1.プロローグ
今回インタビューしたバート・レイトン監督は、長編ドラマとしては初監督作品となる『アメリカン・アニマルズ』のプロモーションのために来日しました。『アメリカン・アニマルズ』は、に米国・ケンタッキー州に暮らす4人の大学生が、大学図書館に保管されている時価1,200万ドルの画集『アメリカの鳥類』などを狙った2003年に実際に起こった強盗事件を題材にした作品です。
2.『アメリカン・アニマルズ』は“ハイブリッド"スタイルのクライム・ドラマ
『アメリカン・アニマルズ』の魅力は、様々な要素を融合した“ハイブリッド"スタイルの映画であるところです。例えば、“実話に基づいた話"ではなく“実話である"ことを謳っている本作は、クライム・スリラーでありながら、同時にドキュメンタリーの要素を多分に含んでいます。犯人を含む、この事件に実際に関係した本人たちが次々と登場しています。そして、アメリカらしさ、英国らしさ、日本らしさが入り混ざっているところが興味深いポイントです。
こういう強盗に挑もうという発想自体に、アメリカ人ならではの大胆さがあると言えます。強盗計画を立てた経験などなかった主人公4人は、ハリウッドの強盗映画(“heist movie")を参考に準備を進めます。施設の模型。変装。逃走車。今回のインタヴューでも、英国出身のレイトン監督は、ハリウッド映画を見て育ったと話し、アメリカで起きる事件の規模にいつも驚かされていたと語っていました。監督は、ロマンのあるハリウッド的な映画では描かれない緊張感やドタバタや予期せぬ事態を丁寧に描くことで、センセイショナルな内容をいたって冷静な目で取り扱っています。
英国のテレヴィ・ドラマや映画の定番のテーマといえば、階級社会でしょう。特に英国で製作されるクライム映画は、下層階級の人が上層階級や貴族階級を夢見て犯行に走るというストーリーが多く描かれます。しかし、本作が題材にしている強盗事件は、それなりに裕福な家庭で育った4人が計画・実行したものです。レイトン監督は、経済的な不自由のない4人がなぜこのような事件を起こしたのかを描くことで、アメリカ社会の裏側を客観的な視点から迫っています。
最後に、本作を通して明らかになるのが、4人の間には芥川龍之介の『藪の中』を彷彿させる記憶の食い違いが起こります。真実が何であるかがあやふやになるのです。ハリウッド的なわかりやすい勧善懲悪の話ではなく、グレイな物語なのです。そうした背景があるので、レイトン監督はわざわざ来日して初長編ドラマを売り込む意義があると考えたのではないでしょうか。監督と対面してそういう印象を受けました。
『アメリカン・アニマルズ』は、アメリカの事件を、イギリス人の視点から、日本的なストーリーの展開の仕方を用いて製作された作品といえます。
3.バート・レイトンのプロフィールと代表的な作品の紹介
バート・レイトン(1975年~)は、英国出身の映画監督です。舞台監督と彫刻家の両親に生まれ、若い頃から映画監督か画家になることを目指します。大学卒業後にテレヴィの制作会社で働き始めました。2012年にドキュメンタリー『The Imposter』で監督デビューし、『アメリカン・アニマルズ』は長編ドラマとしては初監督作品となります。
『The Imposter』(2012年)
フランス人の詐欺師フレデリック・ブルダンが、行方不明になっていたアメリカのティーネイジャーになりすまし、家族にまで受け入れられた1997年に実際に起きた事件を題材にした、2012年ドキュメンタリー映画です。本作でレイトンは、英国映画テレビ芸術アカデミー(BAFTA)の最優秀デビュー賞を受賞しました。
『アメリカン・アニマルズ』
長編ドラマとしては英国人のレイトン監督の初監督作品となる本作は、2003年にアメリカで起きた強盗事件を題材にしたクライム映画です。米国・ケンタッキー州を舞台に、退屈な生活をしている、特別なことを成し遂げたいと思った大学生4人が、大学図書館に保管されている画集『アメリカの鳥類』を狙うことを決めます。映画の中には事件を起こした本人たちも登場し、ドキュメンタリーとドラマを融合させた構成となっています。
4.この日の衣裳について
「グローバルスタイル」のチャコール・グレイのダブル・ブレスト・スーツ
「麻布テーラー」の白いストライプのクレリック・シャツ
白い生地に2mm程の太さの青いストライプが施されています。襟はセミワイドで袖先はダブル・カフス、フロントは裏前立て(帯状の細長い生地の折り返しがシャツの裏に隠れていること)になっています。
インタヴュー用ということでネクタイを締める前提でオーダーしたのですが、1つ重要な点を見落としていました。今までオーダーしていたシャツのほとんどはノー・ネクタイ(つまり、第一ボタンを外すこと)を想定していたため、首回りは少しタイトにとっていました。そのままの寸法で今回のシャツをオーダーしてしまいました。出来上がったシャツを着てみると、第一ボタンが締めにくく、首がきついことが判明しました。ヤレヤレ。
オーダー・シャツに慣れ始めて、少し調子に乗っていたのかもしれません。シャツのオーダーも仕事もそうですが、毎回緊張感を持って臨むことの大切さを改めて思い知らされました。
「ラルフ・ローレン パープル・レーベル」のドットのネクタイ
「タビオ」のカーボン・グレイのソックス
「パラブーツ」の黒い『アヴィニョン』
「999.9」の「M-27」
「MFYS」の青い渦巻きのカフリンクス
5.エピローグ:レイトン監督にとって映画を作ることとは
インタヴューの際に監督にお気に入りの英語表現について聞いてみたところ、『アメリカン・アニマルズ』のプロモーションのインタヴューでよく使う表現は、“skin in the game"だと答えてくれました。「個人的な関与がある」「思い入れがある」という意味の慣用句です。
当てもない大学生活を送る『アメリカン・アニマルズ』の4人の主人公たちにとって、強盗の計画を立て、犯行に向けて様々な準備をすることは、平凡な人生に新鮮さと意味さえ与えてくれます。犯罪行為は取り返しのつかない悪いことだと頭では知りながらも、彼らはもう“they have skin in the game"(思い入れが強すぎる)ので、実行するしかない空気になっていきます。
レイトン監督自身も、『アメリカン・アニマルズ』の製作に何年も自分の人生をつぎ込んでおり、正に“he has skin in the game"という状態なのではないのしょうか。そもそも監督は、犯人たちと文通していたことから、この作品は始まり、彼らとやりとりしているうちに脚本を書き始めることとなりました。どこかの時点で、監督はこの物語を映画化するしかないという気持ちになったのでしょう。
今回、映画のプロモーションのために来日したのも、この作品に対して“he has skin in the game"だからでしょう。監督として、自らを含め、映画に関わったキャストやスタッフのためにも、この映画に成功してもらいたいという熱心な思いがあるのでしょう。
監督も、この表現は、ギャンブルで実際に自分の身(skin)を危険に晒しているということから生まれたのかもしれないと語っていました。Wikipediaによると、著名な投資家であるウォーレン・バフェットが、自身の投資ファンドを立ち上げた際の初期投資について話した時に用いた表現である、という説もあります。
僕がこの表現をよく耳にするのは、スポーツ観戦や、スポーツ・ベッティングにおいてです。熱心なスポーツ・ファンは、どの国でもそうかもしれませんが、特にアメリカ人というものは、自分が応援するチームの勝ち負けに一喜一憂します。また、アメリカ人がギャンブル好きな民族であるということも関係あるのかもしれません。平凡な人生だとしても、不幸な経験をした人生だったとしても、一瞬にして一山を当てるわずかな可能性にしがみつくのが、西部開拓時代から引き継がれるアメリカン・スピリットなのではないでしょうか。一方でスポーツ・ベッティングといえば、英国の方がその歴史が長いのでしょう。日本において競馬やパチンコなど、ギャンブルは労働者階級がやるイメージがありますが、英国における競馬やカジノは、お金持ちがやる遊びという認識があります。
本作がアメリカで公開された直後に、『007』シリーズの次回作監督をしないかというオファーが、レイトン監督に入っていたことがメディアで取り上げられました。それに対して監督は、「自分にはまだその準備ができていない」と、丁寧に断ったとされています。映画の製作に挑むことは、大きなギャンブルなのでしょう。『007』のような有名なシリーズとなると、なおさらそのプレッシャーも強くなることでしょう。『アメリカン・アニマルズ』を観ると、レイトン監督がドキュメンタリーの監督としてのみならず、クライム・スリラーの監督としての才能も素晴らしいものがあることがよく分かります。監督がいつの日か『007』シリーズに“have skin in the game"の状態になっている日が来るかもしれません。しかし、この先どうなるかは、“藪の中"です。