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ラグビーという“紳士のスポーツ"を通して見るアメリカ社会と英国社会の違い
  - Eテレ『世界へ発信!SNS英語術』 #RWC2019 (2019/10/18放送) | LANGUAGE & EDUCATION #037
Photo: ©RendezVous
2023/01/09 #037

ラグビーという“紳士のスポーツ"を通して見るアメリカ社会と英国社会の違い
- Eテレ『世界へ発信!SNS英語術』 #RWC2019 (2019/10/18放送)

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KAZOO
翻訳家 / 通訳 / TVコメンテイター

目次


1.日本中に巻き起こるラグビー・フィーヴァー

NHK Eテレ『世界へ発信!SNS英語術』の2019年10月18日放送分のテーマは#RWC2019、ラグビー・ワールド・カップでした。一次リーグを全勝で終え、ラグビー日本代表は初の8強入りを果たしました。事前には、チケットの売れ残りさえ心配されていましたが、TVを観た“にわかファン"が急増し、全国にラグビー・フィーヴァーが巻き起こっています。

番組の出演者も全員、ラグビー・ワールド・カップに釘付けになっているようで、スタジオのこの日の収録は大変盛り上がりました。番組MCの遼河はるひさんは、ニュージーランド代表「オール・ブラックス」などが試合前に踊る「ハカ」の迫力に感動したと言っていました。

サッカー芸人としても知られるパートナー役のヒデさんは、別々のチームを応援しているファンが会場で隣同士に座ったり、お互いをたたえ合っている様子にびっくりしたそうです。解説者の古田大輔さんは、今大会で大活躍をしている福岡堅樹選手と同じ福岡県立福岡高等学校出身であることを明かし、学校には長い歴史を誇るラグビー部があることを説明しました。そして英語講師の内藤陽介先生は、今大会の盛り上がりで急増中の「にわかファン」の一人であることを告白しました。

僕はというと、ほとんどのアメリカ人と同様、英国が発祥の地であるラグビーについては全くの無知・無関心でありました。初めてラグビーを“知る"きっかけとなったのが、多くの日本人がそうであるように、2015年のラグビー・ワールド・カップで、日本が南アフリカを破るという番狂わせを起こした時でした。今回のワールド・カップでは、「“紳士"がやるスポーツ」とされるラグビーの魅力にどっぷりハマっています。


2.「日本対スコットランド」の試合前の街頭インタヴューを振り返って

今回は、10月13日の「日本対スコットランド」戦に先駆け、会場近くの新横浜駅前の繁華街で外国人のラグビー・ファンに街頭インタヴューを行いました。駅の周辺にはバーや英国風パブがあり、僕たちスタッフが到着した16:00ごろには、スコットランドのジャージーや伝統衣装を着た大勢のラグビー・ファンですでに賑わっていました。

「イギリス」という連合王国について。日本語でいう「イギリス」の正式名称は「グレートブリテン及び北アイルランド連合王国」と言い、英語では“United Kingdom" (U.K.)と表記されます。ヨーロッパ大陸の北西に位置するグレート・ブリテン島とアイルランド島北東部が含まれ、イングランド、ウェールズ、スコットランド、北アイルランドという4つの「国」から成っています。伝統的にカソリックであるアイルランド共和国は1921年に「イギリス」から独立し、イングランドやスコットランドなどプロテスタントの国から移住してきた祖先を持った住民が人口の3分の2にも達していた北アイルランドはイギリスにとどまることとなりました。(これによって北アイルランドではプロテスタント系住民とカソリック系住民の間で対立や差別問題が生じ、1966年には北アイルランド紛争が勃発し、30年以上続きました。)

「イギリス」のスポーツ・チームについて。イングランド、ウェールズ、スコットランド、北アイルランドのそれぞれの国には個別の文化・風習・アイデンティティがあります。通常オリンピックなどの国際大会では1つの英国代表チームを形成しますが、サッカーやラグビーなど一部のスポーツでは4つの国が別々のチームを形成します。また、ラグビー・アイルランド代表はアイルランド共和国と(英国の)北アイルランドとの合同チームとなっています。今大会ではイングランド代表、ウェールズ代表、アイルランド代表が8強入りを果たし、日本の勝利によってスコットランド代表が1次リーグ敗退となりました。

インタヴューをしている内に、そこにいたスコットランド人のファンの多くは、スコットランド代表チームを応援するために結成されたフェイスブック・グループ「2019ロード・トゥ・ジャパン」のメンバーであることが判明しました。このグループの1,200人以上もいるメンバーは、日本を旅しながら積極的にSNSを利用して情報を共有し、各試合会場の近くのパブで集合して夜な夜な盛り上がっていたそうです。また、実はこのフェイスブック・グループには慈善的な役割もあるとのことでした。神戸のあるパブで100人ほどのスコットランド人が集まってパーティーを行った際、売上の一部を、怪我をしたスコットランドの選手や、怪我を理由に引退せざるを得なかったスコットランドの選手を支援するチャリティーに寄付したそうです。彼らは、“ファン"というよりも“サポーター"であることが分かりました。

10月10日木曜日に、土曜日に行われる予定だったイングランド戦のためだけに来日していたイングランド人のグループにもインタヴューすることができました。「必勝」とプリントされたハチマキをしたそのうちの一人は、「土曜日のイングランド戦が中止になったことはとても残念」だとも言いました。しかし、東京の観光地や飲食を楽しむことができたことに加え、「ラグビーの次に好きなゲイム」だと語る「道端で出会ったサラリーマンとのカラオケ」も思う存分楽しむことができたとご機嫌でした。もう1人のイングランド人は、「そんなことよりもっともっと大事なのは、今夜の日本対スコットランド戦だよ。全身全霊、日本チームを応援するよ」と、半分真剣な表情で、半分笑いながら答えてくれました。(イングランドとスコットランドは、歴史的なライヴァルなのです。)

今回の僕にとっての初めての街頭インタヴューで一番印象に残ったことは、インタヴューした外国人の全員が口を揃えて、日本ラグビー代表だけでなく、日本人と日本文化を讃えていることでした。試合の合間に旅行を満喫している彼らは、日本の食文化の素晴らしさや交通機関の利便性、もてなしの精神に感動していると絶賛していました。また、ある60歳代のスコットランド人の夫婦は「今夜の試合はどうなると思いますか」という質問に対して、「スコットランドに勝って欲しいけど、仮に日本が勝ったとしても、それはそれで喜んであげたいと思う」と答えました。今回のインタヴューを通して、ラグビーというスポーツは、選手だけでなく、ファンの間にもノーサイドの精神が強くあることを肌で感じることができました。


3.ラグビーとアメフトの違いについて

僕はアメリカのカリフォルニア州生まれ、そこで育ったのですが、子供の頃からアメリカ的なスポーツ(アメフト、ベイスボール、バスケットボール)にはあまり興味が持てませんでした。そもそもスポーツに対する関心はもとから薄い方でした。高校時代の世界史の授業で英国について学ぶまで、ラグビーというスポーツの存在自体さえ知らなかったくらいです。

僕が“ラグビー"らしきものが実際にやられているのを初めて見たのは、アメリカの大人気テレヴィ・コメディ『フレンズ』での、あるシーンのことでした。主人公の1人がイングランド人の彼女の友達に自分を認めてもらおうと、ラグビーのゲイムに参加し、ボコボコにされるというシーンです。

今回の取材にあたり、色々とラグビーの歴史を調べていると、15人制ラグビーが最後にオリンピックで競われた1924年のパリ大会では、なんとアメリカ・チームが金を取っていることを知りました。しかしその後、アメフトの人気上昇によってラグビーの人気は後退することとなりました。現在のアメリカでは15人制のアレンジとして7人制で競われる「ラグビー・セブンズ」がじわじわと人気を集めているようですが、今回のワールド・カップにアメリカ代表が出場していたことはもとより、そもそもラグビー・ワールド・カップという国際大会があることも知らないアメリカ人がほとんどなのではないでしょうか。

アメリカ人がラグビーよりアメフトを好むのには様々な理由が考えられます。この2つのスポーツの最大の違いは、パスにあります。ラグビーではパスを前に投げることはできず、後ろにしかパスできません。一方、アメフトでは 前方へのパスが可能です。(1プレイにつき前方へのパスは1回のみ、パスを受け取れるのは有資格レシーバーのみなど、細かいルールは色々ありますが。)何事にも前進にこだわるアメリカ人にとって、「後ろへ下がる」行為は生理的に受け入れられないのでしょう。オフェンスのチームがなかなか前進できない場面が良くあるラグビーを見ていると、「展開が遅すぎる」とイライラするのです。

また、パディングやプロテクターの有無も大きな違いと言えるでしょう。防具をほとんど使わずに自分の肉体を鍛えることにこだわるラグビーの選手に対して、アメフトの選手はヘルメット、ショルダー・パッド、グローブ、サイ・パッド(太もも)、ニー・パッド(膝)を用いることで自分の肉体を“改造"します。ラグビーの方が暴力的でよりフィジカルなスポーツであるというイメージがありますが、アメリカ人からすると、肩より下のタックルのみが許されているラグビーに比べて、全身のタックルが認められているアメフトの方がフィジカルなスポーツだと訴える人が多いようです。

アメフトでは選手はある1つの役割に特化しており、コーチの指示通りに動くことが求められます。1つ1つのプレイが短く、ドラマチックで派手であり、試合全体の流れを見るととてもシステマチックなスポーツと言えます。一方で、ラグビー選手には優れた運動神経のみならずマルチな活躍が求められ、試合中の展開に応じてその時その時に適切な反応ができる適応性と判断力が求められます。1つ1つのプレイ自体は派手ではないかもしれませんが、試合全体に大きなストーリーを感じることができます。片方のチームの一方的な勝利だとしても、最後まで双方のチームが全力で戦う試合は80分間を見届けたくなるドラマがあります。

アメフトの試合中継を観ていると、点を取った時のバカ騒ぎや華やかなグラフィックが彩るリプレイ映像など、その商業性が強く感じられます。ラグビーの試合中継からは、ピッチ上で生まれる、男同士の“ブラザーフッド"が伝わってきます。


4.「スポーツマン」ではなく「ショーマン」が持ち上げられるアメリカ社会

今大会のアメリカ代表チームは、プール戦の4試合とも敗れていました。このことをアメリカのメディアがどう報じているかを知りたいと思い、アメリカのいくつかの大手新聞を調べてみましたが、ラグビー・ワールド・カップを取り上げた内容はほとんど見当たりませんでした。アメリカ人がラグビーを認め、受け入れる日は来るのでしょうか。(残念ながら、きっと来ないのでしょう。)

アメリカ代表を率いる南アフリカのギャリー・ゴールド監督は、今大会の日本側の運営の仕方や全体的な盛り上がりには、見習うものが多くあると語っています。仮に2027年にラグビー・ワールド・カップをアメリカで開催することができれば、アメリカにおいてもラグビー・ブームをもたらすことができるのはないかと考えているそうです。(2023年のワールド・カップはフランスで開催されることが既に決まっています。)しかし、それは一筋縄ではいかないのではないのでしょうか。

そもそも、アメリカと日本は国柄も国民性も違います。アメリカ人は自分たちの国が世界の中心であり、英語が世界中で喋られていると思っている国民です。世界的に親しまれているスポーツとしてはサッカーに次いで人気のあるラグビーなのですが、多くのアメリカ人からすると、それはまるで存在しないことになっています。このことは、アメリカという国が英国から独立して建国された国であることも関係しているのかもしれません。アメリカ国民は、未だに英国的なものに対する強いコンプレックスを抱いていることも忘れてはなりません。

日本は“ファー・イースト"(極東)に位置する島国です。その点で、ローマを中心としたヨーロッパの極西に位置し、独特な文化を育んできた島国である英国と共通するところがあります。中世ヨーロッパの騎士道と日本の武士道に共通するものがあるように、英国人が大事にする「紳士的な振る舞い」と日本にある「礼儀作法」にも、社会の秩序に対する考慮や他人を思いやる気持ちが根底にあります。「辺境国」ならではのプライドがこの2つの国にはあり、それがラグビーというスポーツの本質とも共通しているのです。

(このテーマについてより詳しく知りたい方は、内田樹の『日本辺境論』をご一読下さい。「辺境国」である日本がどのようにナショナル・アイデンティティを見出そうとしてきたかを論じた良書です。「他国との比較を通じてしか自国の目指す国家像を描けない」日本は、世界標準に準拠しようと努力するより、「辺境国」にしかできないことは何なのかを考えた方がいいと内田氏は訴えています。)

また、国民性ということで言えば、日本人には「侍スピリッツ」だけでなく、コツコツ頑張る「農民スピリッツ」があるとも言えるでしょう。ラグビー日本代表がここまで強くなったのも、これまでの何十年にも渡る、努力と小さな一歩ずつの前進を積み重ねた結果であり、2015年のワールド・カップでの番狂わせは、それがようやく実った成果だったのです。

アメリカ人には、1つの場所や状況の中でコツコツと頑張るタイプの人はあまり多くいません。成果が出ないものに対してはすぐ切り捨ててしまうのがアメリカ的なパイオニア精神なのです。それこそアメフト、ベイスボール、バスケのように、とてつもない人気を誇るスター選手が、一気に状況を逆転させるような、歴史に残る劇的なプレイをしない限り、アメリカ人の心は動かないのです。

最後に、ラグビーについての有名な格言を紹介します。

Rugby is a hooligan’s game played by gentlemen.
ラグビーは紳士がやる“フーリガン”のゲイム。

“フーリガン”とは「無頼漢」「ならず者」という意味のイギリス英語です。ゲイムの内容は暴力的でありながら、選手には運動神経や体格だけでなく、優れた頭脳やコミュニケイション力が求められます。試合後のノーサイド精神や相手に対するリスペクトこそが重要なのです。

一方で、アメリカ人というものは、「スポーツマン」を「ジェントルマン」ではなく、「ウィナー」(勝者)を「ショーマン」として称える国民なのです。勝った暁には、相手に対する思いやりを表すどころが、なりふり構わずに強く自己主張をするような威張った祝い方をするのが、アメリカのスポーツの伝統なのです。国際社会において、アメリカがどんどん孤立している様子を見ていると、アメリカでラグビーが受け入れられる日はますます遠くなっている気がしてなりません。


5.今回のスタジオの衣裳について

「テーラーフクオカ」」の黒いヴェスト

「テーラーフクオカ」」の黒いヴェスト
この商品は、CINEMA & THEATRE #021で紹介した 「テーラーフクオカ」の黒いピンストライプのスーツのヴェストです。詳細はそちらを参照してください。

「ル・カノン」の茶色いボタンダウン・シャツ

「ル・カノン」の茶色いボタンダウン・シャツ
この商品は、以前紹介したのでLANGUAGE & EDUCATION #028を参照してください。

「ブルックス・ブラザーズ」の赤いチノパン

「ブルックス・ブラザーズ」の赤いチノパン
この商品は、以前紹介したのでLANGUAGE & EDUCATION #004を参照してください。

「タビオ」の赤いのソックス

こちらの商品は、以前紹介したのでFASHION & SHOPPING #011を参照してください。

「レッド・ウィング」のクラシック・ワーク・ブーツ

「レッド・ウィング」のクラシック・ワーク・ブーツ
この商品は、以前紹介したのでFASHION & SHOPPING #007を参照してください。

「MFYS」のウッドのカフ・リンクス

「MFYS」のウッドのカフ・リンクス
この商品は、以前紹介したのでCINEMA & THEATRE #012を参照してください。

「ゾフ」の黒いメガネ

「ゾフ」の黒いメガネ
この商品は、以前紹介したのでFASHION & SHOPPING #006を参照してください。

LANGUAGE & EDUCATION #037

ラグビーという“紳士のスポーツ”を通して見るアメリカ社会と英国社会の違い


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