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ICT業界の専門用語が教えてくれること/ジャーゴンにこそ、物事や人間の本質が表れている
  - Eテレ『世界へ発信!SNS英語術』 #CES2020 (2020/01/17放送) | LANGUAGE & EDUCATION #043
Photo: ©RendezVous
2023/05/15 #043

ICT業界の専門用語が教えてくれること/ジャーゴンにこそ、物事や人間の本質が表れている
- Eテレ『世界へ発信!SNS英語術』 #CES2020 (2020/01/17放送)

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KAZOO
翻訳家 / 通訳 / TVコメンテイター

目次


1.1月17日放送の#CES2020の回について

1月17日放送のNHK Eテレ『世界へ発信!SNS英語術』のテーマは#CES2020でした。#AIがテーマだった前回に引き続き、今回もテクノロジー分野で世界最大の国際見本市とされるCESに関連したツイートを取り上げました。

スタジオ・トークでは、解説者の古田大輔さんが、2020年春にサーヴィスが開始される予定の5Gが、私たちの生活にもたらす変化について解説してくれました。講師の内藤先生は、スマート・スピーカーを取り出して音声認識技術について紹介し、ヒデさんはその機能を楽しそうに試していました。一方で、肉はガッツリ食べたいというタイプのMCのはるひさんは、大豆などの食材から作られた、カリフォルニア発の最新の植物肉に対してやや懐疑的でした。

僕はといえば、自動で後ろをついてくる“スマート・スーツケイス"について疑問を投じました。アメリカで育つ中で、自分の荷物からは一時も目を離してはいけないという戒めを小さい頃から守ってきたからです。いくらGPSやアラーム機能が搭載されているからといって、まるで「盗めるものなら盗んでみろ」と書いた張り紙をつけているかのようなこのスーツケイスは、使いたいとは思えません。むしろスーツケイスに搭載されたAIが私たちにぴったり“尾行"できるとなったとしたら、それは気味の悪い商品なのではないでしょうか。僕のような、新しいテクノロジーに対して懐疑的な考え方をする人を英語では“late adopter"(新しいテクノロジーを遅れて使い始める人)と呼びます。

今回の番組では、こういった新しい技術を中心に取り上げたため、紹介した英語も聞きなれないテクノロジー関連の用語が多くなりました。このコラムでは、番組では紹介しきれなかった、更に踏み込んだ英語解説をしたいと思います。


2.“アルファベット・スープ"を嗜む

ICT関連の固有名詞には、頭文字をとって作られた略語(いわゆる頭字語)が実に多くあります。CES (Consumer Electronics Show)、AI (artificial intelligence)、PC (personal computer)、CPU (central processing unit)、RAM(random access memory)、USB(universal serial bus)、HDD(hard disk drive)、HTTP(hypertext transfer protocol)、LAN (local area network)、CD(compact disc)、DVD(digital video disc)。ICT (information and communication technology)そのものもその1つです。科学的あるいは説明的な名称を、より呼びやすくした頭字語が一般的に親しまられるようになります。(日本では、国際的に一般化している“ICT"ではなく、“IT"という表現をなぜ用いているのかがよくわかりません。かつて、日本の首相が“IT"を「イット」と読んだことが記憶にあるからなのかもしれません。)

そもそも、こういった頭字語には2種類があるのです。頭文字からできた略語そのものを言葉として発音する言葉は“acronym"(アクロニム)と言います。例えばRAMは「ラム」(英語では「レァム」)ですし、LANは「ラン」と発音されます。ICT以外でも、例えばJAXA(「ジャクサ」)やNATO(「ナトウ」、英語では「ネイトウ」)などは “acronym"に分類されます。

一方で、文字をそれぞれ発音する頭字語は“initialism"(イニシャリズム)と言います。例えばAI(エイ・アイ)、CPU(シィ・ピィ・ユゥ)、USB (ユー・エス・ビィ)がそうです。ICT以外にも、FBI(エフ・ビィ・アイ)、CIA(シィ・アイ・エイ)、NHK(エヌ・エイチ・ケイ)、BBC(ビィ・ビィ・シィ)などが“initialism"に分類されます。そして、番組で古田さんが説明したように、CESのことを「セス」と呼ぶ人が多いですが、正しくは「シィ・イィ・エス」です。“VIP"も「ヴィップ」ではなく「ヴゥイ・アイ・ピィ」が正しい英語読みです。

例えば“AV"も、一般的には“audio visual"あるいは“audio/video"の略語として認識されています。(日本では“adult video"の略として認識している人も多いかと思いますが、英語ではこの種のものを“AV"という呼び方をしません。一般に“porn"と言います。)番組で紹介した“AV"は、自動運転カーを意味する“autonomous vehicle"の略でした。どういう意味で“AV"を使っているかが明確でないと、大変な勘違いを引き起こす可能性があります。

頭字語が日常会話でも増えれば増えるほど、混乱されることが多くなってきているのではないでしょうか。それも“acronym"なのか“initialism"なのかを正しく把握することが、時代に乗り遅れるか乗れるかの判断基準の1つとなることでしょう。こういった頭字語が多用されていることで意味が分かりにくくなっている文章や説明を英語では“alphabet soup"(アルファベット・スープ)と表現します。複雑な専門用語が多いICT業界の概念や製品を、一般消費者にとってより“飲み込みやすく"するために頭字語が用いられるわけですが、風邪をひいた時にオススメのキャンベル社の「チキン・アルファベット・スープ」とは違って、頭字語によるアルファベット・スープは混乱状態を引き起こすのです。デジタル時代ならではのこの問題に関しましては、英語学習者のみならず、英語ネイティヴにも我慢強さが求められます。


3.ICT用語は“ジャーゴン"だらけ

以前、#NobelPrizeを取り上げたLANGUAGE & EDUCATION #040 では、“cutting-edge"や“innovative"など、「最先端の」や「画期的な」を意味する様々な英語表現について解説しました。こういった形容詞は、広告宣伝で多用され、中でもとりわけ最新のテクノロジーを売り物とするICT業界で用いられることがとにかく多いです。

一体「何をもって“最新"なのか」「誰が“最先端"と認定したのか」「“画期的"かどうかは、消費者の間で普及して初めてわかることなのではないか」と思ったことのある人も多いのではないでしょうか。このような表現があまりにも頻繁に使われるようになって、むしろそれが持つ意味が薄まってきており、消費者からすると、場合によっては購入を躊躇する理由にすらなってきているのではないでしょうか。何しろ「最新型」であることは「まだ洗練されてはいない」「人間にもたらす長期的な影響がまだよく理解されていない」といったニュアンスが含まれるからです。こういった誇張表現と共によく使われるのがいわゆる“ジャーゴン"です。

ICT業界におけるジャーゴンの例としては、 “cloud"(クラウド)、“cookie"(クッキー)、 “firewall"(ファイアウォール)などの言葉があります。これらの言葉の本来の意味と、ICT業界内における意味とは全然違うのです。また、前述の頭字語によるアルファベット・スープもジャーゴンの一種と言えます。

番組で紹介した“autonomous vehicle"も、ジャーゴンの1つです。僕の解説で、他にも“self-driving car"とか“driverless"とも言うと説明しましたが、この使い分けには実は細心の注意が必要なのです。

“autonomous"とは「自律的」「自分で自分を制御できる」と言う意味であり、ある機械がAIによって自律的に移動していることを指します。“autonomous"はロボットの機能性が焦点となっているのに対して、“self-driving"には、「人間が操作しなくとも」というニュアンスがあり、これまでの時代においてロボットは人間が操作するものであったということを前提とした表現なのです。更に、“driverless"というと「ドライヴァがいない」という意味になりますが、厳密にいうと「人間のドライヴァ」がいないのであって、代わりにAIがドライヴァとなっているわけですから、ちょっと正確性に欠ける表現となっています。

これに加え、“semi-autonomous"(半自律的)や“partially self-driving"(一部自動運転)という言葉や、“driver-assist feature"(運転支援機能)といった表現があることによって、この分野の製品の実態が分かりにくくなっています。イーロン・マスク氏のテスラ社の車には“Tesla Autopilot"と呼ばれる先進運転支援システムが搭載されていますが、そもそも「自動操縦」を意味する“autopilot"という言葉は、自動車ではなく飛行機で用いられている言葉です。そして人間による介入を全く必要としない“autonomous"な乗り物とは違って、飛行機の“autopilot"もテスラ社の“Autopilot"も、あくまでパイロット/ドライヴァを支援する機能であり、運転手がその場にいて注意していることが前提の技術です。

言葉につられてこうしたことを勘違いすると、自律的な運転をする技量の無いAIにハンドルを完全に委ねてしまう可能性さえあります。これが正に、ここ数年起きているテスラ車の死亡事故から、私たちが学ぶべき教訓なのではないでしょうか。

言葉は生死に関わる問題なのです。ICT関連の製品や技術に使われる謳い文句をそのまま鵜呑みにするのではなく、ジャーゴンがぼやかす課題点や物事の実態についてしっかり見極めるスキルが現在を生きている私たちには求められています。


4.ジャーゴンから多くを学ぶことができる

ジャーゴンは本来、内輪の会話で用いられる言葉であったことから、基本的に第三者の聞き手にとっての分かりやすさを念頭にしていません。むしろ、内輪だけに通じることで仲間意識を高めるために生まれたコミュニケイション術なのです。

したがって、内輪でない場所でわざわざジャーゴンを使うことは、その人が真剣に相手に伝えたいと思っていないことを意味するのです。別の言い方をすれば、話し手のカッコつけにすぎないのです。一番最悪なのは、話し手本人もその意味をよく理解せずに使用しているケースです。語学を学習する者にとってのみならず、一般の人にとってジャーゴンは非常に厄介な存在なのです。

日本では、ICT関連のみならず、業界用語や流行りのカタカナ語を日常会話で用いることをカッコイイと思っている人が多い印象を受けます。「アグリー」とか「コミット」とか「<誰々>マター」といった言葉が飛び交っている職場も多いのではないでしょうか。他にも寿司屋で「オススメのネタは?」(正しくは種(タネ))とか「上がりをちょうだい」(上がりは、客が席から出ることの意味)と頼む人をよく見かけます。(こうした符丁は店側の人々が使うもので、客が使用するのはヤボとされます。)日本語を学ぼうとしている外国人にとっては、こういった用法は混乱を招くことがあります。

ジャーゴンはもちろん、必ずしも悪い面ばかりではありません。内輪の会話やある業界内では、コミュニケイションをより効率的にするある種の速記法のようなものであることも確かです。僕は『世界へ発信!SNS英語術』に出演するようになって2年近く経ちますが、未だにテイクの間に番組のスタッフの間で「ワンカメ」「撮り切り」「てれこ」といった言葉が飛び交うとついていけなくなります。しかし、どうやら彼らの間ではちゃんと伝わっているようです。

その他の有名なテレヴィ業界のジャーゴン
テッペン =午前0時のことです。
ケツカッチン = 「ケツ」とは「後ろ」のことであり、つまり、後ろの予定があり、拘束時間に制限がある状態のことです。
楽屋オチ = 楽屋の仲間だけに通じる話題、身内にしか理解できないジョークのことです。

理解するのに時間はかかりますが、ジャーゴンにこそ、その国の言語感覚や文化的な面白さが現れていることを覚えておいて欲しいものです。僕自身、それを肌で感じてきました。夕方や深夜になったとしてもテレヴィ業界の人が「おはようございます」と挨拶することは、眠らないテレヴィ業界の働き方の実態を反映しているようです。

また、ヴァラエティ番組や情報番組でよく使われる“フリップ"ですが、これはもともと“flipboard"(フリップボード)の略であって、肝心の“ボード"(板)ではなくあえて“フリップ"で表しているところは日本人にしかないセンスでしょう。更に、NHKでは“フリップ"のことを“パターン"と呼んでいると知った時、僕は思わず笑ってしまいました。

僕がこれまで一番驚いた業界用語は、間違いなく「顎足枕付き」という表現です。「顎」とは、食べるときに噛み砕くことから「食事代」を意味し、「足」とは「足代」、つまり「交通費」を指し、「枕」とは「宿泊代」を指すのです。元々は寄席芸人の間で使われていた隠語だとされるこの表現は、正に江戸時代らしいしゃれた言い回しです。

本来であればジャーゴンはその業界内にとどまる表現ですが、デジタル時代の到来によってこれが大きく変わってきています。このコラムで見てきたように、ICT業界のバズワードやジャーゴンの多くは、一般の人の間でも日常会話で使うほどに普及してきました。デジタル・ネイティヴにとっては、ICT業界における意味を先に理解した上で、後に従来の意味を知ることとなるケースも多いのではないでしょうか。例えば本来重さを表す単位である“gram"は、今のアメリカの子供は「インスタグラム」を意味する略語として一般的に認識していますし、「鬼ごっこ」を意味する“tag"は、今では「SNSに投稿された写真に関連する人物の名札を付けること」という意味で主に使われています。

そんな時代において、自分の言いたいことを本当に他人に伝えるためには、ジャーゴンをジャーゴンとして認識することが必要不可欠となります。また、このコラムで取り上げた自動運転カーを指す様々な表現から分かるように、ジャーゴンに注目することで物事の本質や課題が初めて見えてくるのです。そして、語学を学習する人にとっては、ジャーゴンはとても大事な勉強材料となりうるのです。


5.今回の衣裳について

「ゼルビーノ」の赤いジャケット

「ゼルビーノ」の赤いジャケット
この商品は、以前紹介したのでLANGUAGE & EDUCATION #017を参照してください。

「ブルックスブラザーズ」のオレンジのチノパン

「ブルックスブラザーズ」のオレンジのチノパン
この商品は、以前紹介したのでLANGUAGE & EDUCATION #009を参照してください。

「ファブリック・トウキョウ」のピンクのボタンダウン・シャツ

「ファブリック・トウキョウ」のピンクのボタンダウン・シャツ
この商品は、以前紹介したのでFASHION & SHOPPING #010を参照してください。

「タビオ」のオレンジのソックス

「タビオ」のオレンジのソックス
この商品は、以前紹介したのでFASHION & SHOPPING #027を参照してください。

「パラブーツ」のマロンの『チャンボード』

「パラブーツ」のマロンの『チャンボード』
この商品は、以前紹介したのでFASHION & SHOPPING #020を参照してください。

「ゾフ」の黒い眼鏡

「ゾフ」の黒い眼鏡
この商品は、以前紹介したのでFASHION & SHOPPING #006を参照してください。

LANGUAGE & EDUCATION #043

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