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サシャとジョン・ディグウィードがダンス・ミュージックにもたらした“プログレッシヴ"な革命
  - エレクトロニック・ダンス・ミュージック入門 (6)
  - ルネサンス/グローバル・アンダーグラウンド/バランス | MUSIC & PARTIES #032
2022/05/02 #032

サシャとジョン・ディグウィードがダンス・ミュージックにもたらした“プログレッシヴ"な革命
- エレクトロニック・ダンス・ミュージック入門 (6)
- ルネサンス/グローバル・アンダーグラウンド/バランス

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Mickey K.
風景写真家(公益社団法人・日本写真家協会所属)

目次


1.プロローグ

90年代初頭、英国のクラブ・シーンは、アメリカのハウスやテクノ、ヨーロッパ大陸のユーロ・ディスコなどのダンス・ミュージックを輸入しており、英国独自のハウス・ミュージックはまだ生まれていませんでした。一部アシッド・ハウスをかけるDJはいたものの、音源自体は主にシカゴなど海外から輸入されたものが中心となっていました。また、アンダーグラウンドではレイヴという新しいパーティーの形式は生まれていましたが、そこからビッグ・ビートという音楽ジャンルが生まれるのは90年代半ば以降のことです。

60年代末から70年代初頭にかけてプログレッシヴ・ロックという音楽ジャンルが英国で生まれたように、90年代前半には、“プログレッシヴ・ハウス"という英国独自のハウス・ミュージックのジャンルが生まれました。このジャンルを命名したのは、英国のダンス・ミュージックとクラブ・カルチャーの総合誌「Mixmag」です。編集者のドム・フィリップスが、1992年に記事にこのように述べています。

“Things are changing. There’s a new breed of hard but tuneful, banging but thoughtful, uplifting and trancey British house that, while most at home with the trendier Balearic crowd, is just as capable of entrancing up a rave crowd. Once again, it’s possible to go out and hear mad but melodic music that makes you want to dance. Progressive House we’ll call it. It’s simple, it’s funky, it’s driving, and it could only be British."
「時代が変わりつつある。新しいブリティッシュ・ハウスのジャンルが現れた。それはハードでありながら旋律が美しく、ノリノリでありながら思慮深く、高揚感があると同時にトランスのような興奮状態を引き起こすものだ。それは今流行りのバレアリックのファンにとって最も心地いいものであるだけでなく、レイヴのお客さんを夢中にさせる力もある。もっと言えば、イっちゃっているけどメロディーがあり、踊りたくなるような音楽である。これをプログレッシヴ・ハウスと呼ぼう。それはシンプルで、ファンキーで、勢いがあり、英国出身でしか生まれ得なかった。」

そもそも「Mixmag」は1983年にロンドンを拠点に創刊されたサブカルの雑誌です。当初はDisco Mix ClubというプロのDJ向けのリミックス・レイベルが、16ページの白黒のニューズレターとして発行していました。80年代にハウス・ミュージックが英国に輸入されると、編集者のデヴィッド・シーマンが「Mixmag」をニューズレター形式からダンス・ミュージックとクラブ・カルチャーの総合誌としてリニューアルさせました。アシッド・ハウス・シーンのピーク時には70,000部の配布部数があったとされます。

Disco Mix Clubは他にも、プログレッシヴ・ハウスの出現にいち早く注目し、「Stress」というサブのレイベルも立ち上げました。デヴィッド・シーマンがそのレイベルのA&Rを担当することとなり、シーンの若いアーティスト達を育てていくことに努めていくこととなります。

今回は、英国発のプログレッシヴ・ハウスについて紹介します。


2.サシャとジョン・ディグウィード

90年代以降の英国のプログレッシヴ・ハウス・シーンを牽引してきた最大の重鎮といえば、アレクザンダー・コー(通称・サシャ)とジョン・ディグウィードの2人です。

サシャは、1969年にウェールズで生まれました。88年にマンチェスターの「ハシエンダ」でアシッド・ハウスと出会い、それ以降毎週のように通うようになり、すぐにマンチェスター近郊に引っ越します。自らジャズ・レコードを買い始め、独学でミックスの仕方を学びました。レコードを購入する資金を集めるために違法レイヴでDJプレイするようになります。80年代末にハシエンダのレジデントDJのジョン・ダシルヴァのコネでハシエンダでも回すようになり、ダシルヴァに“ビートマッチング"や“キイ・ミクシング"などミックスの技術の基本を教えてもらいました。

サシャが自分のスタイルを確立し、アンダーグラウンド・シーンでブレイクするきっかけとなったのが、90年にストーク=オン=トレントの「Shelley’s Laserdome」というクラブでプレイするようになったことでした。90年代初頭には、デイヴ・シーマンもこのクラブのレジデントDJとして活動していました。サシャはアシッド・ハウスとイタリアのピアノ・ハウスやアカペラのヴォーカルをミックスしたファンキーなサウンドで注目を集めるようになり、すぐにレイヴ・シーンの中心的人物になります。1991年には「Mixmag」の表紙を飾った初めてのDJとなりました。その時の表紙の文言は“Sasha Mania: The first DJ pin-up?"(サシャ・マニア。最初のピンナップDJの出現か?)

その後、「Shelley’s Laserdome」のクラブ周辺で多発していたギャング問題を受けて、サシャはそのクラブを去ることとなります。それに代わってレジデントを務めるようになったのが、英国のミッドランド東部に位置するマンスフィールドにできた「ルネサンス」というクラブでした。そこでサシャはジョン・ディグウィードと出会うこととなります。

ジョン・ディグウィードは、1967年に英国南東部の海岸沿いのヘイスティングズで生まれました。ティーネイジャーの頃からDJをはじめ、クラブ・パーティーを自らオーガナイズするようになりました。やがてヘイスティングズ埠頭でレイヴを開催するようになり、カール・コックスからザ・プロディジーまで、ダンス・ミュージックの名だたるアーティストたちをブッキングするようにまで成長します。その結果、インバウンドによって地元ヘイスティングズの経済が潤う程になりました。

ディグウィードは1993年にルネサンスのオーナーにミックス・テープを送ります。オーナーがそれを聞こうとした時にたまたまサシャも居合わせ、2人はディグウィードのプレイに魅了され、ディグウィードはルネッサンスのレジデントとなります。サシャとディグウィードはその後間も無く“バック・トゥ・バック"のプレイをするようになり、互いに切磋琢磨していきます。1994年2月にサシャは再び「Mixmag」の表紙を飾ります。この時の見出しは“Sasha: son of god?"(サシャ:神の子?)というものでした。

2人のバック・トゥ・バックのプレイがあまりにも息が合っていたことから、1994年10月に『Renaissance: The Mix Collection』という3枚組のミックス・コンプレイションをリリースしました。ルネサンスが独自のプログレッシヴ・ハウスのレイベルを立ち上げることに伴ってリリースされた本作は、初めての商業目的のミックス・アルバムだと言われています。このアルバムのヒットによって、ミックスCDのコンピレイションはプログレッシヴ・ハウスのサウンドを普及させる上でとても重要な役割を果たしていくこととなりました。

ディグウィードとニック・ミュアが「ベッドロック」という別名義で1993年に発表していた収録曲『フォー・ワット・ユー・ドリーム・オヴ』は、ダニー・ボイル監督の『トレインスポッティング』のサントラにも使用され、注目を集めました。その結果、前述のレイベル「Stress」からシングルが再リリースされることとなりました。ディグウィードは1999年に「ベッドロック・レコーズ」というレイベルを自ら立ち上げ、現在に至るまで数々のアーティストたちの音源をリリースしています。

その後、1994年から2000年までサシャとディグウィードは、ソロとコンビとして、ルネサンスやその他のレイベルから多くのミックスCDを発表します。こうした2人は、DJの活動を通してプログレッシヴ・ハウスの普及と進化に努めていきました。いくつかのアメリカ・ツアーを経て、サシャとディグウィードはジュニア・ヴァスケズもレジデントDJを務めていたニューヨークの人気クラブ「トワイロ」のレジデントDJとなり、2001年に閉店するまで毎月開催していたパーティーは伝説のイヴェントとなりました。2002年には、2人はツアー・バスに乗り込み、アメリカ全国の会場を回る大規模なツアーを行いました。その様子を追ったドキュメンタリー『Sasha & John Digweed present DELTA HEAVY』も製作されました。サシャとディグウィードのプログレッシヴ・ハウスは、ビッグ・ビートの大物アーティストたちと比べると知名度は低かったものの、DJがコンサート・ツアーを行うためにバスでアメリカを横断することは異例のことでした。


3.プログレッシヴ・ハウスを普及させたDJミックス・コンピレイションというもの

サシャとジョン・ディグウィードはミックス・コンピレイション『Renaissance: The Mix Collection』のヒットを受けて、1996年にロンドンのハウス・ミュージックの殿堂「ミニストリー・オヴ・サウンド」から『Northern Exposure』というミックス・アルバムをリリースしました。1枚目はプログレッシヴ・ハウスを中心とした「北」、2枚目はテクノとトランスを中心とした「南」と名付けられ、リスナーを旅に連れて行くということをコンセプトとしています。本作はプログレッシヴ・ハウスの方向性を決定づけた歴史的な作品とされています。

『Northern Exposure』の成功の影響で、それ以降「旅」というコンセプトはミックス・コンピレイションの定番となっていきました。1996年に立ち上げられたトランスとプログレッシヴ・ハウスのレイベル「グローバル・アンダーグラウンド」は、世界各国のエキゾチックな場所を訪れるDJという職業に着想を得て、世界中の都市をテーマにしたミックス・コンピレイション・シリーズをスタートさせます。デヴィッド・シーマン、サシャ、ジョン・ディグウィード、ポール・オーケンフォールド、ダニー・テナグリア、ダレン・エマーソン、ディープ・ディッシュ、カール・コックスなど名だたるDJたちがこのシリーズで作品を発表しています。このCDがユニークだったのは、都市の目玉となる観光地をバックにフォトジェニックでないDJを立たせるというジャケット・デザインでした。

これ以外にも、イビザ島の名物バー「カフェ・デル・マー」が、独自のレイベルからチルアウトのコンピレイションをリリースしています。地中海に旅行しているかのような気分にさせてくれる、リラックス効果抜群の人気シリーズです。

サシャとディグウィードの成功によって、クラブが自らレイベルを持ち、そのサウンドの認知度を高めるためのツールとしてミックス・コンピレイションをリリースするというビジネス・モデルが定着しました。ルネッサンスやミニストリー・オヴ・サウンド以外にも、ドラムンベイスを中心に英国のアンダーグラウンド・クラブ・シーンを代表する「ファブリック」、ドイツのテクノの重鎮スヴェン・ヴァスの「コクーン」などのクラブも多くのコンピレイションを発表するようになります。2000年代には、日本の大箱クラブ「ageHa」や石野卓球の屋内テクノ・レイヴの「WIRE」もコンピを発表し、日本のクラブ・シーンを盛り上げました。

近年、ネット配信の発達と普及によってDJのミックス・コンピレイションの市場は縮小していますが、一部のファンの間では、今尚高い人気を集めています。ルネサンスは、クラブを2007年に閉店しましたが、レイベルからは今では年に数回のシングルを発表しています。プログレッシヴ・ハウス好きには、現在も続くグローバル・アンダーグラウンドのコンピや、オーストラリアを拠点とする「バランス」というレイベルのコンピもオススメです。一方、プログレッシヴ・ハウスの2人の重鎮も今でも活動を続けています。サシャは2000年代以降、オリジナル・アルバムとミックスCDの要素を融合させた『Involver』というアルバム・シリーズを発表しています。ジョン・ディグウィードはクラブ・パーティーのDJセットを一部もしくは全てを収録した『ライヴ・イン・・・』シリーズを定期的にリリースし続けています。

オススメのプログレッシヴ・ハウスのDJミックスCD


4.プログレッシヴ・ハウスの“進化"

ダンス・ミュージックの永遠のテーマの1つとなっているのが、プログレッシヴ・ハウスをどのように定義すればいいかという問題です。「プログレッシヴ」とはそもそも「進歩的」という意味であり、本来は世代ごとに国家や社会を理想的な形へと変革していこうとする「進歩主義者」を指す言葉です。MUSIC & PARTIES #018でも取り上げたように、60年代後半に英国で生まれた、ロック・ミュージックにクラシックやジャズの要素を取り入れた音楽は「プログレッシヴ・ロック」と呼ばれました。

一方、「プログレッシヴ・ハウス」というジャンルの音楽は、簡単にいうと、音の要素を段階的に足したり引いたりしながら進行するダンス・ミュージックのスタイルで、ポップ音楽にあるような分かりやすい「Aメロ」「Bメロ」「サビ」が存在しないことが特徴の音楽のことです。また、“普通のハウス"にはコーラス(ヴォーカル)に当たる部分があるのに対してプログレッシヴ・ハウスには基本的に声のパートは存在しません。また、トランスやメインストリームのEDMには「ドラムロール」や「スネアロール」を用いた臨場感を生み出すビルドアップと、「ドロップ」と呼ばれるわかりやすい展開を用いることでオーディエンスを沸かせる定番の構成がありますが、プログレッシヴ・ハウスはより流動的な構成をしています。また、ディレイやリヴァーブなどのエフェクトを用いることによって「空間を作り出す」のも特徴の1つといえます。目の前に風景が思い浮かび、DJに旅に連れて行かれているような感覚にさせてくれるスタイルなのです。

プログレッシヴ・ハウスには“アンチ・レイヴ"という側面もあります。人気のある曲を次々と繋げたり、単純にテンポが早く、音が激しかったりする曲をかける典型的なレイヴでのスタイルに対して、プログレッシヴ・ハウスは、より洗練された上品なサウンドが特徴です。「ルネサンス」というクラブ/レイベル名が正にそれを物語っています。ルネサンスのミックス・コンピレイションのジャケット・デザインにはルネサンス期のクラシカルな美しい絵画が用いられています。

一方で、プログレッシヴ・ハウスはプログレッシヴ・ロックとも比較されるようになり、所詮ダンス・ミュージックなのにまるで現代のクラシカル・ミュージックになったかのように気取ったスタンスを批判する声が増えます。2000年以降、プログレッシヴ・ハウスのDJたちは90年代のそれまでのサウンド・スタイルに囚われない、様々なジャンルの曲をプレイするようになります。結果的に「プログレッシヴ・ハウス」というサウンドはどんどん細分化され、そのサブジャンルの定義がどれもはっきりしないまま各々が進化し続け、現在に至ります。

その代表例が“テック・ハウス"という、テクノのハードなビートとハウスのメロディーやグルーヴを融合させたサブジャンルです。言い換えれば、テクノあるいはハウスに分類できないトラックをテック・ハウスと呼ぶようになった、といったほうが正確かもしれません。サシャやジョン・ディグウィードもテック・ハウスに分類されるトラックを発表していますし、テクノとハウスを独自の感覚でミックスするカール・コックスもテック・ハウスのDJとされることも多いです。前述のロンドンのナイトクラブ「ファブリック」ではヨーロッパやアメリカのテック・ハウス系のDJの多くがプレイしており、多くのミックス・コンピレイションをリリースしています。テック・ハウスのサウンドを象徴するトラックといえば、ドイツ出身の2組のデュオ、「M.A.N.D.Y.」と「ブカ・シェード」が2005年にリリースした『Body Language』です。

また、サシャの弟子であるジェームズ・ザビーラもテック・ハウスDJに分類されることがありますが、彼の場合は、最新の機材(テクノロジー)を用いた技術的に卓越したパフォーマンス・スタイルを指す意味での“テック・ハウス"というのがふさわしいかもしれません。

このようにプログレッシヴ・ハウスは2000年代以降、よりディープなサウンドを求めたDJたちによって細分化が進み、同時に1つのサブジャンルのレイベルには納まらないスタイルを追求していきました。

一方で同時期に、プログレッシヴ・ハウスをよりメインストリームな方向に進化させたDJたちもいました。エリック・プリッヅやスウィディッシュ・ハウス・マフィアなどのスウェーデン出身のDJたちです。彼らは、プログレッシヴ・ハウスのサウンドをベイスにトランスのドラムや大げさなメロディーを取り入れるようになりました。一方で北米でもDeadmau5やKaskadeというDJがプログレッシヴ・ハウスにトランスの高揚感やエレクトロのファンキーさを取り入れ、エレクトロ・ハウスというスタイルを確立していきました。この世代のアーティストたちが2010年前後にブレイクしたことによって、プログレッシヴ・ハウスはメインストリーム化され、このスタイルがやがて“EDM"として知られるようになります。(この流れについては次週細かく取り上げます。)

2000年代以降のプログレッシヴ・ハウスのオススメの作品


5.エピローグ

2020年現在、エレクトロニック・ダンス・ミュージックのDJたちが音楽フェスでプレイすることはごく普通のこととなりました。それによって、ポップ・ミュージックなどメインストリームな音楽を好むファンにとっても、大物DJの60分〜90分に及ぶコンパクトなセットを立て続けにいくつも観ることも楽しみの1つとなりました。

ところがDJが本領を発揮できるのは、少なくとも2時間(例えば2枚組のミックス・コンピレイション、あるいは「エッセンシャル・ミックス」などのレイディオ番組の長さ)、理想的には4〜5時間ロング・ミックス(レジデントDJがプレイする時間)の中でのことです。8時間強のオールナイト・セットでお客さんを魅了するDJもいます。こうした長時間のDJプレイによって初めてお客さんに"非日常”を体験させたり、“旅”に連れていくことができるからなのです。それに比べて、音楽フェスでの短いパフォーマンスというのは、最初から最後までアクセル全開で行かざるを得ないのです。段階的にビルドアップしてブレイクダウンしていくプログレッシヴ・ハウスというジャンルは2枚組のミックス・コンピレイションやロング・セットが向いているといえるのではないでしょうか。

近年、「Soundcloud」「Mixcloud」「Spotify」など音楽ストリーミング・サーヴィスの出現によって、74分間というCDの時間制限に囚われる必要性がなくなり、その結果ミックスCDの市場が縮小してきました。また、あらゆるDJがインターネット・レイディオ番組やポッドキャストを持てるような時代となったことでCDのニーズは少なくなってきました。サシャは『Last Night on Earth』というポッドキャストを毎月配信していますし、ジョン・ディグウィードは『Transitions』というインターネット・レイディオ番組を毎週放送しています。そもそもミックス・コンピレイションは異なるレイベルの作曲者・制作者から様々な曲を集めて成り立っているため、それをリリースするためには各レイベルや著作権者からの許可を個別に取る必要があり、とても手間のかかる形式なのです。そのためほとんどのCDは一回のみプレスされ、すぐ廃盤となる運命を持っています。

新型コロナウイルス感染症の拡大により、世界的にクラブ・パーティーや音楽フェスは次々と延期もしくは中止となり、夏のイビザ島のクラブ・シーズンもどういう形で実施されるのかが注目されています。DJをはじめとする世界中のパーティー・ピープルも外出自粛をしています。そんな中、「YouTube」や「Periscope」などの動画配信サーヴィスを使って、ネット上でライヴのDJセットを配信するDJも増えています。カール・コックスは先日、3台のターンテイブルを用いて90年代のレイヴ音楽のミックスを「Periscope」で配信し、話題となりました。一方で、「Instagram」は無許可の音楽を使用したライヴ配信を取り締まることを5月末に発表しました。

個人的に不満なのが、音楽ストリーミング・サーヴィスの音質の悪さです。「Soundcloud」はもともと128kbps のMP3クオリティー(オリジナル・データに比べて約11倍の圧縮率)の音質で、2018年には「64 kbps OPUS」という、レイディオ同様もしくはそれ以下のレヴェルに変更しました。電車の中などでスマフォと同封されたエアフォンで聴く分には違和感がないかもしれませんが、それなりの機材を持っているリスナーにとっては、聴くに耐えないクオリティとなっています。「Soundcloud」のプレミアム・ユーザーでさえ、256kbps AAC (320kbps MP3相当)のクオリティとなっており、CD(16 bit/44.1kHz)に比べるとその音質は大きく劣っています。

YouTubeは最大で256kbps AAC(320kbps MP3相当)、ほとんどの場合は128kbps AAC以下の音質で配信されています。Periscopeも128kbps AACという低い音質で配信しています。いずれも音源データをアップロードしているDJが悪いというよりかは、音楽ストリーミング・サーヴィスがデータを軽くするために高音質のファイルを何倍にも圧縮して配信していることが原因なのです。

世の中にはBigBrotherがGEAR & BUSINESS #010で紹介したようなハイレゾ配信のサーヴィスは存在するものの、現時点で最高音質で楽しめるのは主にクラシックやジャズ、一部のポップやR&Bの音楽です。その点、エレクトロニック・ダンス・ミュージックは依然にしてアンダーグラウンドのままのようです。結局、エレクトロニック・ダンス・ミュージックは自宅で聴くための音楽ではなく、ナイトクラブなどの空間で優れたサウンドシステムを通して全身で感じる音楽なのです。現在のDJのポッドキャストやネット配信はあくまでプロモーション活動であり、お客さんをクラブに呼び込むためのものなのです。

このコラムで見てきたように、ミックス・コンピレイションというものも、ももともとはクラブやレイベルのプロモーションの目的で制作されたものです。それでも「ルネサンス」「グローバル・アンダーグラウンド」などのプログレッシヴ・ハウスをはじめとする、本当に優れたミックス・コンピレイションは、それだけで1つの作品として成り立っていることも事実です。現在では入手困難、あるいは入手不可能になった作品が多いですが、このコラムの中ではなるべくアマゾンで新品で入手できるものをセレクトしましたので、是非一度聴いてみて下さい。


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