1.プロローグ:多様化するフォーマット
21世紀に入ってからのこの約20年間のメディアの変化は、目をみはるものがあります。その中心的役割を果たしているのは、もちろん“インターネット"とその延長にある“スマフォ"というテクノロジーです。
20世紀においても、新聞、レイディオ、映画、テレヴィというようなメディアが、次々と開発され、大流行しました。これらは今後も、“マス・メディア"として社会に根付き、“衰退"することはあっても、“絶滅"することはないと思われます。
しかし、“インターネット+スマフォ"という発明品は、マス・メディア以上にインパクトの大きな存在であり、今や人々の生活習慣や人間性にまで、影響を与えています。
いつでも、どこでも、世界中の情報に意図的(オン・デマンド)にアクセスできるということは、これまでのコンテンツのあり方が全く変わってしまうことを意味しています。
近年のツイッター、フェースブックなどのテキストを中心としたSNS、インスタグラムなどの写真によるSNS、YouTubeなどの動画によるSNSは、その“新しい時代"の幕開けに過ぎません。
フールー、ネットフリックスの成功に対し、アマゾン、グーグル、アップルなども動画コンテンツ事業へ注力するようです。
今後は、AIの進化により、人間が働く時間がより少なくなることが予測されています。これまで“働いていた"時間が“遊び"の時間に振り替えられるはずです。
その時間の多くは、様々な“コンテンツ"に触れる時間に変化することでしょう。
こうした時代にクリエーターは、いかに表現の場を拡げていくべきなのでしょうか。
今回は、こうした時代の映像作家たちとその作品を紹介します。
2.黒沢清(1955-)
映画監督、脚本家、映画批評家、そして小説家である黒沢清は、立教大学在校時から自主映画製作サークルに所属し、8ミリ映画を製作していました。その後、制約の大きい大手映画会社から自立し、若い映画作家が作家性を磨くことを目的とした「ディレクターズ・カンパニー」に設立メンバーとして加わります。ピンク映画『神田川淫乱戦争』で1983年に監督としてデビューしました。その後は、サスペンスやドラマなど、様々なジャンルで活躍しています。その中でも特に個性的なホラー映画の監督として知られており、いわゆる“ジャパニーズ・ホラー"とは一味違う、シュールな作風で知られています。
●『CURE』 (1997年)
奇妙な殺人事件が立て続けに起こり、犯人を追う刑事と、事件に何らかの関わりがあると見られる記憶障害を患った謎の男の心理戦を描いたサイコ・サスペンス・スリラーです。黒澤は本作で国際的にもブレイクしました。主演の役所広司は以後、黒沢清監督映画の常連となります。
●『回路』(2001年)
インターネットを通して死者の世界と繋がり、幽霊がこの世を侵略するというホラー映画です。死後の世界(=インターネットの世界)は人を孤立させる、という先見の明には今でもなお考えさせられるものがあります。第54回カンヌ国際映画祭にて、国際批評家連盟賞を受賞しました。2006年にはハリウッドによるリメイク版『パルス』が公開されました。
●『アカルイミライ』(2003年)
おしぼり工場で働く主人公が、他人とのコミュニケーションが上手く取れず、行き場のない苛立ちや、息苦しさを抱えながら生活する物語です。本作はホラーではなく、それまでの黒沢の作品に比べて前向きなトーンの人間ドラマです。しかし、この映画でテーマとして取り上げられている、世代間のズレや漠然とした不安や苛立ちが、今もなお日本社会に存在し続けていることを考えると、ぞっとするところはあります。
●『ドッペルゲンガー』 (2003年)
アイデンティティをテーマとしたブラック・コメディです。医療機器メイカーの研究者である主人公は、内向的で繊細であり、研究のストレスに押しつぶされそうにあります。そこへ社交的で大雑把なドッペルゲンガー(自分とそっくりの外見を持つ者)が現れ、主人公はそんなドッペルゲンガーを自分にとって有利に“利用"していく、滑稽な物語です。
●『トウキョウソナタ』 (2008年)
東京に暮らす中流階級の4人家族がそれぞれ抱える悩みや息苦しさを描いた作品です。黒沢がよく用いる幽霊や殺人犯のような、分かりやすいホラーの要素はここにはないものの、本作も紛(まぎ)れもなく現代社会をテーマにしたある種の “ホラー"です。第61回カンヌ国際映画祭の「ある視点部門」の審査員賞と、第3回アジア・フィルム・アワード作品賞を受賞しました。
3.三池崇史(1960年~)
大阪で生まれた三池崇史は、横浜放送映画専門学院(現・日本映画大学)に進学し、助監督として今村昌平など多くの映画監督の現場で経験を積んだ後、1991年に監督デビューしました。毎年1~2作は発表する多作ぶりで有名です。日本国内ではコメディ、ドラマ、テレヴィ番組など、幅広い作品の監督として知られていますが、国際的には“ジャパニーズ・ホラー"の巨匠の一人として、過激なバイレンスの描写で知られています。
●『オーディション』 (2000年)
ある中年男性が再婚相手を探す目的で“オーディション"を開き、そこで出会った不思議な魅力を持った一人の女性に取り憑かれていく物語です。孤独と向き合う人間を描いたドラマとして始まる本作は、後半のクライマックスで突如ホラー映画へと切り替わります。そういう意味では、“オーディション"に参加させられているのは観客自身なのかもしれません。また、本作は日本より海外で高い評価を受け、『死ぬまでに観たい映画1001本』の中でも紹介されています。
●『殺し屋1』 (2001年)
山本英夫による漫画を原作としたサイコ・スリラー映画です。新宿歌舞伎町を舞台に、いじめられっ子の刺客「イチ」とヤクザ組織の残虐な若頭の対決が、血まみれの描写で描かれています。映倫はR-18と指定しましたが、性描写ではなく暴動描写で指定されたのは初めてだったそうです。トロント国際映画祭に出品された祭には、エチケット袋を観客に配布したことが話題となりました。
●『着信アリ』 (2004年)
AKB48のプロデューサーとしても知られる秋元康による小説を原作としたホラー映画です。未来の自分から死の予告電話が携帯電話にかかってくると、その後不可解な死を遂げていくという事件の中で、ある女子大学生がその謎を解こうとする物語です。90年代、ゼロ年代の日本は世界の中でも有数の「モバイル大国」でしたが、やはり人々はどこかで携帯電話という“謎"に対する漠然とした不安があったのではないでしょうか。
●『ゼブラーマン』 (2004年)
コワオモテ俳優で知られる哀川翔の主演100作目を記念して製作された日本のスーパーヒーロー・コメディ映画です。パッとしない小学校教師が昔の特撮ヒーローに憧れてコスプレをしているうちに、本当に地球に襲いかかる宇宙人と戦うこととなるストーリーです。“正義のために"というよりかは平凡な生活から逃れるためにヒーローに扮する主人公は、ハリウッド映画に出てくるような超人ではなく、日本社会を象徴する、一種の悲劇のヒーローと言っていいのではないでしょうか。本作で哀川は第28回日本アカデミー賞の優秀主演男優賞を受賞しました。
●『スキヤキ・ウェスタン ジャンゴ』 (2007年)
1960~70年代に製作されたイタリア製の西部劇である“マカロニ・ウェスタン"に対する三池のオマージュです。源平合戦をモチーフに、白の源氏ギャングと赤の平家ギャングの対立が描かれています。日本刀と銃の対決はひとつの見どころですが、豪華な日本人キャストによる全編英語というスタイルには賛否両論があります。
●『クローズZERO』 (2009年)
高橋ヒロシによる漫画を原作としたアクション映画です。不良が集まる“鈴蘭高校"に転入した主人公が、ヤクザの組長である父親の“跡目"(ヤクザ組織における跡目とは、組長の座を跡継ぐことです。)としてふさわしいことを示すために、誰も成し遂げたことのない“鈴蘭制覇"を試みるというストーリーです。日本社会における“派閥"や“不良"、“ヤンキー精神"というものがよく分かる作品ではないでしょうか。三池は2009年に続編を製作しました。
●『悪の教典』 (2012年)
貴志祐介によるベストセラー小説を原作としたサイコ・ホラー映画です。東京町田市の私立高校を舞台に、表では学園の様々な問題に立ち向かう人気者の英語教師が、裏では自分を疑った者を殺害していく殺人鬼であるという物語です。主人公はある出来事をきっかけに、担任クラスの生徒を皆殺しにすることを決めます。平和な日本においてこのような学園スリラーが、多く製作されることはとても興味深いことです。小学校の英語教育改革が2018年にスタートした中、この映画のバイオレンスの描写の裏側には、もっと深いメッセージが読み取れるのかもしれません。
4.三谷幸喜(1961年~)
劇団「東京サンシャインボーイズ」を主宰すると同時に、放送作家としてのキャリアをスタートさせた三谷幸喜は、日本を代表する脚本家・演出家です。多くの連続TVドラマやNHKの大河ドラマの脚本を手がける一方で、1997年に『ラヂオの時間』で映画監督としてデビューし、数々のヒット映画も発表してきました。作風はウィットに富んだ心温まる喜劇で知られています。三谷の代表作といえばテレヴィ・ドラマ『古畑任三郎』ですが、小さい頃からアメリカのテレヴィ・シリーズ『刑事コロンボ』の大ファンであった三谷は、和製コロンボを作りたかったそうです。
●『ラヂオの時間』(1997年)
本作は、三谷が主宰していた劇団「東京サンシャインボーイズ」のために書いた演劇を映画化した初監督作品です。レイディオ・ドラマの制作の舞台裏で繰り広げられる騒動が描かれた群像コメディです。第21回日本アカデミー賞において脚本賞、助演男優賞などを受賞し、キネマ旬報脚本賞も受賞しました。
●『みんなのいえ』 (2001年)
新居を立てることにした仲睦まじい夫婦が、設計を妻の後輩の建築デザイナーに、施工を大工の棟梁である父に依頼するけど、その2人の意見がなかなか噛み合わないというドタバタ劇です。前者はモダニズム建築にこだわる一方で、後者は日本の伝統的な工法にこだわり、モダンと伝統、西洋と東洋の対立が非常に面白く描かれています。
●『THE有頂天ホテル』 (2006年)
三谷の3本目の監督作品は、大晦日の5つ星ホテルを舞台に、スタッフとゲストをめぐる様々な騒動を描いたグランド・ホテル方式の映画です。日本の劇場映画のヒット作といえばTVドラマのスピン・オフやアニメばかりが思い浮かびますが、本作はコメディ映画としては珍しく、2006年の邦画の中では興行収入第3位というヒットを記録しました。
●『ザ・マジックアワー』 (2008年)
マフィアのボスの愛人に手を出してしまった主人公が、命の代償として伝説の殺し屋を連れてくることを約束します。切羽詰まった主人公は売れない役者を映画の撮影だと騙して、その殺し屋に仕立てようとするドタバタ劇です。因みに本作は、映画監督の市川崑の最後の出演作となりました。
●『ステキな金縛り』 (2011年)
妻殺しの容疑で逮捕された男が、自分が金縛りにあっていたというアリバイを主張します。弁護を担当する三流弁護士は、それを証言してもらうために、実際に金縛りをかけたという落ち武者の幽霊を法廷に連れて行くという、ありえない設定の話なのですが、三谷作品独特のユーモアとハートウォーミングなストーリー展開がとても見事です。
●『清須会議』 (2013年)
歴史ファンとして知られる三谷は、1582年に開かれたとされる清州会議を題材にした小説を2012年に出版しました。本作はそれを映画化した時代劇エンタテインメントです。シリアスで難しいというイメージの時代劇ですが、戦国時代の日本を戦いではなく会議を通して描きだすことで、日本の歴史をコミカルに取り上げた作品です。
5.岩井俊二(1963年~)
宮城県仙台市出身の岩井俊二は、ミュージック・ヴィデオやテレヴィ・ドラマの仕事でキャリアをスタートさせ、1993年の『打ち上げ花火、下から見るか? 横から見るか?』で、テレヴィ・ドラマとしては異例の日本映画監督協会新人賞を受賞しました。最新の映像技術を取り込むことに熱心で、今では業界のひとつの基準であるノンリニア編集システム『AVID』をいち早く使用したり、2003年にはショート・フィルム『花とアリス』をネット配信での上映を試みたことでも知られています。淡く、懐かしい感情を喚起する独特な映像美は、“岩井美学"と称されるほどです。
●『Love Letter』 (1995年)
岩井が初めて撮った劇場用長編映画監督作品は、山で遭難して亡くなった婚約者に送った手紙をきっかけに始まる不思議な文通をめぐる人間ドラマです。元々アイドル歌手であった主演の中山美穂は、この作品で数々の主演女優賞を受賞しました。この作品は第19回日本アカデミー賞において優秀作品賞、優秀助演男優賞など多数受賞しました。アジアの中でも特に韓国で人気を博し、社会現象ともなりました。
●『スワロウテイル』 (1996年)
“日本円"が世界で一番強い通貨となった架空の日本を舞台にした物語です。海外から日本に出稼ぎに来た移民が、日本人に差別されながらも生活をやりくりしようとする姿を描いた作品です。日本における評価は賛否両論があるのですが、本作で岩井の国際的な知名度はさらに上がりました。第20回日本アカデミー賞にて話題賞を受賞しました。外国人労働者の受け入れ拡大に向けて議論がされている現在、再検討に値する作品ではないでしょうか。主演を務めたミュージシャンのCHARAが率いるYEN TOWN BANDの主題歌『Swallowtail Butterfly ~あいのうた~』は、大ヒットしました。
●『リリイ・シュシュのすべて』 (2001年)
小林武史の創り出す独創的な音楽世界を背景に、中学生の葛藤を描いた青春物語です。本作の始まりは、2000年に発表された岩井によるインターネット小説です。インターネットの掲示板を通して発表された岩井の“書き込み"によって物語は進行し、掲示板を閲覧できた一般人も書き込むことによって小説に参加できるという実験的な試みでした。連載終了後、岩井が自ら映画化しました。日本人監督として初めてソニーのデジタル・ヴィデオ・カメラ『HDW-F900』を撮影に使用した事でも話題となりました。
●『花とアリス』 (2004年)
親友である花とアリスと、花が憧れる先輩をめぐる三角関係を描いた青春ラヴ・コメディです。本作は、2003年にチョコレイト菓子の「キットカット」の日本発売30周年を記念して制作されたインターネット短編映画シリーズを長編映画化したものです。サウンドトラックは、岩井本人が作曲した、どこか懐かしいメロディのピアノ曲を中心としています。この作品からはスピンオフとして『花とアリス殺人事件』という長編アニメイションも製作されました。
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