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アメリカの最高裁判所のスーパーヒーロー、ルース・ベイダー・ギンズバーグ判事
  - Eテレ『世界へ発信!SNS英語術』 #RBG (2019/05/24放送) | LANGUAGE & EDUCATION #021
Photo: ©RendezVous
2022/04/18 #021

アメリカの最高裁判所のスーパーヒーロー、ルース・ベイダー・ギンズバーグ判事
- Eテレ『世界へ発信!SNS英語術』 #RBG (2019/05/24放送)

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KAZOO
翻訳家 / 通訳 / TVコメンテイター

目次


1.今週のテーマ、#RBGについて

今回の番組のテーマは、#RBG。アメリカ合州国の連邦最高裁判所判事の1人であるルース・ベイダー・ギンズバーグを取り上げました。ギンズバーグは、1993年にビル・クリントン大統領によって、最高裁の判事として史上2人目の女性として指名された人物で、現在86歳で、最年長です。(*このコラムは2019年に執筆されたものです。ギンズバーグ判事は2020年9月に亡くなりました。)

ギンズバーグは、ニューヨーク州ブルックリンでユダヤ系の両親のもとに生まれました。ニューヨークのコーネル大学を経て、ハーバード・ロー・スクールに進学し(ロー・スクールとは、日本でいう“法科大学院"のことで、アメリカにおける法学教育機関のこと)、後にコロンビア大学ロー・スクールへ移籍して法学位を得ました。どちらのロー・スクールでも学業成績はトップクラスであったにも関わらず、女性であることを理由に就職を何度も断られ、地区裁判所判事のもとで書記として働くこととなります。その後いくつかの大学で教鞭を取り、コロンビア大学では同大学初の女性終身教授となりました。70年代には、「言論の自由を守ること」を目的としたNGO『アメリカ自由人権協会(ACLU)』の女性の権利プロジェクトの責任者を務め,数々の法廷闘争を手がける中で、性差別の違憲性を立証するのに貢献しました。

1980年には、ジミー・カーター大統領によってコロンビア特別区巡回区連邦控訴裁判所判事に指名され、1993年には、ビル・クリントン大統領によって連邦最高裁判事に指名されました。最高裁内では、穏健リベラル派に属します。

2006年に、女性として初めて最高裁判事に指名されたサンドラ・デイ・オコナーが引退すると、ギンズバーグの存在感はますます増しました。他の多数の判事が示した意見に対して、痛烈な反対意見を述べる冷静な姿で、注目されることになります。近年はラッパーの「ノトーリアスB.I.G.」をもじった『ノトーリアスR.B.G.』と題された、判事の動向を追った個人ブログが人気を集め、ギンズバーグ本人もそのあだ名を受け入れています。その姿はTシャツやマグカップなどのグッズを飾り、彼女を題材にした絵本も出版されているくらいになっています。今やギンズバーグ判事は、法曹界の偉人であると同時に、ポップ・アイコン的な人気を誇る方なのです。

ギンズバーグ判事についてもっと知りたい方には、2019年に公開されたドキュメンタリー『RBG 最強の85才』と、同じ年に公開された人間ドラマ『ビリーブ 未来への大逆転』を観ることをオススメします。


2.アメリカの最高裁とギンズバーグ判事が、今注目される理由

アメリカ連邦最高裁判所は、主に連邦下級裁判所と各州の最高裁判所から上訴された事件のうち、裁量上訴を認めた限られた事件を審理し、アメリカ合州国の憲法や法律を解釈することが仕事です。最高裁判所は9人の判事で構成されており、本人が亡くなる、あるいは自ら引退するまでその地位が保証されている終身制であることが特徴です。それぞれの判事の判断傾向が保守派(conservative)、リベラル派(liberal)、中間派なのかによって最高裁が下す判決の傾向が決まるので、その判決がアメリカの法律を長期にわたって拘束することとなります。

現在の最高裁の構成としては、保守派の判事が5人、リベラルな判事が4人です。(女性判事3人はいずれもリベラル派です)。すでに保守派に傾いている最高裁ですが、最年長であるギンズバーグが引退すれば、共和党のトランプ大統領は新たに保守派の判事を任命することになるので、リベラル派にとっては大きな打撃となることでしょう。そういった事態を懸念して、リベラルなアメリカ国民は、ギンズバーグを“守護神"として応援しているのです。民主党のオバマ前大統領は、政権中に新たなリベラル派の判事に就任してもらいたいということで、高齢のギンズバーグ判事に引退を求める動きさえありました。

もう1つ注目すべき点が、近年アメリカの南部と中西部を中心に広まっている中絶禁止法が相次いで成立していることです。先日アラバマ州では、レイプや近親相姦による妊娠でさえも中絶は認められず、中絶手術を行った医師は10年以上、最大で99年の禁固刑が課せられうるという、全米で最も厳しい中絶禁止法が成立したことが波紋を呼んでいます。

「女性の子宮は女性のものであり、妊娠を中絶することは女性の権利である」と主張するリベラル派と、「胎児は“人命"として守るべきだ」と主張する宗教保守派の間で繰り広げられる、この論争はこれまでも長年続いている問題なのです。アメリカ最高裁判所は、1973年の「ロー対ウェイド事件」で、「妊娠を継続するか否かに関する女性の決定はプライバシー権に含まれる」として、すなわち妊娠中絶の権利は憲法が保証しているという判決を下しています。その後、その判決を支持した判事が引退し、共和党のジョージ・H・ブッシュ大統領が保守派の最高裁判事を新たに任命した際、「ロー対ウェイド事件」は覆されると予想されました。ところが、1992年の「プランド・ペアレントフッド対ケイシー事件」で最高裁は「ロー対ウェイド事件」の判決を5対4で維持するという経緯もあります。

トランプ政権発足後、保守派の判事が新たに2名就任し、トランプ大統領本人も中絶に反対していることから、中絶反対派はこれをチャンスとみて、行動に出ているのです。アラバマ州で成立したような厳しい州法も、下級審で違憲だと判断され施行されなかったとしても、最高裁判所まで争う構えで、敢えて厳しい法案を推進しようとしているのです。最終的に最高裁判所は、ここまで政治色を帯びた中絶という問題を審理しない可能性も多分にありますが、いずれにせよ、リベラル派の“守護神"であるギンズバーグ判事の存在意義は大きく注目されているのです。


3.スーパーヒーローに憧れるアメリカ人

今回#RBGについての様々なツイートを紹介する中で、MCのはるひさんとパートナーのヒデさんが一番感動していたのは、ギンズバーグ判事が仮装をした少女たちを紹介した投稿でした。アメリカでは、大人の女性のみならず、若い女の子たちにとっても、ギンズバーグ判事はスーパーヒーローのような存在なのです。

アメリカ合州国のスーパーヒーローといえば、今やアメコミを原作とした映画『アベンジャーズ』シリーズに登場するキャラクターたちが一般的でしょう。従来のアメリカン・ヒーローといえば、例えば“建国の父たち"(founding fathers)やアメリカ政府とアメリカ的な価値観を象徴する“アンクル・サム"など、歴史的に活躍した男性ばかりでした。

一方、アメリカ合州国の柱となる概念の中には、女性を象徴することもあります。アメリカ的な“自由"と“民主主義"を象徴し、19世紀以来アメリカにやってきた移民たちを歓迎してきた『自由の女神像』がその代表例でしょう。また、天秤と剣を手にし、目隠しをした正義の女神(lady justice)の像はアメリカのみならず、世界中の裁判所に飾られています。(自由の女神像は、ローマ神話における自由の女神“リーベルタース"をもとにしており、正義の女神は同じくローマ神話における“ユースティティア"です。)こういった女性の理想像のシンボルというものを考えるとき、ギンズバーグ判事は、マントではなく法服を着たスーパーヒーローとして称賛されているといえるのかもしれません。

アメリカ社会でこういった女神やスーパーヒーローを必要とようとするのは、アメリカの歴史が短いことと、その歴史が波乱万丈であったことが理由なのかもしれません。アメリカには貴族や王族がいたことはなく(そもそもアメリカは貴族や王族の支配のあるヨーロッパから逃れるために生まれた国とさえいえます)、民主主義であるがゆえに政権交代が頻繁に起こります。(50番目の州、ハワイ州には、かつてカメハメハ大王で有名な王国がありました。)また、上記の中絶問題に象徴されるような人種や宗教の衝突も、もはやアメリカ人の暮らしの一部となっています。

そんな中、神話に登場する神やスーパーヒーローのような超越的存在というものは、流行り廃りに左右されず、いかなる場合でも揺るがない信念を象徴しています。女性の中絶する権利を支持する人でも、反対派でも、正義の味方であるスーパーマンやスーパーウーマンは、誰もが支持できる存在なのです。また、人間は誘惑に弱く、罪深い存在だとしても、超人的な存在を憧れの対象とすることで、アメリカの短い歴史や様々な社会問題を超越した概念や理想を掲げることができると考えているのでしょう。逆説的にいうと、アメリカ社会で、これだけのスーパーヒーローが頭角を現しているということは、アメリカが抱える様々な問題がそれだけ深刻であることを意味しているともいえます。


4.進化するハリウッドと英語表現

アメリカにおいてスーパーヒーローが求められたり、ハリウッドを始めとするアメリカ社会一般で広まるダイヴァーシティを求める動きは、世界中の女性が自身の経験したセクハラや性的暴行を告白した#MeTooの運動を呼び起こしました。

例えば、2017年にはアメコミの架空の女性戦士が世界を救う『ワンダーウーマン』が大ヒットを記録したことも、こうした風潮と関係があるのかもしれません。

2019年には『アベンジャーズ』シリーズにも登場する、「マーベル史上最強のヒーロー」の誕生を描いた『キャプテン・マーベル』も話題を呼びました。

スーパーヒーローの物語以外にも、今まで取り上げられることが少なかった女性の活躍を描いた映画も近年増えています。例えば、1962年にアメリカ人が初めて地球周回軌道の飛行に成功したというNASAの功績を支えた黒人系女性の3人の物語を描いた2016年の『ドリーム』もそうした映画の1つです。

アメリカにおいて、女性がテニスをすることが受け入られる1つのきっかけともなったとされる、女性のテニス・プレイヤーのビリー・ジーン・キングと元男性テニス選手ボビー・リッグズの間で行われた「男女対抗試合」を題材にした2018年の『バトル・オブ・ザ・セクシーズ』もそういった点において重要な作品です。

ギンズバーグ判事を題材にした先述の『RBG 最強の85才』や『ビリーブ 未来への大逆転』も、この流れを受けた作品と言えます。

以前は、男性の英雄のことを“hero"と言っていたのに対して、女傑のことを“heroine"と表していましたが、近年では男性も女性も“hero"と呼ぶことが多くなってきました。“heroine"という表現は、“hero"という男性の存在を前提としている印象を含むからです。

同じように俳優を“actor"に呼ぶのに対して女優を“actress"と呼ぶのではなく、男女ともに“actor"と呼ぶようになってきました。“businessman" に対する“businesswoman"ではなく“businesspeople"と総称したり、職人を意味する“craftsman"に対する“craftswoman"ではなく、“craftsperson"と総称するなど、“gender neutral" (性的中立性)な表現を用いるケースが増えてきています。だからと言って、アカデミー賞の男優賞と女優賞をひとつにまとめるべきでないことも明らかなことです。こういった表現を重視する方向に進んでいるのは確かなことです。


5.日本の“ノトーリアスR.B.G."は誰か

収録当日、打ち合わせやリハーサルの合間に、制作スタッフや出演者の間で、ギンズバーグ判事に該当するような日本人の女性の“hero"はいるのか、という話になりました。そこで上がったのは、津田梅子と与謝野晶子という2ひとの女性でした。

与謝野晶子についてリサーチする中で、平塚らいてうの名前も挙がりました。与謝野は平塚を中心に結社されたフェミニストの団体『青鞜社』に賛助員として参加し、同社が創刊した、日本の史上初の女性文芸誌『青鞜』にも詩を寄稿しました。一方で、平塚と与謝野の間には、意見の食い違いがあったようです。平塚は、「国家は妊娠・出産・育児期の女性は国家によって保護されるべきだ」とする“母性中心主義"を主張したのに対して、与謝野は母性を女性のアイデンティティの中心とする考え方に反対しました。

平塚は1919年に、市川房枝を含めた婦人運動家と共に日本初の婦人運動団体として「新婦人協会」を設立し、女性の集会・結社の権利獲得などに力を入れ、女性の政治的・社会的自由の確立を目指しました。同団体の活動もあり、1922年に治安警察法第5条2項の改正に成功します。

また、女性初の衆議院議長として活躍した土井たか子や、先日、東京大学の入学式での祝辞の中で、東大の大学組織の中で未だに性差別が根強く残っていることを指摘し、話題となった上野千鶴子も忘れてはならない存在でしょう。

津田梅子は、2024年をめどに新しい5千円札の顔となることでも話題になっていますが、今後は、日本ではこのように“hero"と呼ぶにふさわしい女性が多くいるのではないでしょうか。


6.今回の衣裳について

「麻布テーラー」のグリーンのジャケット

「麻布テーラー」のグリーンのジャケット
この商品は、以前紹介したのでLANGUAGE & EDUCATION #009を参照してください。

「KASHIYAMA the Smart Tailor」の白いシャツ

「KASHIYAMA the Smart Tailor」の白いシャツ
この商品は、以前紹介したのでFASHION & SHOPPING #030を参照してください。

「MFYS」のアメリカ星条旗のカフリンクス

「MFYS」のアメリカ星条旗のカフリンクス
こちらはアマゾンのカフリンクス専門店「MFYS」から購入したアメリカ国旗のデザインのカフリンクスです(710円+送料)。

「ブルックス・ブラザーズ」の赤いチノパン

「ブルックス・ブラザーズ」の赤いチノパン
この商品は、以前紹介したのでLANGUAGE & EDUCATION #004を参照してください。

「タビオ」のグレイのリブ・ソックス

「タビオ」のグレイのリブ・ソックス
この商品は、以前紹介したのでLANGUAGE & EDUCATION #016を参照してください。

「レッド・ウィング」の茶色いチャッカ・ブーツ

「レッド・ウィング」の茶色いチャッカ・ブーツ
この商品は、以前紹介したのでFASHION & SHOPPING #010を参照してください。

「ゾフ」の黒いメガネ

「ゾフ」の黒いメガネ
この商品は、以前紹介したのでFASHION & SHOPPING #006を参照してください。

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アメリカの最高裁判所のスーパーヒーロー、ルース・ベイダー・ギンズバーグ判事 - 『世界へ発信!SNS英語術』 #RBG (2019/05/24放送)


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