1.プロローグ
これまで「有力ラケット・メイカーの人気モデルの違い」シリーズでは、
・ウイルソン
・ヘッド
・バボラ
・ヨネックス
を取り上げてきました。
今回は「プリンス」「スリクソン/ダンロップ」「ブリヂストン」のラケットを紹介します。
2.ボール・マシンのメイカーとして設立された「プリンス」
「プリンス」は1970年にアメリカ合州国・ニュー・ジャージー州でテニスのボール・マシンのメイカーとして設立され、その後ラケットも製造するようになりました。
実は、その背景には「ヘッド」の創業者であるハワード・ヘッドが大きな役目を果たしました。ヘッド氏は1969年に会社を売却し引退すると、テニス・レッスンを始めたのです。その時にプリンスのマシンを使って練習していたそうなのですが、当時のラケットはフェイスがとても小さくてなかなかボールが当たらず、苦労しました。それをなんとかしようと70年代前半にプリンス社に加わっていわゆる“デカラケ"を考案しました。
世界的に大人気になった“デカラケ"『プリンス・オリジナル・グラファイト・オーヴァーサイズ』は、80年代にアンドレ・アガシ選手(アガシ選手はキャリア後半では「ヘッド」のラケットを使用しています)、錦織圭選手のコーチとして知られるマイケル・チャン選手、アルゼンチンの女性プレイヤーであったガブリエラ・サバティーニ選手が使用したことでも知られます。(現在も107平方インチのフェイス面の『クラシック・グラファイト107』として改良の加えられた後継品が販売されています。)
プリンスは、2012年には1度倒産しましたが、その後再建され、現在はアメリカの中でもクラブ・プレイヤーの人口が特に多いという理由でジョージア州・アトランタを本拠地としています。近年では、ダヴィッド・フェレール選手(2016年頃まで)やダブルズで有名なブライアン兄弟(2017年頃まで)や日本の杉山愛選手がプリンスのラケットを使用していました。
現在は、アメリカのナンバー・ワン・プレイヤーである(2020年1月現在)ジョン・イズナー選手が『Textreme Beast 100』というラケットを使用しています。また、フランスのルカ・プイユ選手が『Textreme Tour 100P』を使用しています。 (日本ではグローブライド社がライセンス販売を行っており、海外での商品ラインアップと多少異なっています。例えば『Textreme Beast 100』は海外製品ですが、『Textreme Tour 100P』は日本でも販売されています。)
プリンスは日本では今や、かつての人気は失われてしまっていますが、アメリカのテニス・クラブや大学レヴェルのプレイヤーには根強い人気を持っているメイカーです。『Textreme Beast 100』『Textreme Tour 100』などは、特に人気が高く、米国では、プリンスも他社に比べ、値段も安めなので、アマチュアでもストリングを揃えた同じラケットを3~4本所有して使用しているプレイヤーをよく見かけます。
3.「プリンス」のラケットの楽しみ方
「プリンス」のモノのストリングである『シンセティック・ガット・デュラフレックス』は5ドル程度で入手できるので、頻繁に張り替え、常にフレッシュな状態で使用するというスタイルが普及しました。カラー・ヴァリエイションも豊富で、女性やキッズにも人気があります。
アメリカでは、テニス・クラブのクラブハウスなどで、5ドルとか無料でストリングスの張り替えを行なってくれるのもこうしたスタイルにつながっているのだと思います。個人でもストリングを張るマシンを持っていて、ガラージで自分で色々なテンションに張り替えるのが趣味だという人も沢山います。“DIY"の文化のあるアメリカらしい楽しみ方だと思います。
日本人は、ゴルフやスキーでも言えるのですが、技術や体力もないのに、トップ・プロと同じ製品を購入して、自己満足している人がとても多いようです。アメリカ人は、自身に適した、適切な値段の用具を見つけ、更に自ら手を加えて、調整して使うことに楽しみにしている人が多くいます。
ストリングスはもちろんのこと、グリップについても、オーバーグリップ(上巻き)だけでなく、アンダーグリップ(下巻き)を変更したり、ラケットのフレイムに鉛などを貼ってバランスを調整したりして、自分にフィットしたラケットを作り出していくところがあります。
自分のレヴェルに合っていない高価なプロ・モデルのラケットを購入し、購入した時からそのままずっと使っている性能の落ちたストリングスを使い、手垢で汚れた白のグリップテープをしたまま、一本だけのラケットを無理やりバックパックに入れている日本人のプレイヤーを見ると、がっかりした気分になります。
4.「スリクソン」と「ダンロップ」の関係
「スリクソン」は、住友ゴム工業の子会社のダンロップ・スポーツが所有する、テニスとゴルフのブランドで、海外のテニス市場では、「ダンロップ」というブランド名で認知されています。
ダンロップ・スポーツは1910年に英国でラケット・メイカーとして創業され、2017年に住友ゴム工業に買収されました。その後、スリクソンのラケット技術をダンロップのラケットに導入した『CX』『CZ』ラインが発表されました。
海外では、スリクソンというブランドは、松山英樹選手が使用しているゴルフ・クラブとボールという認識が一般的です。
スリクソン/ダンロップのテニス・ラケットを使用しているプロ選手は、男子ではケビン・アンダーソン選手、女子では奈良くるみ選手や土居美咲選手が有名です。他にも、前述のマイケル・チャン氏も現在スリクソンのラケットを推奨しています。
スリクソンのラケットは、全体的に振り抜きがよく、パワー・アシストもあるので、初・中級のプレイヤーに合わせた商品がオススメです。
また、中・上級のオールラウンダーには、『REVO CZ98D (285 g)』、ハードヒッターには土居美咲選手が使用している『CX 200 16×19』、スピン系の攻撃的なプレイヤーには、奈良くるみ選手の使用しているいわゆる“黄金スペック"の『REVO CV 3.0 (300 g)』が、日本人にはよく合っているのではないでしょうか。因みにアンダーソン選手は305 gの『CX 200 16×19』より10 g重い『CX 200 TOUR 18×20』を使用しています。
5.タイヤ・メイカーとして世界的に有名な「ブリヂストン」のテニス・ラケットの特徴
ブリヂストンは、東京に本社を置くタイヤ・メイカーです。2005年にはフランスの「ミシュラン」社を抜き、世界最大手となりました。
グループの子会社である「ブリヂストンスポーツ」は、ゴルフ・クラブやテニス・ラケットを製造しています。世界のテニス市場においてはそれ程有名ではないものの、日本の国内市場には、かなりの人気のあるラケットをリリースしています。
全国レヴェルの高校生プレイヤーや大学の体育会で活動する選手の多くが、ブリヂストンのラケットを使用しています。
ブリヂストンのオススメのラケットは上級者向けの『X BLADE Rs 300』という“黄金スペック"のモデルです。パワーとコントロール性のバランスが良く、オールラウンダー向けの一本だと思います。
ブリヂストンは、様々なカスタマイズにも対応してくれるので、大学の体育会のレヴェルの選手にとっては、要チェックなメイカーと言えます。
6.エピローグ
これまで5回に渡り、有力なテニス・ラケット・メイカーとその主要ラインアップについて紹介してきました。それぞれのブランドのラケットを使用しているプロ選手も紹介することで、ブランドの個性や、どのようなプレイ・スタイルに向いているかも少し分かっていただけたのではないでしょうか。
テニスをこれから始める人や、上達したい初・中級のプレイヤーは、1本のラケットにこだわるのではなく、様々なラケットを試すことで自分に合ったラケットを見つけるようにして下さい。ストローク用、サーヴ用、ダブルズ用など、練習や状況によってラケットを変えることもステップ・アップへのヒントになるかもしれません。
その中で最も注意すべき点は、自分のフォームやスウィングを崩すようなラケットではなく、フォームやスウィングを“教えてくれる"クセのないラケットを選ぶことです。
ラケットを引くテイクバックをする時に、ボディ・ターンや体重移動が苦手な初・中級のプレイヤーが重量の軽いラケットを選ぶと手で“こねる"スウィングが身についてしまいます。スウィートスポットでボールを打つことが苦手な初・中級のプレイヤーが大きなフェイス・エリアのラケットを選ぶと余計タッチが悪くなります。こういったことによって間違ったフォームのクセがつき、上達しないばかりか、中長期的に怪我の原因にもなってしまいます。
もちろん、どのくらい真剣にトレーニングに取り組むかや、体格や年齢も考慮した上でラケットは選ぶべきです。テニスを単純に楽しみたいのであれば、フェイスやスウィートスポットが小さいラケットを選んでもボールがうまく返せずイライラするだけですし、シニア・プレイヤーであれば“デカラケ"やパワーのアシストのあるラケットを選ぶことをオススメします。
合わせて、ガットが切れたり、オーバーグリップがボロボロになるまで使い続けるのではなく、それぞれをフレッシュな状態に保つことで、ラケットの力を最大限に引き出すことができることも忘れないで下さい。