1.プロローグ
大都市で暮らす最大のメリットは、小劇場とミニシアターがあることだと思っています。多種多様な人々が生活しているからこそ、経済効率性の悪い小劇場やミニシアターでも存在できるのです。
渋谷という街は、実に様々な魅力を持っていますが、その1つはミニシアターが充実していることでしょう。
ミニシアターとは、大手映画配給会社の傘下にない、独立して運営されている定員200人以下の小さな映画館のことです。
シネコンが定員200人×15スクリーンを標準としはじめたことにより、最近は、ミニシアターという分類は意味がないという考え方もあるようですが、渋谷に関して言えば、キャパシティの問題とは別に、スタイルとしての“ミニシアター"は、現在も存在しています。
シネコンの大スクリーン+大音量のサウンドで鑑賞するのと、自宅でテレビやPCで見るのとも異なり、ミニシアターには、独特な空気が流れています。
“ハコ"ごとの作品のセレクションは、もちろん、そこに集まっている人々のこだわりにもとても興味深いものがあります。
2.アップリンク
*アップリンク渋谷は、2021年5月20日をもって閉館することが発表されています。今後は「アップリンク吉祥寺」「アップリンク京都」を拠点とし、“オンライン・セレクトシネマ"『アップリンク・クラウド』にて映画を視聴することができます(日本国内のみ)。
アップリンクは、今ハヤリの“奥渋"に2006年に移転オープンした、とてもこだわりの強い多目的施設です。
3つの小さなスクリーンのほか、ギャラリー、マーケットのほか、1階には『Tabela 』という多国籍料理のカフェ・レストランも併設しています。
映画だけではなく、トーク・ショーやライブ、パフォーマンス、ワークショップなども開催され、アップリンクが運営しているwebDICEは、カルチャー系のポータル・サイトとして根強い人気を博しています。
僕にとって特に思い出深かったのは2013年に『HAFU』というハーフについてのドキュメンタリー映画をここで見たことでした。そこから僕はSNSを通して日本と世界にいるハーフとより関わりを持つようになりました。
●アップリンクが携わったオススメの映画
3.ユーロスペース
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クラブとラブホの街、円山町にあるKINOHAUSは、とてもユニークな施設です。3階には、ミニシアター『ユーロスペース』のスクリーン、2階にはライブハウス“ユーロライブ"、地下1階から2階までの3フロアには、「映画美学校」が入っています。
ユーロスペースは、映像の製作、配給も手がけています。
アッバス・キアロスタミやアキ・カウリスマキ、フランソワ・オゾンといった個性的な映画監督の作品を配給したり、ウェイン・ワン、ジャン=ピエール・リモザン、レオス・カラックス、黒沢清、塩田明彦などエキセントリックな監督の作品を製作しています。
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●ユーロスペースが携わったオススメの映画
4.シアター・イメージフォーラム
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青山学院大学の近くにある『イメージフォーラム』は、とても渋谷らしいミニシアターといえるでしょう。
劇場としては、2つのスクリーンを持つほか、映像作家の育成、実験映画の製作・配給なども行っています。
井口奈己、タナダユキ、岩田ユキなど、近年人気の女性映像作家もイメージフォーラム映像研究所の修了者です。
<VENUE INFO>
●シアター・イメージフォーラムが携わったオススメの映画
5.ル・シネマ
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『ル・シネマ』は、『東急Bunkamura』にある2スクリーンのミニシアターです。
開館当初は、フランスを中心としたヨーロッパ映画に力を入れていましたが、近年は、作家性や個性のあるアジアやアメリカの作品も上映しています。
この劇場のもう一つの特徴は、大きめのパンフレット/プログラムです。質の良い紙、美しい印刷、それにシナリオも掲載されています。
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●ル・シネマで上映されたオススメの作品
6.エピローグ
渋谷の東急本店の前で、ラクロスの棒をバックパックにさし、有名大学の名前の入ったスエットを着た“スマホ歩き"をしている大学生が、BigBrotherにぶつかりました。彼は、謝りもせず、松濤の住宅街へ消えて行きました。
「今年(2018年)は、明治維新から150年となる年なんだよね。日本人は、この150年間、欧米へ追いつき追い越すために、本当に努力をし続けてきたのだと思うんだ。その結果、経済的、物質的には、欧米に追いついたのかもしれない。でも、日本人は、それで本当に幸福になれたのだろうか?」とBigBrotherは、話し始めた。僕とBigBrotherはBunkamuraの横を通っていた。
「ヨーロッパには、"ノブリス・オブリージュ"という概念があるんだ。身分の高いものや財産を持っているものは、それにふさわしい義務を負うという考え方だよ。アメリカにおいては、“チャリティ"という概念がある。富めるものは、貧しい人に施しをしなくてはならないという考え方だよね。日本においても江戸時代までには、『儒教』や『武士道』の一部として、似たような観念があったんだ。」とBigBrotherは、熱く語り続ける。
「しかし、今の日本人は、個人主義と拝金主義という『宗教』に取り憑かれているのではないだろうか。政治屋(politician)は、自身が選挙で当選することと不倫にしか興味がなく、高級官僚は、出世とセクハラにしか関心がない。医者や弁護士は、儲けのことしか考えていない。こうなってしまったのは、日本では専門家(スペシャリスト)ばかりを尊び、インテリ(ジェネラリスト)を過小評価してきたからなんだろう。」
二人は、アップリンクの前を通り過ぎ、暗渠になっている宇田川の遊歩道を歩き続ける。
「欧米におけるエリートは、リベラル・アーツ(教養)の重要性を信じている。学問的な知識だけではなく、文化・芸術への関心やスポーツの能力についてもその人物の人格の一部と考えてる。当たり前のことだが、学校の成績や大学の偏差値、会社の規模や年収の高低によって、人間は幸福になるものではない。しかし、今の日本人は、この常識さえ失ってしまっているんだ。」
僕とBigBrotherは、NHKの西口の前を歩き続けた。
「人間を幸福にするものは、家族や友人との関わりなんだよ。趣味や教養に基づいた会話や食事が人を幸せな気持ちにさせる。そんな会話をするには、読書をしたり、映画を観たり、音楽を聴いたり、芸術に触れたり、旅に出たり、スポーツをしなくてはならない。今の日本人には、残念ながら、スマホのための時間とお金はあるのに、『教養』のためのそれを持ち合わせていないんだ。」
二人は、代々木公園の下の交番のある交差点に出て、信号を待っている。5人のサラリーマンが全員、スマホを熱心にいじっている。
「週に一度でいいから、ビジネスマンも『ミニシアター』に行って、世界各国の映画を観て欲しいよ。一年で50本、5年で250本の映画を観れば、人生の意味が分かるはずなんだが、さもなければ、1年間Bunkamuraで触れることのできるコンテンツを全て体験してもらいたい。展覧会も、クラシック・コンサートも、演劇も、バレエもそして、映画も。そうすれば、『芸術』とは何かが少しは分かるはずだよ。寺山修司に倣えば、『スマホを捨てよ。Bunkamuraへ行こう』である。」
僕とBigBrotherは、事務所についた。