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アカデミー賞映画賞受賞作『パラサイト 半地下の家族』のポン・ジュノ監督がぶち壊した“字幕の壁"
  - Eテレ『世界へ発信!SNS英語術』 #Oscars (2020/03/13放送) | LANGUAGE & EDUCATION #047
Photo: ©RendezVous
2024/03/18 #047

アカデミー賞映画賞受賞作『パラサイト 半地下の家族』のポン・ジュノ監督がぶち壊した“字幕の壁"
- Eテレ『世界へ発信!SNS英語術』 #Oscars (2020/03/13放送)

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KAZOO
翻訳家 / 通訳 / TVコメンテイター

目次


1.この10年間でモダン化を図ってきた#Oscars

3月13日放送の『世界へ発信!SNS英語術』で取り上げたテーマは#Oscars、つまり「アカデミー賞」でした。アカデミー賞という切り口から、この1年間僕がこの番組で行なってきたインタヴューを振り返りました。長編アニメ映画賞を受賞した『トイ・ストーリー4』のジョシュ・クーリー監督とプロデューサーのマーク・ニールセン、同部門でノミネイトされていた『ヒックとドラゴン 聖地への冒険』のディーン・デュボア監督、美術賞を受賞した『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』のクエンティン・タランティーノ監督など、今年のアカデミー賞授賞式では、番組で紹介してきた作品が高い評価を受けました。

アメリカ映画を主に対象としたアカデミー賞の授賞式は、毎年2月の終わりか3月の初めに開催されます。世界三大映画祭よりも古い歴史を誇り、映画界で最も権威のあるとされるこの賞は、 2020年で第 93回目を迎えました。因みに、「オスカー像」という愛称には諸説ありますが、アカデミー賞事務局の事務所に届いた像を目にした一人の局員が、「おじさんのオスカーにそっくりだ」と言ったことによって広まったことが有力な1つの説とされています。その後、授賞式自体も通称“The Oscars"と呼ばれるようになりました。また、かつては“The 84th Academy Awards"という、伝統を重んじたような名称を使っていましたが、2013年を機に正式に“The Oscars"が使われるようになりました。

アカデミー賞はここ10年間、年々、視聴率を下げており、それを受けて、よりモダンで親しみやすいイメージに一新しようと努めてきました。例えば、これまでの白人が中心であった選考や授与を行う映画芸術科学アカデミーの会員の多様性を図ったり、初めて「監督賞」に女性監督を選抜したり、「作品賞」のノミネイト数を5作品から10作品へ増やしたり、より若い視聴者層を呼び込みそうなメイン司会者を採用するなど、あの手この手を使って“ハリウッドの白人のための古臭い祭典"というイメージを払拭しようとしてきました。

こういった試みには、賛否両論があります。2019年には動画ストリーミング・サーヴィスのネットフリックスが製作した、スペイン人であるアルフォンソ・キュアロン監督の『ROMA/ローマ』が、初めて「作品賞」にノミネイトされました。しかしその一方で、スティーヴン・スピールバーグ監督を筆頭に、劇場で公開された作品のみ選考の対象とするべきだと訴える声も挙がりました。こういった努力にもかかわらず、2020年の授賞式のテレヴィ中継は、2019年に続き、過去最低の平均視聴者数を記録しました。

とはいえ、アカデミー賞は、ステータスとして未だ偉大な権威を持っています。今年は、韓国のポン・ジュノ監督の『パラサイト 半地下の家族』が、英語以外の映画として初めて作品賞を受賞し、更に監督賞、脚本賞、国際長編映画賞も獲得するという快挙を挙げました。ハリウッドの“エスタブリッシュメント"を祝するための祭典でアジアの作品、しかも英語でない作品が最重要部門で受賞するということは、前代未聞のことです。

『パラサイト 半地下の家族』
2019年の監督のブラック・コメディ映画です。第72回カンヌ国際映画祭では審査員満場一致でパルム・ドールを受賞し、他にも第77回ゴールデングローブ賞外国語映画賞、英国アカデミー賞外国語作品賞、アカデミー賞作品賞・監督賞などを受賞しました。


2.アメリカ人と外国語映画を隔てる“字幕"というの「1インチほどの高さの壁」

『パラサイト 半地下の家族』は、2019年の5月にカンヌ国際映画祭で最高賞の「パルムドール」を受賞した後、様々な映画賞を総なめにしました。それでもポン監督は謙虚な姿勢を見せ続け、照れ臭そうな微笑と独特のユーモアのセンスで世界中の映画ファンを魅了しました。監督として輝かしいキャリアを誇りながらも、まったくと言っていいほどハリウッドに染まっていないその姿は、アメリカの若者の間でも話題となりました。

また、この20年程の“韓国映画"は、高品質な作品を発表してきたことで、アジア系アメリカ人の共感を呼んでいました。『ニューヨーク・マガジン』が運営するポップ・カルチャーのウェブ・マガジン『Vulture』のインタヴューで、ポン監督はこれまでアカデミー賞が韓国の映画作品に振り向きもしてこなかったことについて次のような発言をしました。「ちょっと不思議だけど、大問題だとは思わないです。アカデミー賞は国際映画祭ではないですから。とてもローカルなものです。」

『パラサイト』は今年の1月に開催されたゴールデン・グローブ賞でも、外国語映画賞に輝きました。ポン監督はその時の受賞スピーチで、ハリウッド及びアメリカの視聴者に向けて次のように訴えかけました。「字幕という1インチほどの高さ壁を越えれば、はるかに多くの映画に出会える。私たちはたった一つの言語を使うと考えている。その言語とは、映画だ。」

そもそもアメリカ人にとって、映画というものは“文化"というよりかは“エンタメ"であり、ある種の現実逃避なのです。ファンタジーの世界へと誘われたい多くのアメリカ人からすると、字幕を読むことは“労力"であり、とても疲れる苦痛な“作業"だという印象が持たれています。字幕付きの映画をわざわざ観るために映画館に足を運ぶのはほんの一握りの映画愛好家です。しかもそういった外国語の映画作品は大体、インディペンデント系の小さなシアターか、シネコンの一番端っこにある、席の配置が不自然なハーフ・サイズの部屋で上映されるものです。そして僕の経験からするといつもガラガラなのです。

宮崎駿監督の『千と千尋の神かくし』は当初、アメリカではほとんどプロモーションされずに150ほどの映画館でしかリリースされていませんでした。(全米には約5800の映画館があります。)2003年のアカデミー賞で長編アニメ映画賞を受賞すると、700以上の映画館で上映され、同年9月までには全米で1000万ドルの興行収入を挙げました。しかし、映画館で上映されたのは厳密にいうと『千と千尋の神隠し』ではなく、英語に吹き替えられた『Spirited Away』でした。

中国・アメリカ・香港・台湾の共同製作の『グリーン・デスティニー』は全米で1億2800万ドルを記録し、外国語の映画としては全米の興行収入が1位の作品です。しかし、本作は武侠映画であり、アクション・シーンが中心となっています。字幕の壁は最初からぶち壊されていたのです。このように、これまでアメリカでヒットした外国語の作品は、ほとんどの場合アメリカのオーディエンスにとってハードルを下げた上でのヒットでした。

ところがここ数年、動画配信サーヴィスの普及によって、アメリカ人はかつてないほど外国語の作品に手軽に触れることが可能になりました。わざわざ映画館やレンタル・ビデオ店まで足を運んでまで観ることはなくても、「Netflix」などをブラウジングしているうちに、国や言語を問わず、面白そうな作品をアメリカ人はなんとなく再生してしまうようになりました。去年のアカデミー賞ではスペイン語の『ROMA/ローマ』が「作品賞」にノミネイトされものの、最終的には「国際長編映画賞」を受賞するに止まりましたが、こういった流れを踏まえた上で、『パラサイト』が今年は「作品賞」に輝いたともいえます。

ゴールデン・グローブ賞での受賞から数週間後のアカデミー賞の授賞式で、ポン監督は、こう発言しました。「先日ゴールデン・グローブ賞では1インチの字幕の壁について述べましたが、人々はもうすでにこの壁を克服しているのではないかと思います。動画配信サーヴィスやYouTube、SNSなどを通して。私たちは繋がっているのです。」


3.全米で話題となったポン・ジュノ監督の通訳者、シャロン・チョイ

番組では、ポン・ジュノ監督が様々な映画祭や映画賞授賞式を巡る中で、付きっ切りだった通訳者のシャロン・チョイがSNSで人気を集めていたことも紹介しました。

チョイさんは25歳の韓国人です。子供の頃に2年間アメリカで過ごして英語が堪能になり、大学では映画製作を勉強し、現在は初監督となる作品の脚本を執筆しているそうです。アメリカのエンタメ雑誌『ヴァラエティ』に寄せた記事で、彼女はこれまでの通訳の経験に関しては、過去に韓国の映画関係者の通訳者を1週間程度務めたことがあるだけだったと明かしています。2019年の4月ごろにポン監督の電話インタヴューの通訳をしてくれないかと声がかかり、その後カンヌ国際映画祭でも通訳をしてほしいと依頼を受けたそうです。以後、2020年の2月のアカデミー賞まで半年以上にわたって監督と共に世界を駆け巡ってきました。

チョイさんは、ポン監督の言葉を堅苦しい英語に直訳しようとするのではなく、アメリカ訛りの英語で、アメリカ英語の慣用句を巧みに用いながら、ポン監督の考えを淀みなく翻訳してきました。彼女が監督の言っていることだけでなく、彼のチャームやユーモアもうまく英語で表現したことで、より多くのアメリカ人が『パラサイト』に興味を持つきっかけとなったのは間違いないでしょう。チョイさんの活躍ぶりをこのように称えるツイートもありました。

Sharon Choi, Bong Joon-ho’s translator, deserves an award this season.
今回の映画賞シーズン、ポン・ジュノ監督の通訳者シャロン・チョイに賞が与えられるべきだ。

















ポン監督とチョイさんは、アメリカの人気トーク番組『ザ・トゥナイト・ショー・スターリング・ジミー・ファロン』にも出演しました。アメリカ人にとって、深夜のトーク番組というものは寝る前にぼーっとするためのものとして知られます。外国の監督がそのような番組に出演し、ましてや通訳者も同行してその場で通訳をするのは、とても異例なことなのです。監督とチョイさんのお茶目なやりとりは、またたく間にアメリカで話題となりました。

映画界において、通訳者が注目を浴びるのは異例なことではありません。芸術家肌の映画監督は自らのヴィジョンを長々と語るので、それをコンパクトに訳すことは通訳者の腕の見せ所でもあります。例えばカンヌ国際映画祭の名物通訳者として知られるマスメ・ラヒジは、フランス語、ペルシャ語(ファールシー)、スペイン語、英語を巧みに操って様々な監督のヴィジョンを観客やメディアに向けて訳していることで知られています。ある年、イランのアッバス・キアロスタミ監督の通訳者を務めたことをきっかけに、2016年に監督が亡くなるまで度々彼の通訳を担当し、2010年の作品『トスカーナの贋作』に至っては、監督が書いた台本を英語に翻訳し、脚色もしたことで話題となりました。

日本人にとって馴染みがあるのは、映画字幕翻訳家で通訳の戸田奈津子の存在でしょう。俳優のトム・クルーズが1992年に初来日して以来、日本では必ず戸田氏が通訳を務めるようになり、2人は30年近く親交を深めてきたとされます。去年『SNS英語術』で『ミッション・インポッシブル:フォールアウト』の来日記者会見を取材させてもらった時も戸田氏がトム・クルーズにぴったりと付いていました。クルーズは小柄ながらもとてつもないオーラを放つ正真正銘のメガスターですが、その斜め後ろに座っていた戸田氏は、負けないくらい目立っていたことを今でも覚えています。


4.言語の壁が取り除かれてもなおも残る壁

動画配信サーヴィスやSNSなどのおかげでかつての“字幕の壁"や“言語の壁"は崩れつつあるのではないでしょうか。私たちはかつてないほど手軽に様々な国のコンテンツを観られるようになりました。

しかし、だからと言って、私たちが他文化に対してより寛容になったかといいますと、そうとは限らないのではないでしょうか。アメリカ人が『千と千尋の神隠し』を観ても日本文化に触れたという印象は全く残っていないでしょう。ハリウッド映画や海外ドラマが大好きな日本人でも、そういった作品を通してアメリカに対する偏見は“強化"されることはあっても、アメリカ文化に対する理解が深まることはあまり無いでしょう。所詮映画は映画であり、「世界平和をもたらす魔法のツール」ではありません。だからこそ、“字幕の壁"が崩れつつある今、映画が社会にもたらす大きな影響に注意する必要があります。

ポン・ジュノ監督はインタヴューで、『パラサイト 半地下の家族』で扱いたかったテーマは、韓国社会における格差や貧困だと語っています。そういったテーマは韓国に限らず、全世界に共通する普遍的なテーマだとも話しています。このことで『パラサイト』はアメリカ人を魅了し、全米で4000万ドルの興行収入も稼ぐヒットとなったのでしょう。しかしこの作品よって韓国社会や韓国文化に対するアメリカ人の理解が深まったかどうかは微妙なところです。そこには価値観、美意識、死生観などの違いが生み出す“文化の壁"が依然として立ちはだかるからです。

確かに「人間は人間」「みんなが一緒なんだ」という親近感や一体感が生まれることも、映画の大事な役割でしょう。同じ内容でアメリカ人と英国人とフランス人と日本人と韓国人が泣けるということはとても大きな意味を持ちます。でもいくら人間の共通点にスポットライトを当てようとしても、人間を隔てる“文化の壁"の本質に迫らない限り、人々は本当の意味で分かり合うことはできないのではないでしょうか。そして観ている人が他文化を自分の文化の立場からしかそれを理解しようとせず、他文化を解ったつもりになってしまうことは、それはむしろ危険なことです。“字幕の壁"が取り除かれても、相手側の世界に本気で踏み込まないと、もっというと、その世界を紹介してくれる“案内役"がいないと、本当の理解には至らないのです。そこで必要となるのが、広い意味での“翻訳者"や“通訳者"という存在なのです。

ポン・ジュノ監督の『パラサイト 半地下の家族』がアカデミー賞作品賞を受賞したことことで、ハリウッドにおいて、大きな変化の波が起こってくれると思いたいところです。しかしこれまでの一連の流れを冷静に分析すると、アメリカ人というものは、勝ち目がないとされる人物が困難をものともせず大活躍するという“おとぎ話"が大好きである、ということしか証明していないとも言えるのではないでしょうか。


5.この回の衣裳について

「ゼルビーノ」の赤いジャケット

「ゼルビーノ」の赤いジャケット
この商品は、以前紹介したのでFASHION & SHOPPING #033を参照してください。

「麻布テーラー」のピンクのリネン・シャツ

「麻布テーラー」のピンクのリネン・シャツ
この商品は、以前紹介したのでLANGUAGE & EDUCATION #008 を参照してください。

「ラルフ・ローレン」の緑色のコーデュロイ

「ラルフ・ローレン」の緑色のコーデュロイ
この商品は、以前紹介したのでFASHION & SHOPPING #007 を参照してください。

「タビオ」の緑色のソックス

「タビオ」の緑色のソックス
この商品は、以前紹介したのでLANGUAGE & EDUCATION #006を参照してください。

「パラブーツ」のマロンの『チャンボード』

「パラブーツ」のマロンの『チャンボード』
この商品は、以前紹介したのでFASHION & SHOPPING #020を参照してください。

「ゾフ」の黒いメガネ

「ゾフ」の黒いメガネ
この商品は、以前紹介したのでFASHION & SHOPPING #006を参照してください。

LANGUAGE & EDUCATION #047

アカデミー賞映画賞受賞作『パラサイト 半地下の家族』のポン・ジュノ監督がぶち壊した“字幕の壁” - 『世界へ発信!SNS英語術』 #Oscars (2020/03/13放送)


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