1.2月7日放送分のテーマは「2020年アメリカ大統領選」
2月7日放送の『世界へ発信!SNS英語術』のテーマは#Election2020、つまり2020年のアメリカ大統領選でした。2月3日のアイオワ州党員集会によって予備選挙が始まり、11月の選挙戦に向けて共和党と民主党の候補者選びが本格的に動き出します。
今回番組では、民主党の主力候補者たち5名を取り上げました。民主社会主義で若い世代から人気を集めるバーニー・サンダーズ氏、インディアナ州サウスペンド市の元市長で今回候補者の中では最年少のピート・ブティジェッジ氏、「反ウォール街」と大手IT企業の解体を政策案の目玉に掲げているエリザベス・ウォーレン氏、オバマ政権の下で副大統領を務めたジョー・バイデン氏、そしてアジア系アメリカ人として初めて民主党から出馬をしている実業家のアンドリュー・ヤン氏。今後はこの候補者の中から誰が民主党を団結させ、トランプ大統領と対峙できるかがポイントとなります。
それに向けてスタートするためには、アイオワ州党員集会で勝つことが大事だと、ここ40年ほど言われるようになりました。通常の選挙とは違って、参加者が少人数で熱く話し合ってお互いを説得させようとして決まる伝統的な集会は、州内の各群で開かれます。まず、党員は各集会会場内で支持候補別にグループ分けされ、最初の支持表明を行います。その後、投票が行われ、15%の得票率に満たない候補者の支持者は他候補に回ります。(これを“realignment"、「再編成」と呼びます。)そして、改めて投票を行います。その上で、各候補に代議員数が割り当てられるという「三段階」のプロセスとしているのです。
例年通りに集計結果が発表されていれば、先週の本番収録までにはある程度成り行きが見えてくるのではないかと予想していました。ところが、リハーサル後に最新情報を調べてみると、集計システムのトラブルが起きていたことによって集計が大幅に遅れていました。
その後、集計が遅れた主な理由として2つの原因が挙げられています。1つはアイオワ民主党が今回初めて導入した投票アプリが正常に機能していなかったこと。(これまでそれぞれの集会の結果は電話で報告され、バックアップとして紙の投票用紙が送られていたそうです。)今回はそのプロセスをシステム化し、効率化を図るためにアプリを発注したとされます。しかし、このアプリは2ヶ月という短い期間で大急ぎで開発されたそうで、十分なテストを経ていない状態で挑んだと報道されています。結果的に多くの選挙区は電話で結果を報告しようとするものの、電話の混み合いから保留のままで1時間以上待たされる状態だったそうです。
もう1つ、アイオワ民主党が挙げている原因は、規則改正による混乱です。今回の投票では、透明性を高めるために、選挙区には「最初の支持表明」「再編成後の投票」「最終的な代議員数」の3つのデータを出すように求めていたそうです。(これまでは代議員数のみを集計していました。)このことが大混乱を招き、結果報告に大きな遅れが生じる事態を生んだとしています。言い換えれば、アイオワ民主党は「数字に弱かった」と言えるのでしょう。
Republican caucuses went smoothly with a big win for @realDonaldTrump. The Democratic caucuses were a complete disaster. Democrats want to be in charge of the country, but they can’t even count their own ballots. #IowaCaucus pic.twitter.com/MFGpedmHt7
— Sen. John Barrasso (@SenJohnBarrasso) February 4, 2020
いずれにせよ、注目を集める予備選挙の始まりであったので、民主党にとっては恥ずかしいスタートとなりました。もしアプリが原因であれば、デジタル戦略が選挙の1つの鍵となる中での最悪の出だしですし、もしデータの集計に手こずったのであれば「集計すらできない党に国を任せられるか」ということになるのでしょう。
実は今回の民主党アイオワ州党員集会に見られるような集計トラブルは、初めてのことではないです。このコラムでは、こうしたトラブルから見えるアメリカ人の国民性について考えたいと思います。
2.2000年のアメリカ大統領選挙の集計騒動
大統領選における集計トラブルといえば、2000年の大統領選挙を思い出します。最終的には共和党のジョージ・W・ブッシュ氏が民主党の(当時の)現職副大統領であったアル・ゴア氏を僅かな差で破ったことになっていますが、そこにたどり着くまで5週間の混乱が続きました。
選挙当日、大接戦が繰り広げられ、最終的にはフロリダ州の集計結果次第で大統領が決まる事態となっていました。当初ゴア氏が優勢に見えていたので各テレヴィ局は彼を“projected winner"(「当選確実者」)と表示しました。しかし、これに対し、ブッシュ側が異議を唱えることとなります。結局、翌朝早朝には「当選確実者」はブッシュ氏だと報道されていました。
11月8日に最終的にブッシュ氏が290万9135票、ゴア氏が290万7351票となり、その差がわずか1784票であったことを受けて、ゴア氏は手作業再集計を求めます。その結果が、26日に州務長官がブッシュ氏291万2790票、ゴア氏291万2253票、537票差であり、ブッシュ氏が勝利したと公式認定しました。それでも更にゴア陣営は州裁判所に提訴します。一方でブッシュ陣営は連邦最高裁に差し止め請求を行いました。結局12月12日に連邦最高裁は再集計を禁じる判決を下し、ブッシュ氏を勝者とする州務長官の公式認定を確定させました。翌日ゴア氏はテレヴィ演説で敗北を認めました。
その後、各メディアや学術機関が独自の調査を行い、もし“undervotes"(識別不能のために無効票となっていたもの)と“overvotes"(大統領選の場合、1人以上の候補者名のところに印を入れたことによって識別不能となり、無効票となったもの)の両方を含めてフロリダ州全体の再集計が行われていたとしたら、ゴア氏が勝利していただろうとする結果が公表されました。また、一般投票総数ではゴアが勝利していたことや、もし決選投票があったならゴア氏が勝利していたであろうとする声もあり、2000年の大統領選挙によって多くのアメリカ国民は「集計トラウマ」を負うこととなります。
Dear Iowa,
— Ana Navarro-Cárdenas (@ananavarro) February 4, 2020
Accurately counting votes can be hard.
Believe me, we know.
Signed,
A Floridian
3.数字にいい加減なアメリカ人
そもそもアメリカ人は、数字が苦手だというイメージが一般的にあります。実際に国際学力調査ではアメリカの学生の数学・科学の学力低下が度々浮き彫りになっています。その背景には、単なる学力不足という問題だけでなく、アメリカ人独特の「大雑把さ」があるのだと思います。
Trump 2017 vs Obama 2009: Size of Crowd at Inaugurations https://t.co/fvyNt9yTeY #Inauguration pic.twitter.com/CPyDbe0OGT
— CTV News (@CTVNews) January 20, 2017
例えば、2017年のトランプ大統領就任式の参加者数に関して、トランプ大統領は演説で「見渡すと、そこには100万人、150万人ほどいるように見えた」と発言しましたが、実際の参加者数は30万人~60万人だったとされています。
A U.S. government photographer edited the official pictures of Trump’s January 2017 inauguration to make the crowd appear bigger, following a personal intervention from the president, according to newly released Interior Department documents https://t.co/Z0fz1PyWik
— The Daily Beast (@thedailybeast) September 6, 2018
また、先日の一般教書演説でトランプ大統領は、「USMCA(米国・メキシコ・カナダ協定)によって10万人近くの高給の自動車関連の仕事が生み出される」と発言した一方で、アメリカ国際貿易委員会は導入後の6年間で28,000人の仕事が創出されるという推測を発表しています。
他にもトランプ大統領は2016年米大統領選挙中に、事業の立ち上げに際して「父から100万ドルという“少額の"融資を受けていた」と述べていたのに対して、その融資金額は実際には6,000万ドルに上るという調査報告を米「NYタイムズ」紙が発表しています。
ショウマンとして知られるトランプ大統領だけあって、数字を“盛って"自分に有利に捉えるくせがあります。
自分の評価へと繋がる数字を誇張することは、何もトランプ大統領に限ったことではなく、アメリカの国民性と言えます。例えば身長が5’11"(5フィート11インチ)の男性は「6フィート」だと言いたがりますし、僕自身も正確には6’1 1/2"(6フィート1.5インチ)ですが、「1/2」が面倒臭いが故に6’2"だと言うことが多いです。
また、荷物が詰め込まれたバッグや箱など重いものを持ち上げる時にアメリカ人はよく “this weighs a ton" (直訳すると「1トンの重さがある」)と大袈裟に言うくせがあります。一方、カウボーイ文化を象徴する「テン・ガロン・ハット」は、実際には10ガロン(37.85リットル)の水が収まる容量の帽子ではありません。他にも適切な茹で時間が「8~12分」と表示されたパスタのパッケージがあるなど、アメリカ社会には至る所に数字に対する大雑把な態度が伺えます。
今回番組で取り上げた候補者の中には、数字を得意とすることを売りにしている人もいます。アジア系アメリカ人として初めて民主党から出馬をしている実業家のアンドリュー・ヤン氏です。番組では、ヤン氏が提案する政策の中心としているのが、アメリカのすべての成人に1ヶ月あたり1000ドルを分配するという“Freedom Dividend"(「自由の配当」)について紹介しました。これはいわゆる“Universal Basic Income"(最低所得保障制度)です。
ヤン氏は、トランプ大統領が掲げているスローガン「Make America Great Again」(「アメリカを再び偉大な国に」)、 略して“MAGA"をもじって、「Make America Think Harder」(「アメリカにもっと頭を使えさせよ」)、略して“MATH"というスローガンを掲げています。そもそもアメリカには僕が子供だった頃から「アジア人は学問的に優秀で数学や科学が得意」というステレオタイプの考えがあり、ヤン氏はそれを敢えて自分のアイデンティティとして掲げているのです。
Need a new #MATH hat? Go for the gold! https://t.co/cwcXaxyUmD pic.twitter.com/RCYnBgo8hN
— Andrew Yang🧢⬆️🇺🇸 (@AndrewYang) January 31, 2020
ただ、ヤン氏は、10%の付加価値税(VAT)を導入することなどでこの1000ドルの“UBI"の財源は確保できると主張していますが、“the numbers don’t add up"(「計算が合わない」)と批判する専門家の声も少なくありません。
4.アメリカ人にとっての統計と世論調査
アメリカ人は数字には大雑把なくせに、統計デイタというものが大好きであり、統計こそが真実を示していると信じているところがあります。政治選挙から天気予報、健康調査からコンテンツ産業まで、あらゆる分野でアメリカ人は統計デイタを活用し、未来を予想(コントロール)しようとします。近年、ビッグデイタを支える技術の向上に伴って、この動きはますます進む一方です。
4年ごとに行われるアメリカ大統領選挙には、世論調査のデイタがとても大きな影響を及ぼしてきました。1930年代ごろから戸別訪問が行われ、その後は電話調査、近年はインターネットを駆使して全米のデイタが集められるようになり、その手法は90年に渡って精度を高めながら進化してきました。意見を問われるとためらいなく喋りたがるアメリカ人にとっては、こういった世論調査に答える行為も、政治への参加に結びついているのです。それは候補者たちが、統計デイタを見ながらどの州にどれだけの時間とお金をかけるべきかを見極めるからなのです。
アメリカ人の統計に対する執念が一番よくわかるのは、スポーツの分野でしょう。これはファン側にも、選手側にも伺えます。スポーツ・ファン同士で選手やチームの凄さについて口論になると、壮絶な統計デイタの出し合いが繰り広げられ、自分が思う“GOAT"(greatest of all time、「歴史上最強」)を主張します。また、実在する選手を集めて自分だけの架空のチームを作り、他の人の架空のチームと対戦する「ファンタジー・スポーツ」という遊びが人気があるのも、正にその好例といえるでしょう。このゲイムでは、それぞれの選手のシーズン中の実際の成績に応じてポイントが加算され、勝敗が決定します。
一方で、選手側や球団もビッグデイタを活用し、そこから見出した“真実"に基づいて練習法や戦術や戦略を立てるようになりました。2011年の映画『マネーボール』では、オークランド・アスレチックスのジェネラル・マネイジャーが「セイバーメトリクス」(野球においてデイタを統計学的見地から客観的に分析し、選手の評価や戦略を考える分析手法)を用いて球団を再建する姿が描かれています。
こういったことの背景には、アメリカ人の根底にある“プラグマティズム"という思想があるのでしょう。セオリーや日本人が好む“根性"のような不確かな判断材料ではなく、目に見える証拠が大事だとされています。アメリカは土地が広く、社会の基準が「社会」や「家族」ではなく「個人」であるため、人々を繋ぐ共通の“真実"が必要とされ、様々な人種がいる国だからこそ、人を説得するためには客観的な“事実"が必要となるのです。
言い換えると、アメリカ人は統計そのものが好きというよりは、自分の主張が正しいことを示す道具として統計を利用したがるのです。中でも、特に自分の先入観を肯定する統計が好きなのです。これを政治やメディアの世界では “spin"(特定の人に有利になるような、非常に偏った事件や事態の描写や解釈)と言います。こうしたデイタを使って選挙戦を操作する人を“スピン・ドクター"と言います。
このことが顕著に現れたのが、2016年の大統領選挙でした。2000年代以降、「FiveThirtyEight」や「ポリティコ」など、世論調査を分析して予測を行う統計の専門家の活躍が目立つようになりました。「天才統計学者」と称されたネイト・シルバー氏が運営する「FiveThirtyEight」に関していうと、2008年の大統領選では50州中49州で投票結果を正確に予測し、2012年には50州すべてで的中させました。
しかし2016年の選挙では、世論調査などの統計デイタは嘘をつくことになります。シルバー氏は当初、民主党候補のヒラリー・クリントン前国務長官が勝利する確率を86.2%、共和党候補のトランプ氏を13.8%としていました。他メディアの専門家のほとんども、クリントン氏が圧倒的に優勢だとしていました。統計を崇拝していたアメリカ人にとって、トランプ氏の勝利は驚天動地の大事件となったのです。
Our latest polls-only forecast gives Clinton an 86% chance to win the presidency: https://t.co/2uB2oqpXy4 pic.twitter.com/85mhUNJxtP
— FiveThirtyEight (@FiveThirtyEight) October 24, 2016
5.「分からない」と言ってはいけない国
世論調査と実際の選挙結果のズレには、オバマ大統領に対する不満、移民や多民族社会の進行によって肩身の狭い思いをしていた白人の怒り、エスタブリッシュメントに対する不信感、専門家や民主党の奢りなど、様々な原因が考えられます。しかし、あまり取り上げられないもう1つの原因は、アメリカ人は世論調査で嘘をつくからなのではないかと思います。トランプ支持だとは言いたくないが、彼に実際には投票した人が多かったのではないでしょうか。
アメリカでは自分の意見を持つことがとても大事だとされています。学校の教室から会社の会議室まで、指名された時には、はっきりと自己主張することが「デキる人」「頭のいい人」とされます。一方で、黙り込むことや口論に参加しないことは、存在価値のない人だとみなされます。例え見解が客観的に見て明らかに間違っていたとしても、言った人の勝ちの国なのです。
その結果、アメリカ人は「分からない」とは言えないのです。事実関係や詳細を知らなくても、世論調査では黙り込むより無難な選択肢を選びます。むしろ実態が知らない事柄に対しても延々と喋ることができることこそがアメリカ人には必要なのです。話が巧い有能なセールズマンや喋りが面白いエンタテイナーを持ち上げるのは、こうしたアメリカの国民性の表れなのではないでしょうか。
こうした傾向は生活の中でも現れます。車を運転中に道に迷ったとしても、その男は死んでもその事実を絶対に認めません。アメリカ人に道案内を聞く際には、注意が必要です。その答えは十人十色、10人に尋ねれば、10パターンのルートを教えてくれるでしょう。(そして、大抵の人は嘘をついているので、目的地には着きません。GPSが米国で発達したのも、このことが理由かもしれません。)
ポスト・トゥルースの時代が到来し、何かが本当なのか嘘なのかはますます重要でなくなってきました。どんな“事実(ファクト)"や“真実(トゥルース)"でも“フェイク・ニューズ"という一言で蹴ることのできるトランプ大統領がその象徴です。先日、弾劾裁判でトランプ氏に無罪判決が下されたのも、そのことを物語っています。共和党の上院議員たちは、トランプ氏の行動が例え道徳的、あるいは憲法的にいかがわしいとしても、本人が「国のためである」と思ってとった行動であれば、当然認められるべきであると主張しているのです。
Here's what Cocaine Mitch thinks of the Articles of Impeachment pic.twitter.com/WAgxwLKVjE
— Team Trump (Text TRUMP to 88022) (@TeamTrump) February 5, 2020
今回の民主党のアイオワ州党員集会でも、集計の混乱によって結果の発表が大幅に遅れると知った候補者たちは、それぞれの選挙チームが採った内部デイタに基づいて前向きな結果を期待しているという種の発表をしました。ブティジェッジ氏に至っては、フラインイングして一番乗りで「勝利」宣言さえしました。有力候補の中では一番若い彼は、ポスト・トゥルース時代の戦い方にいち早く気づいたと言ってもいいのかもしれません。 (集計の97%が済んだ2月7日現在、ブディジェッジ氏とサンダース氏はほぼ並んでいると報道されています。)
Iowa, you have shocked the nation.
— Pete Buttigieg (@PeteButtigieg) February 4, 2020
By all indications, we are going on to New Hampshire victorious. #IowaCaucuses
数字が苦手だが、統計を利用して自分に有利な物語を作ることに長けたアメリカ人にとっては、喜ばしい時代が到来したのではないでしょうか。
6.今回の衣裳について
「テーラー・フクオカ」の黒いピンストライプのスーツ
「ユニバーサル・ランゲージ」のグレイのストライプのボタンダウン・シャツ
「イセタンメンズ」の黒いソックス
「リーガル」のウィング・チップ・シューズ
「ゾフ」の黒いメガネ