1.8月2日放送分のテーマ、#PrayForKyoAniについて
NHK Eテレ/『世界へ発信!SNS英語術』の8/2放送分のテーマは、#PrayForKyoAni、つまり「京都アニメーションのために祈ろう」でした。世界各国のアニメ・ファンがこのハッシュタッグをつけて、SNSにお悔やみのメッセージや京都アニメーションに対する思いを投稿しています。
2019年7月18日の午前、京都市伏見区にある京都アニメーションの第1スタジオで放火殺人事件が起きました。犯人は建物に侵入するとすぐにガソリンを撒き、放火しました。その結果、京都アニメーションの関係者が35人死亡、33人が負傷しました(2019年8月5日現在)。警察庁によると、放火事件の被害者数としては平成以降最悪とのことです。裏方に徹していた制作スタッフが襲われたことに、アニメ・ファンのみならず、日本中が大きなショックを受け、その波紋が海外にも広まっています。
番組では、解説者の塚越健司さんが、海外から#PrayForKyoAniの投稿を紹介しました。その中には、世界中の京都アニメーションのファンや親日家、そして海外のアニメイション業界の関係者からのお悔やみのメッセージがありました。アップルのCEOであるティム・クックは、次のメッセージを投稿していました:
Kyoto Animation is home to some of the world’s most talented animators and dreamers — the devastating attack today is a tragedy felt far beyond Japan. KyoAni artists spread joy all over the world and across generations with their masterpieces. 心よりご冥福をお祈りいたします。
— Tim Cook (@tim_cook) July 18, 2019
京都アニメーションは、世界で最も才能のあるアニメイターやドリーマーたちを擁する本拠地です。今日の悲惨な攻撃は、日本をはるかに超えて感じられる悲劇です。京アニのアーティストは自分たちが手がけた傑作を通して、世界中に、世代を超えて喜びを広めています。心よりご冥福をお祈りいたします。
また、アメリカ合州国のテキサス州に拠点を置き、京都アニメーションのいくつかの作品を含む日本のアニメの配給を手がける「Sentai Filmworks」は、この事件を受けてGo Fund Me上でクラウドファンディングのキャンペーン#HelpKyoAniHealを実施し、目標額750,000ドルを大きく上回る2,370,960ドルの寄付を集めました。米国の報道によると、アメリカのソフトウェア会社「アドビ」も50,000ドルを寄付したそうです。
Help us help our friends at Kyoto Animation by donating (if you can) or sharing: https://t.co/Fg599lm5Dy
— Sentai 💚 (@SentaiFilmworks) July 18, 2019
インターネットの普及した今の時代では、ローカルな事件でも、一気に世界中に響き渡り、世界中の人々の心を動かすことがあります。今回、世界中のアニメ・ファンが思いを一つにして悲しみ、同時に京都アニメーションの作品に対する愛を分かち合えているのは、ひとえにインターネットとSNSの力だと感じました。
2.インターネット/SNSの時代における「慈善の精神」
近年、不特定多数の人がインターネットを経由して、様々な起案者の商品企画や、社会起業家や組織に資金の提供を行う“クラウドファンディング"運動が日本でも普及し、話題を呼んでいます。アメリカをはじめ、欧米社会においては、こういった一般人による支援活動の根幹にあるのは、「慈善の精神」であると考えられます。社会問題と向き合うクラウドファンディングは、巷のホームレスの人にあげる小銭や、教会など様々な団体が行う寄付など、そういった慈善活動の延長線上にあります。
この「慈善」や「慈愛」の精神は、英語では“チャリティー"といいます。元々、キリスト教において、神の人間に対する「無限の愛」「無償の愛」のことをギリシャ語で「アガペー」と表しました。それを英語に訳する際に、“love"だと情欲的な愛を意味する「エロース」だと誤解されるかもしれないということで、「チャリティー」という訳語を当てられました。その後、「チャリティー」の意味が徐々に神や隣人に対する「愛」から「慈善」という意味でも用いられるようになりました。
キリスト教は、貧困者や病人など、社会の中の弱者を救済することを教義の1つとしています。しかし、そういった慈善活動は、チャリティーを受ける側の立場に立ったものではなく、結局は自らの霊的救済のために行っているものだと批判する声もあります。
また、特に近年のアメリカでは、SNSの普及に伴って、人々が他人を思う行為が形骸化しているという指摘があります。それを象徴するのが、アメリカで銃乱射事件やテロが起きると、SNS上で拡散されるお悔やみの言葉“My thoughts and prayers are with you" (私の思いと祈りはあなたと共に)というメッセージが無反省に発せられることです。同じような悲劇が幾度となく繰り返される中、あまりにも多くの政治家がありきたりのお悔やみの言葉を投稿するだけで、事態を変える本質的な政策を打ち出そうとはしません。また、アメリカ市民も、お悔やみの言葉を投稿するだけで、自分たちを代表する政治家を動かそうとはしません。SNSなど、ヴァーチャルな空間におけるこういった偽善的な行為は、重大な社会問題をヴァーチャルな空間にとどめてしまうという危険性があります。人々はインターネットを通して、いとも簡単に世界と繋がった気になり、貢献した気になってしまうからです。
一方で、ICT技術の発達やクラウドファインディングによって、信頼できる社会起業家や組織、価値があると感じられる運動や企画を手軽に支援できるようになったのも事実です。そこには起案者の信頼性や、提供された資金が正当に利用される保証など、その仕組み自体にはまだ課題が残ります。とはいえ、“チャリティー"を大切にするアメリカ人にとっては、口先でいうだけでなく、自分の意思を募金という行動で示すことが簡単になったことは、価値のあることだと思います。だからこそ今の時代、寄付しない言い訳はなくなっているのです。
3.お悔やみを伝えるための英語
このように“my thoughts and prayers are with you" (私の思いと祈りはあなたと共に)という表現には少し複雑なニュアンスがあります。喪中の遺族がキリスト教徒であれば、真心がこもった言葉に聞こえるかもしれませんが、無宗教の遺族であれば、あまりありがたく思わない人もいることでしょう。そういうケースを想定してよく用いられるのが、「祈り」の要素を除いた“my thoughts are with you"や“my thoughts and sympathies are with you"です。(“sympathies"は、「同情」という意味です。)
また、番組で紹介したツイートの中で度々使われていたのが“condolences"(「お悔やみ」)という言葉でした。“I offer you my deepest condolences"は「心よりお悔やみ申し上げます」になります。“My condolences"と短縮される場合もあります。“To send one’s condolences"は、「お悔やみの言葉を伝える」という意味です。
一方で、日本語でよく使われる「御愁傷様」という言葉は、英語では“I’m sorry for your loss"と言います。“Sorry"というと、日本人はほとんどの場合「ごめんなさい」という意味で捉えますが、“sorry"には謝罪の意だけでなく、「心苦しい」という意味合いがある言葉です。例えば相手が言ったことに対して同情の意を伝えたい時には“I’m sorry to hear that"(「それはお気の毒ね」)と言いますし、ある誘いを断らざるを得なかった時、相手は良く“I’m sorry you can’t make it"(「来れないのは残念」)と言います。
因みに、2018年、テニスの四大大会である全米オープンの表彰式で、トロフィーを手にした大坂なおみ選手は今の気持ちを聞かれ、“I’m sorry it had to end this way"と答えました。日本の多くのメディアはそれを「こんな終わり方ですみません」と翻訳して伝えましたが、大坂選手は謝罪していたわけではなく、心苦しい気持ちを表していたのです。試合の後半では、相手のセリーナ・ウィリアムズ選手はチェア・アンパイアの注意に対して噴出し、納得しないまま敗れました。また、表彰式で大坂選手は納得できないウィリアムズ選手のファンからブーイングを受けたのです。憧れのセリーナ・ウィリアムズ選手に勝ちながらも素直に喜ぶことができないやり切れなさを表していたのではないでしょうか。
最後にもう1つ。そういった心苦しさが度を越して、相手の気持ちに寄り添いたいものの、言葉だけでは足りないという意思を伝えたい時に使うのが“Words can’t express..."(「言葉にはできないほど・・・」)という表現があります。ただ、これは、あまりの嬉しさでふさわしい言葉が見つからない場合にも用いる表現でもあります:“Words can’t express how happy I am" (「今の嬉しさは、言葉では表現しきれない」)。そして、あまりの驚きによって言葉を失う場合にも使う表現です:“I have no words" (「(今の気持ちを伝える)言葉がない」)。
4.欧米人の“日本好き"を魅了する日本の“日常"
先日、大学時代に僕が参加した留学生プログラムの集まりに久々に顔を出しました。大学卒業後に日本に移住した“alumni"(卒業生)と、現在留学生として日本の大学に通っている学生たちの、いわゆる交流会です。基本的にカリフォルニア出身の人がほとんどで、一部僕のような“ハーフ"や、アメリカ育ちの日本人がいたものの、半分以上が日本の血が混ざっていない、白人や黒人、ラテン系の人やアジアのルーツを持った人たちでした。この会の冒頭で行われた自己紹介の中で、全員が日本に来た理由を述べたのですが、アニメやゲイムが大好きで日本に来たという人がほとんどだったことに驚かされました。日本人が親日家の外国人に対して抱くある種のステレオタイプを実証しているようで、信じたくなかった気持ちもありました。
しかし、現在のカリフォルニアという環境を考えれば、当然のことであることに気づきました。カリフォルニアにはアジア系の移民が多く、昔から大きな日本人のコミュニティがいくつもあります。そのため、日本の食品を売るスーパーマーケットも多数あり、アメリカの中でも日本のポップカルチャーがいち早く輸入されていた場所だったからです。僕が中学生だったころには、日本に負けないくらい『ポケモン』が一世を風靡しましたし、放課後、家に帰ってテレヴィをつけると『ドラゴンボール』や『セーラームーン』が放送されていました。何らかの理由でいじめを受けながら育ったり、アメリカ的な文化やアメリカ社会に居場所を見つけられなかったアメリカ人の知り合いの中には、“日本好き"が実に多くいたものです。
そもそも、「ディズニー」を始め、アメリカのアニメイションやいわゆる“カートゥーン"は、12歳以下の子供が見るものという位置付けです。アメリカの中学生や高校生が、土曜日の午前中に放送されるいわゆる“サタデイ・モーニング・カートゥーン"を観ていたら、「お前はガキかよ」とバカにされます。一方で、日本のアニメには、“学園・青春もの"など、中学生や高校生の日常が描かれたり、彼らが非日常的な冒険をする作品が色々あるので、日本のアニメを観ることは、その生徒はちょっと変わった子であると見られる程度で、決して「子供っぽい」とは言われなかったものです。
今回番組でも取り上げた京都アニメーションは、日本の高校生などの何気ない日常生活を描いた、いわゆる「日常系」と呼ばれる作風で知られています。海外の“日本好き"が、京都アニメーションの作品に感じる魅力は、その日本的な日常性にあるのでしょう。
もちろん、SFモノやファンタジーモノをきっかけに日本のアニメにハマる人も多かったですが、アメリカ人からすると、近未来を描いたSFよりも、日本の日常的な風景がよっぽど不思議に感じられたのでしょう。僕は中学生の頃、周りの“日本好き"に、「日本人は家に入る時に本当に靴を脱ぐの?」とか、「日本の学生は毎日自分たちで掃除をしているの?」とよく聞かれたものです。
2001年に公開された宮崎駿監督の『千と千尋の神隠し』は、アメリカでも大ヒットを博し、第75回アカデミー賞長編アニメーション部門を受賞しました。宮崎アニメには、登場人物が食べ物を頬張る“日常"のシーンが必ず盛り込まれています。同時に、日本の民俗的な世界観や死生観などの“泥臭い"部分も必ず描かれています。
僕は中学・高校を通して、毎日の昼食におにぎりを2個食べていました。最初は普通のお弁当箱に日の丸弁当のようなランチを作ってもらっていたのですが、中学生はとても意地悪で、周りの同級生に「変な食べ物を食べているのね」とか「何その緑っぽいもの?シーウィードだって?気持ち悪いなあ」と毎日のようにからかわれているうちに、見た目が普通に見えるおにぎりにしてくれ、と母親に頼むようになりました。
ところが、高校生になる頃には、アメリカのテレヴィでも日本のアニメが多く放送されるようになり、中学生の頃には僕のランチを気持ち悪がっていた同級生たちも、いつの間にか日本のアニメ・ファンになっていました。そしてお昼休みになると、「おい、俺のピーナッツバターとジャムのサンドウィッチとカズオのおにぎり、交換しない?こないだアニメを見ててさあ・・・」と声をかけられるようになりました。そんな“変わった"日本食(そしてひいては僕自身の存在)を“クール"にしてくれたアニメには、感謝の気持ちしかありませんでした。
5.今回の衣裳について
「ル・カノン」のベイジュのボタンダウン・シャツ
「ブルックス・ブラザーズ」のグレイのズボン
「イセタンメンズ」の黒いベルト
「タビオ」のグレイのソックス
「パラブーツ」の黒いローファー『ランス』
「ゾフ」黒いメガネ