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床面積が37平方メートル以下の“タイニー・ハウス"とミレニアル世代のアメリカン・ドリーム
  - Eテレ『世界へ発信!SNS英語術』 #TinyHouse (2019/12/20放送) | LANGUAGE & EDUCATION #042
Photo: ©RendezVous
2023/04/24 #042

床面積が37平方メートル以下の“タイニー・ハウス"とミレニアル世代のアメリカン・ドリーム
- Eテレ『世界へ発信!SNS英語術』 #TinyHouse (2019/12/20放送)

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KAZOO
翻訳家 / 通訳 / TVコメンテイター

目次


1.プロローグ

12月20日放送のNHK Eテレ『世界へ発信!SNS英語術』のテーマは#TinyHouseでした。床面積が400平方フィート(約37平方メートル)以下の小さな住宅に、なるべくモノを持たないミニマルな暮らしを推奨する“タイニー・ハウス・ムーヴメント"を取り上げました。

タイニー・ハウス・ムーヴメントは2000年代に大量消費主義への反発として生まれ、2008年のリーマン・ショックに伴ったアメリカの景気の悪化により、若者の間で注目されるようになりました。その中心的な理念には、住宅ローンを必要としないことによる「経済的な自由」、物欲に支配されないという「精神的な自由」、エコロジカル・フットプリントをなるべく少なくするという「エコで持続可能な暮らし」などがあります。産業革命以来、アメリカ人が信じ続けてきた“bigger is better"(大きければ大きいほど良い)という概念に対するアンチテーゼとして“less is more"(少なくするあるいは控えめにすることでより大きな効果を得る) という価値観を提唱しています。

このムーヴメントは、現在アメリカをはじめ、英国やドイツ、ニュージーランドやオーストラリアなど世界中に広まっています。ミレニアル世代を中心に、インスタグラムなどのSNSではタイニー・ハウスの暮らしの様子や自分のタイニー・ハウスを作る様子を投稿する人たちが数多くいます。番組では、そのいくつかを紹介しました。

このコラムでは、タイニー・ハウス・ムーヴメントを考えることで、“アメリカン・ドリーム"の形がどのように変わってきているかに触れたいと思います。


2.ベイビー・ブーマー世代が求めた郊外の“McMansion"

ミレニアル世代は、どうしてタイニー・ハウス・ムーヴメントに象徴されるような価値観を抱くようになったのか。それを知るためには、ミレニアル世代の親の世代とも重なるいわゆる“ベイビー・ブーマー"世代について知る必要があります。

ベイビー・ブーマー世代の中でも、特に注目したいのが、中流層の白人家族です。彼らは、裕福な家庭が住むいわゆる“ゲーテッド・コミュニティー"と、郊外の“トラクト・ハウジング型住宅"の間にある家の形を求めるようになりました。

こうした住宅は、土地面積が確保できることと、財産税がより低いという理由から、郊外よりさらに離れた場所に、量産的に建てられました。だいたいが低品質の素材を使って、いい加減に組み立てられたところが多く、外観のデザインは様々な要素を無造作に組み合わせたものでした。言ってみれば「裕福さ」あるいはお金持ちが好むような雰囲気を演出しようとしたデザインなのです。

こうした無駄に大きな家は、やがて軽蔑的な意を込めて“McMansion"と呼ばれるようになりました。“McMansion"の“mansion"とは「大邸宅」や「屋敷」のことで、“Mc"は“McDonalds"、つまり「マクドナルド」に由来しています。ファスト・フードのように、「美味しさ」より「すぐに得られる喜び」を重視していたことから、皮肉を込めてそう呼ばれるようになったのでしょう。

ところで英語で言う“mansion"は「豪邸」という意味であるのに対して、日本語で言う「マンション」は、アパート(比較的小規模なもので、木造や軽量鉄骨造のものを指す)よりも大型で鉄筋コンクリート造などの集合住宅を表す一般名詞です。因みに、英語ではこういった共同住宅は“condominium"と呼びます。

KotaKinabalu Sabah Marina-Court-Resort-Condominium-02

3.大量な学生ローンに押しつぶされるミレニアル世代

ミレニアル世代が“McMansion"が象徴する大量消費主義に反発し、タイニー・ハウスを魅力的に感じる最大の理由は「経済的な自由」でしょう。ミレニアル世代が抱える大量な学生ローンは現在社会問題化しております。タイニー・ハウスを拠点としたシンプルな暮らしを送ることで、収入を効率的にローンの返済に当てることができるのです。

では、そもそもどうして学生ローン問題は、ここまで膨れ上がったのでしょうか。実はベイビー・ブーマー世代を成功に導いたアメリカ政府の政策と密接に関係しているのです。

アメリカ社会において大学に進学することは、長い間、エリートに限られたことでした。しかし、20世紀後半にこれは大きく変わることとなります。

第二次世界大戦が終わろうとしていた1944年には、アメリカ政府は経済を活性化するために “G.I. Bill"と呼ばれる復員兵援護法を制定し、多くの復員兵はそれによって大学に進学することができました。そして1965年高等教育法によって、返済が不要な“grants"(給付奨学金)と返済が必要な低金利の“student loans"(貸与奨学金)が学生に貸与されるようになりました。その後、70年代から80年代にかけて、アメリカ議会はこれを度重ねて改正し、低・中所得者層でも奨学金を利用できるようにしていきました。

しかし、80年代後半に入り、保守派である共和党のロナルド・レーガン大統領のもとで、財政支出削減・規制緩和・減税などが推進され、世論も、政府が高等教育に投資するべきではなく“individual responsibility"(自己責任)という考えにシフトしていったのです。

その結果として、90年代以降、アメリカの大学の学費は、公立・私立共に上昇することとなります。アメリカの一般家庭の世帯収入がここ20年間ほど横ばいになっていることや、生活費の上昇を踏まえると、アメリカの学生の多くは、大量のローンを組まずには大学に通えないのが現状です。そして、大学を卒業してもローンの返済により多くの年月を費やさなくてはならなくなったのです。


4.ミレニアル世代のアメリカン・ドリーム

ところで、タイニー・ハウスを購入するには、どのくらいがかかるのでしょうか。

アメリカの住宅の平均価格は285,000ドル(日本円で約3200万円)であるのに対して、タイニー・ハウスの平均価格は60,000ドル(日本円で約660万円)ほどです。更に自分で組み立てる気さえあれば、その半分ほどの予算で自分の“home sweet home"(我が家)を手に入れることができるのです。住まいにお金をかけず、収入を学生ローンの返済に当てられることが大きなメリットとなっているのです。

大学ローンの返済を終えて「経済的な自由」を手に入れ、お金を貯めて起業したいと考えているミレニアル世代も数多くいます。「社会」や「家族」を物質的に裕福にするために身を粉にして働いてきたベイビー・ブーマー世代の働き方に疑問を投げかけ、自分が本当にしたい仕事を追求する若者が増えています。彼らが求めているのは「働き方の自由」と言って良いでしょう。

また、リモート・ワーカーとして働く人であれば、タイニー・ハウスは「地理的な自由」も意味します。その点でミレニアル世代は、1950年代において戦後のアメリカン・ドリームの形に疑問を投げかけた“ビート・ジェネレイション"の精神とも繋がっているのです。ミレニアル世代が旅行やノマド的な生活に憧れ、“モノ"より“経験"を追い求める姿は、正にジャック・ケルアックの『路上』を彷彿とさせます。

冒頭で述べたように、アメリカ人というのは、これまで無駄に大きいものを好むことで有名でした。しかし、ミレニアル世代やそれ以降の若者は、概して住宅の広さより豊かなライフスタイルを重視しており、量的な幸福よりも質的な幸福を求めているのです。「物質的な自由」を求めたベイビー・ブーマー世代とは違って、家というものがステータスだとは思っておらず、大きな家が成功の証だとは感じていないのです。

アメリカでここ数年“こんまり"ブームが起きているのも、ミレニアル世代のこういった価値観との相性が良いからなのでしょう。

ここで注目すべきは、ベイビー・ブーマーの世代にもミレニアム世代にも共通しているのは“自由"であります。アメリカン・ドリームは“自由"を手にすることなのでしょう。

ミレニアル世代やそれより若い層の中には、自分たちが現在直面する学生ローン問題、社会問題、環境問題などは、全てベイビー・ブーマー世代の無責任によるものだと訴える声が多いのも近年の兆候です。最近SNSで話題になっている“OK Boomer"の流行が正にそれを象徴しています。

世代間のギャップというものはいつの時代にもありますが、こういった反抗心もまたアメリカ的であることも確かです。今回のコラムで紹介してきた価値観の違いは、現在のアメリカ国民の分断を象徴するものでもあります。“古い価値観"を持ったベイビー・ブーマーの世代がどんどん退職する中、“新しい価値観"を持ったミレニアル世代に求められるのは、反抗することでも切り捨てることでもなく、何より人間としての責任感を示すことなのではないでしょうか。この世代の一員である僕自身、#TinyHouseの回を通して、つくづくそう感じました。


5.この日の衣裳について

「ブルックス・ブラザーズ」のグレイのジャケット

「ブルックス・ブラザーズ」のグレイのジャケット
この商品は、以前紹介したのでFASHION & SHOPPING #007を参照してください。

「麻布テーラー」の白色のシャツ

「麻布テーラー」の白色のシャツ
この商品は、以前紹介したのでLANGUAGE & EDUCATION #014を参照してください。

「ブルックス・ブラザーズ」のベイジュのチノパン

「ブルックス・ブラザーズ」のベイジュのチノパン
この商品は、以前紹介したのでCINEMA & THEATRE #005を参照してください。

「タビオ」のオレンジ色のソックス

「タビオ」のオレンジ色のソックス
こちらの商品は、以前紹介したのでFASHION & SHOPPING #027を参照してください。

「レッド・ウィング」のクラシック・ワーク・ブーツ

「レッド・ウィング」のクラシック・ワーク・ブーツ
この商品は、以前紹介したのでFASHION & SHOPPING #007を参照してください。

「ゾフ」のくろい眼鏡

「ゾフ」のくろい眼鏡
この商品は、以前紹介したのでFASHION & SHOPPING #006を参照してください。

LANGUAGE & EDUCATION #042

床面積が37平方メートル以下の“タイニー・ハウス”とミレニアル世代のアメリカン・ドリーム - 『世界へ発信!SNS英語術』 #TinyHouse (2019/12/20放送)


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