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アメリカ社会における“大人"、日本社会における“大人"
  - Eテレ『世界へ発信!SNS英語術』 #AdultingIn5WordsOrLess (2019/07/19放送) | LANGUAGE & EDUCATION #027
Photo: ©RendezVous
2022/07/18 #027

アメリカ社会における“大人"、日本社会における“大人"
- Eテレ『世界へ発信!SNS英語術』 #AdultingIn5WordsOrLess (2019/07/19放送)

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KAZOO
翻訳家 / 通訳 / TVコメンテイター

目次


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19日放送分のテーマ、#AdultingIn5WordsOrLessについて

7月19日の『世界へ発信!SNS英語術』で取り上げたテーマは#AdultingIn5WordsOrLess、つまり「5単語以内で表す“大人として振る舞うこと」です。

そもそも“adulting"という言葉は、2000年代に成人したいわゆる“ミレニアル世代"から生まれ、ここ10年くらいで使われるようになった造語です。adult(大人)+ing(~すること)で、“大人として振る舞うこと"。それまでは“behave like an adult"や“act like an adult"(大人らしい行動をとる)という風に表現していたものを、なぜ“adult"を動詞として使い、“adulting"という動名詞になったのでしょうか。また、ニュアンスとしてはどう違うのでしょうか。#AdultingIn5WordsOrLessがつけられたツイートを見ることで、それが少し見えてきます。

Sparkling or still water? Sparkling #AdultingIn5WordsOrLess
炭酸水か、普通の水か?炭酸水。

Weekend plans? Doing the laundry. #AdultingIn5WordsOrLess
週末の予定?洗濯をすること。

A treadmill of responsibilities #AdultingIn5WordsOrLess
終わりのない責任
(“treadmill" は「踏車」や「ランニング・マシーン」のことで、そこから転じて、単調で終わりのない状況や仕事のことを指します。)

これらのツイートからもわかるように、“adulting"には「大人のあるある」や「大人の生活に付き物な用事や野暮用」というニュアンスがあり、多くの場合、表面的な「大人の行為」、言い換えると、大人として当たり前の行為を意味しています。表面的には大人に見えるような行為を取っているものの、内心的には「自分はまだまだだ」と言う自意識を表しおり、大人になろうとしている年頃の人が使う表現です。

#AdultingIn5WordsOrLessは一見、軽い“遊び"のハッシュタグですが、人間はある瞬間を機に急に大人になる訳ではないことを反映したハッシュタグでもあります。案外、日常に訪れる何気ない行為の積み重ねによって、いつの間にか自分の中に大人と言う意識が芽生えてくるのではないでしょうか。


2.アメリカにおける“大人"な英語

英語では“adult"の同義語として“grown-up"が使われることが多いです。“grown-up"は直訳すれば「成長した人=成人」という意味で、“adult"に比べて「もう子供ではない」「未成年ではない」というニュアンスが強く、子供と大人の差を強調したい時に使う言葉です。例えばアメリカ人のホーム・パーティでは、必ず大人が座る“grown-up table"と子供が座る“kids’ table"があります。また、大人同士で会話をしているところに子供が割り込んでこようとすると、“We’re having a grown-up conversation" (大人の会話をしているから)と言って子供を待たせます。子供はそういった自分が入れない“grown-up"の世界に憧れながら育つものです。“When I grow up..." (僕は大きくなったら・・・)と大きな夢を描きます。“Adult"は曖昧な言葉ですが、“grown-up"は子供でも理解できる概念なのでしょう。

英語でよく使われるもう1つの大人関連の言葉は“mature"というものです。本来は“mature"はワインやお酒、チーズや肉などが「熟成」していることを指す言葉です。人間に対して使う場合には、2つの意味があります。1つは身体的に「成長した」「成長しきった」という意味で、例えば“You’ve matured!"は「(体格的に)大人になったね!」という意味になります。もう1つは「大人としてふさわしい」「落ち着いた」という意味で、例えば “she is very mature for her age"は 「彼女は年齢の割にはとても大人しい」という意味になります。

転じて、大人気ないことを“immature"と言い、そんな人に対して「子供っぽく振る舞うのはやめなさい」という意味で“Grow up!"と言ったり、皮肉を込めて“Very mature"(なんておとなしい)と言います。他にも“mature artist"は「成熟したアーティスト」、“mature economy"は「成熟した経済」、“mature decisionは「慎重な決断」など、様々な場面で使われる表現です。また、“emotional maturity"は「感情的に成長し、バランスのとれた」、“sexual maturity"は「性成熟」、つまり、生殖可能な状態になることです。

ところで、日本語で「アダルト」というと一般的にエロ動画などを連想する人が多いでしょう。英語でもそのような意味に使われることもあります。“adult entertainment"は「アダルド産業」「風俗産業」のことですし、“adult films"はいわゆるアダルト・ヴィデオ、「AV」のことです。“adult bookstore"は成人向けの本を売る店です。因みに、“adultery"という言葉は「姦通」「不倫」という意味ですが、実は“adult"とは語源が違います。“adult"は「成長する」を意味するラテン語からきており、“adultery" は「堕落させる」を意味するフランス語からきているそうです。“adultery"と“adult"があまりにも似ていることから、“adult"に淫らなニュアンスが含まれるようになったという説もあります。


3.日本における“大人"な日本語

日本人は、いろんなことに「大人」という言葉をつけたがる傾向があります。独特な言い回しが色々あって、翻訳者としてはとても苦労します。

例えば、「大人の休日」や「大人の旅行」という謳い文句を掲げた旅行プランや、講談社が発行している情報誌『おとなの週末』。アメリカ人からすると、自分で旅行の計画を立て、自分の好きなことをすることが「大人」なのに、こうした商品や情報があることに多少の違和感があります。ある旅行先で子供向けのアクティビティが用意されていることはあっても、主役はそもそも「大人」であるはずなので、「大人向け」という言葉の多用はむしろ怪しくさえ聞こえます。そのため、外国人の観光客誘致に使われる日本語の文言を英訳するときには、特に気をつける必要があります。また、日本人は休日や旅行が質的に大人にふさわしいかどうかを気にするのに対して、アメリカ人は物理的で、“adults-only vacation" (未成年なしの旅行)を好むでしょう。

また、ビールやブラック・コーヒー、そばや塩辛など、子供には良さがわからないけど、大人になるにつれて美味しく感じるようになる食べ物を指す「大人の味」という表現が日本にはあります。アメリカ人からすると、大人といえど食べ物の好き嫌いは人それぞれなので、一概に「大人の味」といえる食べ物はなかなかありません。そもそも日本人に比べて食に対する意識は低いので、食べ物の好き嫌いで「大人になった」と感じることは少ないでしょう。そもそもアメリカ人は、子供から老人までがハンバーガーとピザばかりを食べるので、年齢によって食べ物が変わるということがありません。

個人が低価格の商品を大量に購入することを意味する「大人買い」も日本独特の表現と言えます。英語で“adult purchase"と言うと、例えば車を初めて購入した時など、「自分が大人だと感じた購入」と言う意味になります。「大人買い」のどこが“大人"なのかは、アメリカ人からすると曖昧なところです。

あとは、“できる大人"という表現も気になります。日本人が言う“できる大人"とは、日本社会の常識をわきまえていて、それが言動に現れている大人のことです。トラブルに対しても怒らず、冷静に処理する「大人の対応」という表現も似ています。また、会社や社会人が何かを公に説明できない場合や、親が子供に対して本当のことを言いたくない場合、日本人は「大人の事情」と言う表現を用いてごまかします。一方でアメリカ人は、“none of your business" (あなたに関係ないことでしょ)と強気に言い返します。

「大人の」と修飾された表現がここまで多くあることは、日本社会においては子供が中心にあり、暗黙的に世の中にある多くのものが基本的に子供向けであることを物語っているのではないかと思っています。一方でアメリカ社会では大人が中心となっており、子供向けのものが例外として存在しています。

こういった文化の違いの背景には、日本とアメリカにおける「大人」と「子供」の関係性の違いがあるのでしょう。LANGUAGE & EDUCATION #016 で述べたように、日本を含むいわゆる「モンスーン・アジア」全域の稲作を中心とする耕作農業社会においては、子供は家計を助ける労働力として重宝されてきました。一方で、アメリカをはじめとする欧米社会においては、子供というものは、知識やモラルのない、そして労働としての体力がない未完成の人間として考えられてきました。その結果、日本の子供はいつまでも子供として家庭に残って貢献することが『善』とされ、アメリカではできるだけ早く大人になり、社会人として独立することが『善』とされてきました。

日本人の中における「大人」意識は、かなり曖昧なのです。だからこそ「大人とは何か」をテーマとした指南書や雑誌、テレヴィ番組が多くあります。翻訳者としてそのニュアンスを伝えることは、常に課題として意識しています。未だにどのように翻訳したらいいかわからない日本語が、「大の大人」という表現です。


4.現代アメリカは、理想的な“大人像"を失っている

今回、番組で解説者の佐々木俊尚さんがおっしゃっていたように、#Adultingのツイートには、今の若者(2000年代前後に成人した“ミレニアル世代"や、その次のいわゆる“ジェネレイションZ")が手探り状態で大人の階段を登ろうとしていることが表れていると思います。「本当の幸せとは何か」「豊かな人生とは何か」「テクノロジーとはどのように付き合っていけばいいか」などが人々のテーマとなったこの時代にふさわしい、お手本となる「大人像」が存在しないことを物語っています。(トランプ米大統領に抗議するデモに度々登場する巨大風船“赤ちゃんトランプ"がその象徴と言って良いでしょう。)

欧米の“ミレニアル世代"は、成人して社会人になっても、「権利意識が強すぎる」「感傷的である」「わがままだ」と上の世代からボロボロに批判されてきました。以前番組では、ミレニアル世代は健康食を食べる傾向があることから、「アボカドばかり食うお金があるなら、家を買え」と彼らをバカにするツイートを紹介しました。ミレニアル世代からすると「家を購入する」ことや物質的な豊かさを求めると言う、親の世代にとっての当たり前の常識に疑問を抱き、自分で稼いだお金を食べ物に費し、豊かな食生活を送ることを敢えて選んでいるのです。言ってみれば親の世代とは違う大人の階段を模索しているといえるのではないでしょうか。

その背景には、世の中の常識や価値観が劇的に変化する「パラダイム・シフト」があります。親の世代は自己を抑え、勤勉に働いて家族のために尽力し、子供が少しでも裕福な生活をできるように努めてきました。その結果、多くのミレニアルは、物質的には比較的恵まれた環境で育ち、「自分らしく生きる大切さ」「努力すればなんでもできる」という教訓を生まれた時から叩き込まれてきました。その一方で、彼らからすると、環境問題や銃規制問題、拝金主義やグローバリゼイションなどといった大きなかつ根源的な社会の歪みのつけがまわって来ていると感じているのでしょう。こうした未来であれば親の世代が払うべき代償を払わざるを得ないという理不尽さも感じているのでしょう。

ミレニアル世代が#Adultingという造語を用いることには、一般的に“大人しい" “大人としてふさわしい"行為とされるものは、実は表面的な“形だけ"の行為や見栄のためであり、そこには中身や心が必ずしも伴っていないのではないかという皮肉も込められています。かつての大人像に疑問を抱き、様々な分野で権力の座を握っている人々が“大人"なのであれば、そんな大人にはなりたくない、という現れなのではないでしょうか。

そんな僕にとっての至福のひとときは、80年代ごろの日本で大流行した「AOR」を聴きながら、芋焼酎のロックを片手に、塩辛やちょっと高価な京都の“つけもの"を心ゆくまで堪能することです。ほろ酔い気分でボズ・スキャッグスの甘い歌声に体を少し揺らし、日本人が考える“大人"も、捨てたものではないと感じる瞬間です。


5.今回の衣裳について

「パラブーツ」の茶色いローファー『コロー』

「パラブーツ」の茶色いローファー『コロー』
こちらは青山・骨董通りの「パラブーツ」から購入したローファー『コロー』です。ライト・ブラウン(正式なカラーは「ウィスキー」)の革が夏らしく、遊船で履くデッキ・シューズをイメージした造りとなっています。店頭には僕のサイズがストックされていることはなかなかないので、1ヶ月かけてフランスから取り寄せてもらいました。

「麻布テーラー」のピンクのリネンシャツ

「麻布テーラー」のピンクのリネンシャツ
この商品は、以前紹介したのでLANGUAGE & EDUCATION #008を参照してください。

「ブルックス・ブラザーズ」のオレンジのチノパン

「ブルックス・ブラザーズ」のオレンジのチノパン
この商品は、以前紹介したのでLANGUAGE & EDUCATION #009を参照してください。

「タビオ」のえんじ色のロング・ソックス

「タビオ」のえんじ色のロング・ソックス
この商品は、以前紹介したのでLANGUAGE & EDUCATION #018を参照してください。

「ゾフ」の黒いメガネ

「ゾフ」の黒いメガネ
この商品は、以前紹介したのでFASHION & SHOPPING #006を参照してください。

LANGUAGE & EDUCATION #027

アメリカ社会における“大人”、日本社会における“大人” - 『世界へ発信!SNS英語術』 #AdultingIn5WordsOrLess (2019/07/19放送)


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