めるという意味で、「小津安二郎の作品を彷彿とさせる」と評する人もいます。外国人が知っている日本の映画監督は、第一に黒澤明、第二に宮﨑駿、第三に北野武、第四に小津安二郎でしょう。黒澤氏は時代劇、宮﨑氏は子供向けのアニメイション、北野氏はヤクザや暴力的な映画というイメージがあるので、日本人の日常的な風景を描いたものは必然的に“小津安二郎的”だと評されるのです。

2000年代後半から2010年代前半にかけてこういった作風を追求したのが細田守であるとしたら、2010年代後半にこの系譜を引き継いだのが新海誠といえるでしょう。海外では“次の宮﨑”とも称する声が聞かれる新海氏は、青春期の主人公の繊細な心境を、切なくノスタルジックな作風で描いた作品で知られています。前述の通り、海外で誰でも認識しているアニメ監督といえば未だに「宮﨑駿」1人であるため、例えばスタイルが異なっているとしてもいかなるアニメ作家は宮﨑氏と比較されることになります。

特に2016年に公開された『君の名は。』は、評論家の評価も興行的にも大成功となった作品で、世界的にブレイクするきっかけとなりました。日本国内の興行収入は2017年7月の時点で250億円となったことが発表され、日本における歴代興行収入ランキングでは『千と千尋の神隠し』(308億円)、『タイタニック』(262億円)、『アナと雪の女王』(255億円)に続いて4位となりました。世界における興行収入では3.61億ドルを記録し、『千と千尋の神隠し』(2.75億ドル)を凌いで日本映画および日本の長編アニメ作品としては世界歴代1位となりました。

『海外で評価されている日本人のアニメイション制作者』シリーズの最終回では、新海誠を取り上げます。


2.“ポスト宮崎駿"と称される新海誠

新海氏は1973年に、長野県を拠点に1909年に創業された建設会社「日通組」を営む実家に生まれました。子供の頃からSF作品(特に宇宙を舞台としたもの)が好きであり、ジュール・ヴェルヌの『月世界旅行』やスティーヴン・ホーキングの『ホーキング、宇宙を語る : ビッグバンからブラックホールまで』を愛読書としていました。当時まだ一般家庭にはなかったパソコンを買い与えてもらい、よく遊んでいたそうです。

高校を卒業後に上京し、中央大学に進学して文学を学びました。児童文学研究会に所属し、絵本の制作活動をするかたわら、在学中から立川市のゲイム会社「日本ファルコム」でアルバイトをするようになりました。卒業後、4代目として実家を継ぐための修行として父親から紹介を受けた東京都内の住宅メイカーに勤める予定でしたが、新海氏はそれを断り、日本ファルコムにそのまま就職することにしました。そこでパッケージ制作を担当したり広告やプロモーション用の画像や映像を作るようになり、後にゲイムのオープニング・ムーヴィーやプロモーション用の映像を作るようになりました。

会社員として働く一方で、毎晩帰宅したあとは、夜中までアニメイションの自主制作を行うという生活を5年間送っていました。2001年の夏にゲイム会社を辞め、アニメ制作に専念するようになりましたが、退職直後の仕事としては、アダルト・ゲイム・ブランドの依頼でゲイムのオープニング・アニメイションも制作していました。2002年には短編アニメイション映画『ほしのこえ』を発表します。新海氏が監督、原作、脚本、絵コンテ、美術、演出などをほとんど1人で行うという作家性が話題となり、国内で注目を集めるようになりました。

新海氏は2004年に初の長編作品『雲のむこう、約束の場所』を発表し、宮﨑駿監督の『ハウルの動く城』、押井守監督の『イノセンス』などを抑えて第59回毎日映画コンクールアニメーション映画賞を受賞しました。2007年には短編3本の連作からなる『秒速5センチメートル』を発表し、アジア太平洋映画祭のアニメーション映画賞、イタリアのフューチャーフィルム映画祭では最高賞にあたる「ランチア・プラチナグランプリ」を受賞しました。2011年に発表した『星を追う子ども』はそれまでの作品に比べてファンタジーの要素やアクション・シーンを多く取り入れており、ジブリ作品を意識した作りにファンからは賛否の分かれる反応を受けます。新海氏は作品には絵を描くことだけでなくいわゆる“プロデュース"も大事だということに気づかされたそうです。

新海氏はこういった作品の積み重ねで2010年ごろまでには海外のアニメ好きの間でも注目されるようになります。2013年の『言の葉の庭』で公開3日間で興行収入3千万円というヒットを叩き出し、ロングランの末に推定1億5千万円を記録したとされています。北米最大のジャンル映画祭と謳っているカナダ・モントリオールのファンタジア国際映画祭では今敏賞と劇場アニメーション部門の観客賞を受賞する快挙を挙げます。この勢いで2016年にリリースした『君の名は。』で世界的でブレイクすることとなります。

新海誠のオススメの作品


3.2000年代以前のアニメとそれ以降のアニメ

これまで『海外で評価されている日本人のアニメイション制作者』シリーズで見てきたように、『AKIRA』『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』『新世紀エヴァンゲリオン』など、80年代~90年代はシリアスなテーマを取り扱ったヘヴィーなSFアニメが目立ちました。こういった作品があったからこそ、欧米では“子供向けのエンタメ"というアニメのイメージが払拭され、ある種の“芸術性"すらあるポップ・カルチャーとして認識されるきっかけとなりました。

一方で、細田守や新海誠などは比較的“柔らかい"SF作品を制作します。彼らは“現代の日本"を拠点とした作品を制作し、例えタイムスリップのようなテーマが物語の中で登場したとしても、それ自体にはあまり重要性はなく、あくまで登場人物が何かを発見したり成長したりするための“道具"にすぎません。いってみれば彼らが描いているのはSFの世界ではなくファンタジーの世界なのです。

また、未来の架空な街を舞台としたSF作品や、なんとなくヨーロッパの田舎をイメージしたような宮﨑駿の作品とは違って、細田氏や新海氏は実在する場所やある光景を舞台にした作品が多いのも特徴です。細田氏の『時をかける少女』は、ほとんどの場面が現代の東京の下町を舞台としていますし、『サマーウォーズ』では長野県上田市の田舎の生活が描かれています。一方で、新海誠の『言の葉の庭』は新宿御苑を舞台としていますし、『君の名は。』は東京と岐阜県の飛騨高山を舞台としています。『君の名は』に至っては作中でも地理や都市文化・地方文化が物語の中心的なテーマとなっており、ネットでは「『君の名は。』聖地巡り」のような旅行計画を提案しているサイトが数多く存在しています。彼らの作品の中には必ず踏切やコンビニなどが印象的に登場し、日本人の日常生活にある“物"や“音"や“風景"がそのまま取り入れられています。

その点、CINEMA & THEATRE #046で取り上げた松本大洋や井上三太も、架空の街を舞台としている作品が多いですが、その中に“トーキョー"の街並みをかなり意識した舞台設定を加えていることと共通しているといえるでしょう。

“テーマ"ということで日本のアニメ作品をみてみると、20世紀後半のアニメ作品は「戦争」や「平和」、「環境」や「テクノロジー」、「人間とは何か」などといった大きな、言ってみれば哲学的なテーマを題材していました。それに対して、21世紀の作品は、「登場人物の内心の葛藤や感情のもつれ」、「日常生活の中での私たちの行い」などを題材にした作品が多くなってきています。言い換えると、作品の方向性がどんどん“内向き"になってきています。新海誠の『言の葉の庭』という作品のキャッチコピーは『"愛"よりも昔、"孤悲"のものがたり』でした。『君の名は。』というタイトルは、正に基本的な“問い"といえるでしょう。


4.エピローグ

さて、海外の視点から日本の戦後のアニメ史はどのように見えるのでしょうか。

ディズニーなどのアメリカのアニメイションに影響された手塚治虫の『鉄腕アトム』や『マッハGoGoGo』は少年向け漫画/アニメの先駆けとなり、その流れには『ドラゴンボール』や『ポケモン』、『ナルト』や『ONE PIECE』などの作品が続きます。

その後『AKIRA』や『攻殻機動隊』などのSF・アクションものが、社会人でも楽しめるような“大人向け"の作品であったことが、海外でも注目されるきっかけとなりました。

21世紀に入ると、青春時代や恋愛物語や、親子関係や家族のあり方をテーマにした作品が増えてきています。こうした近年の作品は“ヤング・アダルト向け"というのがふさわしいのかもしれません。

60年代や70年代のアニメが制作された背景には、第二次世界大戦の亡霊がまだ大きく存在していました。第二次世界大戦での敗北によって日本の“アイデンティティ"がボロボロに打ち砕かれていた中、「平和」や「正義」などをテーマとし、未来を描いた作品でも“過去"と向き合うしかなかったのかもしれません。その後の高度経済成長を経て、バブル期や90年代には、テクノロジーによって社会や世界をより良くしていけるという期待が日本人の間で共有されていくようになります。“ジャパン・アズ・ナンバー・ワン"というアイデンティティが確立されつつあった中、国として“未来"を向いていたことが伺える作品が増えていきます。

2000年代以降のアニメは、“現実"に目を向けたものが多くなっているように思われます。こうした傾向は、日本人が将来に対して夢を持てなくなったこと、過去をないがしろにすることで他者との繋がりを持てなくなったことが原因なのでしょう。21世紀の日本人が、日々の葛藤、日々の悩み事でいっぱいいっぱいになっていることを反映しているのでしょう。京都アニメーションのとても残念な事件はその象徴なのかもしれません。最近は新型コロナウイルスの大流行によって、こういった動きはより顕著になっているように思います。


CINEMA & THEATRE #047

“ポスト・ジブリ”の行方は?/新海誠と2000年代以降のアニメの方向性 – 世界的に評価されている日本人のアニメイション制作者 (9)


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