1.8月9日放送分のテーマ、#○○Challengeについて
NHK Eテレ/『世界へ発信!SNS英語術』の8/9放送分のテーマは、#○○Challenge、つまり、SNS上で拡散され、ゲイム感覚でユーザーの参加を促す様々な「インターネット・チャレンジ」についてでした。
最初に取り上げたインターネット・チャレンジは、7月に世界中で大流行した#BottleCapChallengeでした。多くのSNSユーザーが回し蹴りでボトルのキャップを開ける様子を投稿しました。
こういったチャレンジの火付け役となったのはハリウッド・セレブのものです。#BottleCapChallengeに似たチャレンジは、以前から格闘家のSNSの間ではすでに流行っていたようですが、シンガー・ソングライターのジョン・メイヤーやアクション映画の俳優であるジェイソン・ステイサムらが参加したことで一気に拡散されました。
また、SNS上で自分を実際よりよく見せたがる人をからかった
#BowWowChallengeも紹介しました。2017年にラッパーのバウ・ワウが、新しいテレヴィ番組のPRの仕事のためにこれからプライヴェット・ジェットに搭乗すると思わせるような投稿をインスタグラムにあげたところ、実際に同じ便に乗っていた客がバウ・ワウを見かけ、その投稿はハッタリであることを暴きしました。その後、バウ・ワウが投稿していた写真は、フロリダを拠点としたある運転代行サーヴィスの公式サイトに掲載されているものと非常に似ていることも指摘されました。
それを見たSNSのユーザーたちは、自分の日常を“盛った"ハッタリの写真と、その裏にある虚しい現実を捉えた写真を投稿して楽しみ出しました。
インターネット・チャレンジは、こういった遊びばかりではありません。番組ではゴミ拾いを促す#TrashTagChallengeも紹介しました。ゴミが散らかっている場所を掃除し、そのビフォーとアフターの写真を投稿するという運動です。
Yesterday was a beautiful day to be out at an Algiers beach with our USG exchange program alumni to commemorate Earth Day 2019. #trashtagchallengehttps://t.co/S4vT2VqhtE pic.twitter.com/weSoTei2Pu
— Ambassador Aubin (@USAmbtoAlgeria) April 28, 2019
このように、ある社会問題や環境問題に対する意識を高めることを目的としたインターネット・チャレンジは、多く存在しています。2014年半ばに大流行した#IceBucketChallengeはその代表例です。#IceBucketChallengeは、天才物理学者ホーキング博士がかかっていたことでも知られている“筋萎縮性側索硬化症"(ALS)という難病の認知度を高め、寄付を募るために、指名を受けた人が氷水をかぶる動画を投稿するか、1万円(100ドル)の寄付をするかを選び、次に3人を指名するという運動でした。
2.SNS以前の「チャレンジ」
口コミを頼りに拡散されるインターネット・チャレンジはSNS時代ならではの現象ですが、人に「できるものならやってみろ」と挑発するいわゆる“チャレンジ"は、インターネットやSNSが普及する以前からあったものです。
僕が子供の頃に流行していた「ペプシ・チャレンジ」はその代表例です。1975年よりアメリカで行われているこの“チャレンジ"は、一般消費者を対象に、ブランド名を伏せた状態でペプシ・コーラとコカ・コーラを飲み比べてもらい、美味しい方を選んでもらうという、いわゆる試飲キャンペーンでした。「自称コカ・コーラ愛好家」を含む参加者の多くが、ペプシを選んだという結果になりました。実はこのキャンペーンは、ペプシの製造メイカーである「ペプシコ社」が企画したものです。ブランドのネーム・ヴァリューとコーラの販売個数で「コカ・コーラ社」に大きく引けを取っていた「ペプシコ社」が売り上げアップを目指して図ったプロモーションでした。
今の“チャレンジ"の感覚からすると、ペプシ・チャレンジの一体どこが“チャレンジ"なのかと思うかもしれません。ペプシコ社が「ペプシに勝るコーラはない」という自信満々のテーゼの下、「ペプシ以外のコーラを選べるものなら選んでみろ」ということなのでしょう。また、“challenge"の同義語として、「人目をひくための行為」という意味の“stunt"という言葉もあり、ペプシ・チャレンジのようなキャンペーンを“publicity stunt"、つまり「宣伝行為」「売名行為」、と言います。
子供のバカげたイタズラを大人が敢えて真剣にやることで話題となったアメリカのケーブル・テレヴィ番組『ジャッカス』のスタントも“チャレンジ"に当てはまると言えるでしょう。例えば牛乳1ギャロン(3.785リットル)を一気飲みするスタントは“The Milk Challenge"、 50個のゆで卵を一気に食べ切るスタントは“50-Egg Challenge"と名付けられています。
日本のテレヴィのヴァラエティ番組で行われる様々な“ゲイム"も、厳密には“game"というよりは“stunt"や“challenge"という呼び方が適切なのでしょう。お笑いコンビのダウンタウンがMCを務める長寿お笑いヴァラエティ番組『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!』の年末の特番『笑ってはいけない』シリーズでは、様々なシチュエイションの中で収録が行われ、参加者は「絶対笑ってはいけない」というルールが課されています。もしも笑ってしまったら、罰をその場で受けます。この企画を英語で表現するとしたら、“no laughing challenge"となるのでしょう。
3.“チャレンジ"と“challenge"の違い
そもそも日本語では「英語にチャレンジする」や「料理にチャレンジする」といった具合で軽い感じで使う“チャレンジ”ですが、日本語で言う“チャレンジ”は英語では“try to...”あるいは“attempt to...”程度の意味になります。「英語にチャレンジする」は“try to learn English”、「料理にチャレンジする」は“attempt to cook”となります。
名詞の“challenge”は、主に「課題」「難関」という意味で使われます。“He faced many challenges growing up”は「彼は色んな難関に直面しながら育った」という意味になります。そして“Health challenges”は「健康面の課題」という意味になり、“life’s challenges”は「人生の訓練」です。“The challenges of the 21st century”といえば、「21世紀の難問」という意味になります。
動詞の“challenge”は相手に「決闘を申し込む」という意味で使われます。例えば“I challenge you to a duel” は「お前に決闘を申し込む」になりますし、“I challenge you to a push-up contest”は「腕立て伏せでお前に勝負を挑む」になります。多くのインターネット・チャレンジには、「やれるものならやってみろ」と言う挑発的なニュアンスが含まれるのです。
もともと、“challenge”という言葉は「異議を唱える」「異議を申し立てる」という意味でも使われ、現在でも 他人の意見に異論を唱えることを“challenge someone’s opinion”と表現し、権力者の正当性を疑うことを“challenge someone’s authority”と言います。また、テニスの試合でチェア・アンパイア(主審)や線審(競技場に引かれた線とボールとの位置関係を判定する審判)の判定に対して異議を申し立てることも“challenge”と言います。
これらの用例からもわかるように、日本語の“チャレンジ”は軽い表現であるのに対して、英語の“challenge”には重みがあります。「課題」や「難関」には真剣に取り組む必要があり、それに立ち向かわないことは名誉を捨ててしまうことと一緒なのです。「決闘」となれば生きるか死ぬかの問題ですし、「異議を唱える」ことは相手の主張に疑問を投げることであり、軽々しく受け止めるべきことではないのです。そういう意味では、最近問題にされている、警察官をターゲットとした悪質な「挑発動画」を投稿する日本の若者が増えていますが、本人は軽い気持ちの“チャレンジ”なのでしょうが、もし、同じことをアメリカで行なったとしたらとても重大な結果になることでしょう。
“Challenge”の用例については、LANGUAGE & EDUCATION #012でも紹介しましたので、そちらも一読ください。
4.“チャレンジ"に“ゲイム感覚"で挑む危険性
“If a tree falls in the forest and no one is around to hear it, does it make a sound?"という有名な哲学的考察があります。意訳すると、「誰もいない森の中で倒れた木は、音を立てるのか?」という感じなのですが、これはつまり、木が倒れることによって空気の波動が起きるが、それを“受信"する人間の耳があって初めて“音"として認識される、ということを表しています。それをSNSに当てはめると、「森の中で木が倒れた動画をインスタグラムに投稿して、それに“いいね"をしてくれる人がいなかったら、音を立てたことになるか?」ということなのかもしれません。
他のユーザーより多く「いいね」を稼ごうという承認欲求にかられ、人を唖然とさせるより過激な瞬間を捉えようとするという負のスパイラルがいつの間にか生じているように思えます。あるインターネット・チャレンジに参加するという“ゲイム"とはまた違う、お互いを出し抜こうとする“ゲイム"に駆り立てられているのです。番組の最後で解説者の古田大輔さんもそのことの危なさについて注意を促しました。
例えば、2019年4月には、日本の女性ユーチューバーがおにぎりの一気食いをライヴ配信する中で喉を詰まらせて意識不明となり、その後死亡するという事件が起こりました。
他にも、近年は危険なインターネット・チャレンジが続出しています。その代表例が、2018年冒頭にアメリカのティーネイジャーの間で流行った#TidePodChallengeです。カプセル型の洗濯洗剤は、そのカラフルな見た目がお菓子に似ていることから、子供などが誤って食べてしまう危険性があると以前から指摘されていましたが、洗剤のジェルボールをわざと口に入れて割るというのが#TidePodChallengeです。中毒になって病院に搬送された若者が続出し、その拡散を食い止めるために、グーグルやフェイスブックはそれらの動画を削除し、その後危険なチャレンジ動画を禁止しています。
2019年の冒頭に流行った#BirdBoxChallengeでは、SNSユーザーは目隠しをして歩き回ったり日常の生活を送る様子を投稿しました。これは、主人公たちがある事情から目隠しをしながら逃げるというNetflix製作のホラー映画『バード・ボックス』にアイディアを得たものでした。 壁にぶつかって軽い怪我をする人や、中には目隠しをしたまま運転をし、間違って対向車線に入り込んでしまったティーネイジャーもいて社会問題となりました。この事態を受けて、Netflixは最終的にツイッターで「こんなことを言わなければならないのは信じられないのですが、このBird Box Challengeで怪我をしないように注意してください」と投稿しました。
Can’t believe I have to say this, but: PLEASE DO NOT HURT YOURSELVES WITH THIS BIRD BOX CHALLENGE. We don’t know how this started, and we appreciate the love, but Boy and Girl have just one wish for 2019 and it is that you not end up in the hospital due to memes.
— Netflix (@netflix) January 2, 2019
#TidePodChallengeや#BirdBoxChallengeは極端な例なのかもしれませんが、危険を顧みないそういった行動から、人がいかにインターネット・チャレンジを始め、SNSに“ゲイム感覚"で取り組んでいることが見えてきます。もしかしたら病院に搬送されたティーネイジャーも、例え自分が死んだとしても、テレヴィ・ゲイムのようにリセット・ボタンが押され、翌日また何事もなかったかのように生活を送れると考えたのかもしれません。#BottleCapChallengeのような愉快な遊びが簡単に拡散されるのはインターネットならではの楽しみですが、どんな“チャレンジ"であれ、それは決して“ゲイム"ではなく、生きるか死ぬかの挑戦であることを覚えておく必要があります。
5.今回の衣裳について
「ポール・スチュアート」のリネン・シャツ
「ブルックス・ブラザーズ」のイエローのチノパン
「ブルックス・ブラザーズ」の赤いベルト
「タビオ」のえんじ色のロング・ソックス
「パラブーツ」の茶色いローファー『コロー』
「ゾフ」黒いメガネ