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イスラム教の聖なる月「ラマダン」とアメリカ社会におけるイスラム教徒に対する偏見
  - Eテレ『世界へ発信!SNS英語術』 #Ramadan (2019/05/17放送) | LANGUAGE & EDUCATION #020
Photo: ©RendezVous
2022/04/04 #020

イスラム教の聖なる月「ラマダン」とアメリカ社会におけるイスラム教徒に対する偏見
- Eテレ『世界へ発信!SNS英語術』 #Ramadan (2019/05/17放送)

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KAZOO
翻訳家 / 通訳 / TVコメンテイター

目次


1.今回のテーマ、#Ramadan

今回番組で取り上げたテーマは#Ramadanでした。ラマダンとは、イスラム暦で第9月のことで、イスラム教の聖典である『コーラン』(最近の日本の教科書では、『クルアーン』と表記しています。)冒頭の数章が預言者ムハンマド(以前、日本では、“マホメット"と呼んでいました)に啓示された聖なる月とされています。現在世界各国で用いられているグレゴリオ暦のような、地球が太陽の周りを回る周期を基にしている太陽暦とは違い、イスラム暦は月の満ち欠けの周期を基にした太陰暦であるため、毎年11日ほどのズレがあります。2019年のラマダンは、5月6日から6月4日頃まで行われる予定です。

ラマダンといえば断食のイメージが一般的ですが、それだけではありません。心身が健康な成人のイスラム教徒は、日の出から日没までの間、飲食を断つだけでなく、性行為、喫煙、悪口などを禁欲として控えます。こうした行為を行わないことで心を俗事から背け、肉体も精神も浄化し、信仰心を強めることを目的としています。アッラーに近づこうとすることを通して、世界各国のイスラム教徒のコミュニティが一体となる時期なのです。イスラム教徒は、ラマダンの期間を平穏に過ごします。

しかし、それとは裏腹に、近年、イスラム教徒にとってラマダンは、恐怖と向き合わなくてはいけない時期となっています。2017年には、英国のロンドンのフィンズベリー・パーク・モスクの付近で、ムスリム系を狙った犯人が故意にバンを暴走させ、歩行者数人が負傷し、1人が死亡しました。2019年には、ニュー・ジーランドのクライストチャーチにある2つのモスクで銃乱射事件が発生し、50 人が死亡しました。これ以外にもモスクが脅迫や嫌がらせを受けたり、爆弾脅迫を受けることが多くなっています。これらの事件の根底には、イスラム教徒に対する偏見や恐怖が根強くあります。

今回番組では、ラマダンに対する間違った認識について晴らそうとするイスラム教徒や、イスラム教徒に寄り添おうとする投稿者のツイートを中心に紹介しました。イスラム教徒にとって、ラマダンは信仰心を強める時期なのですが、イスラム教徒ではない人は、ラマダンについて知ることで、イスラム教に対する理解を深め、偏見を払拭していくことに意識を向けてもいいのではないでしょうか。


2.9.11後に膨張したイスラム教徒に対する偏見

イスラム教徒に対する偏見は世界のどの国にもあるものですが、その偏見と向き合う上で決定的な事件は、『9.11』、つまり、イスラム過激派テロ組織のアルカイダが仕掛けた4つのテロ攻撃を総称した『アメリカ同時多発テロ事件』でしょう。真珠湾攻撃以来、アメリカ合州国が初めて襲われたと言われる『9.11』は、アメリカ社会を根底から揺るがしました。自由の象徴であるアメリカが、“サードワールド"に襲われたことは、アメリカ人にとって大きな警鐘となり、1日にして、アメリカ社会には恐怖の暗雲が覆い被さったのです。

様々な人種が暮らすアメリカ合州国では、肌の色によって人を一括りに見る傾向が根強くあります。白人や黒人はもちろんのこと、アジア人は黄色人種、中東やインドの人は褐色人種と分類されます。『9.11』によって、褐色人種の人=イスラム教徒、イスラム教徒=テロリストという偏見がアメリカ世間一般に蔓延しました。

例えば、中東諸国の男性が伝統的な帯状の布である“ターバン"を頭に巻いているイメージがあったことから、街を行くターバンを巻いている人をアンチ・アメリカとして見なす傾向が広まりました。実際には、アメリカで見かけるターバンはほとんど、シク教徒が身につけているものであるのです。しかし、こういった偏見があったことから、9.11後のアメリカに置いてシク教徒が襲われるケースが多発しました。アメリカの一般市民の間では、褐色人種であることは、すなわちアメリカの敵であることを意味するようになってしまったのです。

シク教徒とは、15世紀末にインド・パンジャブ地方で始まったシク教の信者のことです。現在、インドの全人口の80%近くがヒンドゥー教徒であるのに対して、シク教徒は2%にも満たないのですが、富裕層が多く、社会的に活躍している人が多いのです。その背景には、イギリスが19世紀後半にインドを植民地化する際、シク教徒を利用した歴史があります。昔からシク教徒は教育水準が高く、勤勉に働き、真面目で実直な性格を持っていたことから、イギリスはシク教徒を行政官や軍人として登用し、地位を高めました。

恐怖から生まれたこういったアメリカの大衆の偏見は、何も新しいことではありません。例えば19世紀末から20世紀前半、アメリカにやってきた働き者のアジア系の移民によって、仕事を奪われると恐れたアメリカ人の間では、“黄禍"という黄色人種脅威論が広まりました。また、トランプ大統領がメキシコをはじめ中南米からアメリカにやってくる移民のことを“ドラッグ密売人" “犯罪者" “レイピスト"と呼ぶ背景には、同じような恐怖があるのです。

こういった傾向を良く表しているアンケート結果が先日ネットで話題になりました。マーケティング・リサーチや世論調査を行うアメリカの「シビック・サイエンス社」が2019年5月上旬に行ったアンケートの中に「アメリカの学校では“アラビア数字"を教えるべきか」という質問がありました。それに対して3,600人を超える回答者の56%が、「教えるべきではない」と答えていたそうです。アラビア数字とは、「0」「1」「2」「3」「4」「5」「6」「7」「8」「9」のことです。これは単純に馬鹿さ加減を表しているのではなく、アメリカ人にとっていかに“アラビア"という言葉が“悪い言葉"であるかを物語っているのではないでしょうか。


3.ハリウッド映画におけるアラブ人のカリカチュア

こういった偏見や中東諸国に対する恐怖が広まった背景には、ハリウッド映画の影響も大きくあるのでしょう。アメリカへのアラブ系の移民がどんどん増えているにもかかわらず、アメリカのテレヴィやハリウッド映画ではアラブ系の人が描かれることはほとんどありません。仮に描かれる場合があったとしたら、それは必ずといって良いほど“石油王"あるいは“テロリスト"という役柄で登場します。

その典型的な例が、アーノルド・シュワルツェネッガー主演の1994年のアクション映画『トゥルーライズ』です。悪役は架空の中東のテロリスト・グループ、“真紅のジハード"で、そのメンバーたちは狂信的なアラブ人という表面的なステレオタイプとなっています。

また、僕が小学生の時に初めて見て以来大好きな1985年のSF映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』の核となるシーンでも、主人公たちはリビア過激派のテロリストに襲われます。当時リビア人に会ったことがなかった僕の意識の中には、リビア=テロリストの国という偏見が植え付けられました。

テレヴィでも同様に、2000年代以降の大ヒットドラマ『24』や『HOMELAND』でも、アラブ系の登場人物は基本的に悪役のテロリストが多くなっています。しかも、これらの作品で描かれているイスラム教は、平和ではなく悪のイスラム教なのです。

そもそも“テロリズム"とは、ある政治的目標のために暴力による脅迫を用いることです。“テロ"とは英語の“terror"、つまり“恐怖"のことです。そういった行動を通してアメリカ社会の崩壊を試みようとする人が中東を始め世界中にいることは事実なのでしょう。しかし、90年代以降、特に『9.11』以降、ハリウッドやテレヴィを含むアメリカのマスメディアは、アメリカ社会に投げかけられた恐怖の暗雲を晴らすどころが、それを膨張させていることも否めないのです。


4.知らぬが仏なアメリカ人

2006年、イラク戦争の真っ只中、驚くべきアンケート結果が発表され、話題となりました。世論調査を行うアメリカの「ローパー・センター」が行ったそのアンケートによると、中東の地図を見せられた18歳から24歳のアメリカ人の回答者の60%がイラクの場所がわからず、75%近くがイランとイスラエルの場所が分からなかったと言うのです。つまり、地理的な位置さえわからない場所への侵略を支持していた国民が多かったこととなります。

この調査は、一般のアメリカ人がいかに地理というものに無関心であるかということも表しています。アメリカ人はそもそも世界地理の知識に乏しく、「戦争はアメリカ人に地理を教えるために発明されたもの」というジョークがあるくらいです。(言ってみればこれは逆にアメリカ人に対して世界が抱くステレオタイプですが、僕の個人的な経験から言うとあながち間違っていません。)

この地理への無関心さは、何も中東に限ることではありません。前述のアンケートでは、地図でニューヨーク州を示すことができたのは回答者のわずか50%でした。英国や日本などの先進国を地図で見つけられない人も多くいます。アメリカ人というものは、世界中の人が英語を喋れると思い込んでおり、英語を喋れない人を同じ人間だとみなさないものなのです。なので「アラブ人はテロリストである」と言う一見とんでもない思い込みも生じるのです。そういうアメリカ人はバカなのでもなく、横着なのでもなく、単純に無関心なのです。生涯、アメリカ国内からでない人も多いですし、自分たちが世界の中心にある(もしくは、当然のこと)と信じるがゆえに、外にあるものに対しては自ら歩み寄ろうとは思わないのが現実なのです。

また、この世界に対して無関心なスタンスは前述の恐怖に結びついているとも言えるでしょう。相手を理解しようとすることは、同時に自分の偏見と向き合うこととなってしまうからです。しかしアメリカ人は、アメリカという国が自由の象徴であり、理想の国であるということをいつまでも信じ続けたいのです。相手の顔が見え、その人たちが"テロリスト"ではなく"人間"であることを知ると、爆弾を落としづらくなるので、時には無意識に、時には意識的に相手を悪魔化しようとする働きが起きるのです。

最後にもう1つ、面白いアンケート結果があります。2015年12月、アメリカの世論調査会社「パブリック・ポリシー・ポーリング」が行ったアンケートには、「アグラバに対する爆弾攻撃に賛成するか」という質問が含まれていました。これに対して、当時大統領選で立候補者であったトランプを支持すると答えた回答者の41%、そして共和党を支持すると答えた回答者の30%が「賛成」と答えたのです。実は“アグラバ"とは、ディズニーの映画『アラジン』の舞台となる中東の架空の国なのにもかかわらず。


5.今回の衣裳について

「グローバルスタイル」の茶色のジャケット

「グローバルスタイル」の茶色のジャケット
この商品は、以前紹介したのでFASHION & SHOPPING #020を参照してください。

「麻布テーラー」 イエローのクレリック・シャツ

「麻布テーラー」 イエローのクレリック・シャツ
この商品は、以前紹介したのでFASHION & SHOPPING #015を参照してください。

「ブルックス・ブラザーズ」のベイジュのチノパン

「ブルックス・ブラザーズ」のベイジュのチノパン
この商品は、以前紹介したのでLANGUAGE & EDUCATION #001を参照してください。

「タビオ」のベイジュのソックス

「タビオ」のベイジュのソックス
この商品は、以前紹介したのでLANGUAGE & EDUCATION #017を参照してください。

「パラブーツ」のダブル・モンク・シューズ『ポー』

「パラブーツ」のダブル・モンク・シューズ『ポー』
この商品は、以前紹介したのでFASHION & SHOPPING #008を参照してください。

「ゾフ」の茶色いメガネ

「ゾフ」の茶色いメガネ
この商品は、以前紹介したのでFASHION & SHOPPING #007を参照してください。

LANGUAGE & EDUCATION #020

イスラム教の聖なる月「ラマダン」とアメリカ社会におけるイスラム教徒に対する偏見 - 『世界へ発信!SNS英語術』 #Ramadan (2019/05/17放送)


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